表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/78

第七十四話 救いの手

 第七十四話    救いの手



 「おはようございます♪」 梅乃は一番に起きて、妓女に挨拶をすると

 「まだ後朝が終わってないから……」 妓女の一人が指を縦にする。



 「すみません―」 梅乃が肩をすくめると、

 「帰るなり、騒々しい娘だね~」 妓女はクスクスと静かに笑っている。


 梅乃が帰ってきて三原屋の雰囲気は変わった。 沈んでいた空気が解放されたかのように暖かいものに変わっていったのだ。


 そして、全員が客の見送りを済ませると

 「梅乃――っ」 妓女たちは一斉に梅乃の傍にやってくる。


 梅乃が戻ってきたのは昨日の夕方。 夜見世の準備があり、手を外す訳にはいかなかった。


 そして朝になり、ようやく感情を爆発させることになったのだ。


 「アンタ、二ヶ月以上も何してたのよ~」 妓女が訊くと、

 「色々ありまして~」 梅乃が渋い表情で答える。


 「色々ね~ 確かに誘拐されたんだからね……」 妓女には誘拐された事は伝わっていた。 それどころか吉原全体としての問題となっていたのだ。



 「鳳仙楼の皆が、一斉に梅乃を探しているんだもん。 そりゃ誰でも知るわよ」

 「そうなんですね…… 後で、謝りに行かなきゃ―」


 梅乃と話している頃、片山が朝食を運んでくる。 その後ろから小夜と古峰が皿を運んでくる。


 「あれ? 少し多くない?」 妓女が おかずの多さに気づく。

 「ほら、梅乃が帰ってきたから……」 片山が親指で采の部屋を指すと、


 「なるほどね……」 妓女たちは顔を見合わせ、ニコッとする。

 梅乃はキョトンとしていたが、「良かった、お婆の機嫌が良くて」 実家の雰囲気にホッとした。



 「折角だから、私たちも下で食べようかしら……」 そう言うって、勝来が二階から降りてくると、その後ろから菖蒲と花緒も降りてくる。


 そして全員が集まって食事を始めると

  “ガッ― ガッ―” 梅乃は流し込むように食べ始める。


 「お前、華族の家で暮らしていたんだろ? そんな食べ方だったのか?」

 勝来が呆然と訊くと、


 「いい食事でしたよ。 同じように食べますが、私には贅沢でした。 三原屋ここの食事が一番です」 梅乃がニカッと笑うと、全員が微笑んでいく。


 (梅乃ちゃんがいるだけで見世が明るくなる。 やっぱりお天道様のようなお姉ちゃんだ……) 古峰はホッとした表情で朝食を頬張っていく。



 (この二ヶ月で解った。 梅乃は大変な事でも、私や古峰を庇って……本当の班長は梅乃なんだよね……) 小夜も微笑んでいる。 これは嫉妬などではなく、梅乃の姿を見て安心から来る尊敬の思いだった。



 そして朝食が終わると、「私が皿洗い。 古峰は部屋の掃除」 小夜が的確に指示をしていく。


 「あれ? 小夜、私は?」 梅乃が自身を指さすと

 「梅乃は待機。 それと、後で鳳仙楼に顔を出してきてね」 小夜が指示をするとニコッとする。


 (なんか、笑った顔が玉芳花魁に似てきた??) 梅乃はキョトンとする。


 それから梅乃は鳳仙楼に向かっていく。 

 (久しぶりの吉原の景色…… いいなぁ) そんな事を感じている間に鳳仙楼に着いてしまう。



 「おはようございます♪」 梅乃が元気に挨拶をすると、一斉に玄関まで妓女たちが集まってくる。


 「梅乃―ッ! ……だよね?」 妓女たちは言葉を失った。



 (あぁ……頭か) 三原屋と同じ雰囲気に、梅乃は察してしまう。


 「それより、よく無事でいてくれたよ」 妓女たちは預かった責任もあり、心から心配をしていた。


 「ありがとうございます。 それで、父様は……?」 梅乃がキョロキョロすると、


 「あの……勝来さんに脅されてから、外に探しに行ったんだ。 それから戻ってきていないんだよ」 これを聞いて、梅乃は口を大きく開けて驚いている。


 (勝来姐さんは普段が大人しい分、いきなり怒りそうだもんな……)



 「もう昼見世の時間ですよね? 張り部屋はどうですか?」 梅乃が心配になって見に行くと


 (綺麗だ…… ちゃんと掃除もしていたんだな……)


 「お前が頑張っていたから、鳳仙楼の妓女たちも頑張っているんだよ」

 信濃が昼見世の為に準備を始めている。


 「信濃姐さん……」 


 「すっかり鳳仙楼で遣り手にさせられちゃったわよ…… まぁ、小見世や夜鷹にならずに済んだんだけどね……」 信濃が笑ってみせると、


 「三原屋に居ても、客が来ないんじゃ…… はっ―」 梅乃が慌てて口を塞ぐ。

 「梅乃…… お前、言うようになったじゃないか!」 信濃は梅乃を追いかけ回す。


 「すみません― つい―」 「つい……じゃねーだろ!」


 こんな賑やかな鳳仙楼は久しぶりだった。 つい昨日まではお通夜のような空気で、客さえもが困ってしまうほど寒々としていたのだ。



 (こんな お天道様みたいな娘がいたんだね…… もしかすると絢だって……)


 これには同じ歳だった絢と梅乃が重なって見えてしまう。 痛いくらいの後悔が瀬門の頭を駆け巡らせていた。



 そして昼見世が終わる頃、鳳仙がやってくる。

 「梅乃―っ!」


 「はいーっ!」 梅乃が元気に挨拶をすると、

 「ぷっ―」 鳳仙は、笑いを堪えて身体を震わせている。


 「あの…… 笑ったほうがいいですよ……」 梅乃が冷めた口調で言うと、

 「あはは…… ごめんね。 長かった髪が無くなっていると……」



 「そうだ! 三原屋さんに姐さんが行ってるから」 鳳仙が言うと、

 「行ってきます!」 梅乃は走って三原屋に戻っていく。



  “ガラガラ……”

 梅乃が三原屋に戻り、玄関を開けると玉芳が立っていた。


 「ぎゃははは……」 玉芳が大笑いをする。 全員が気を使って笑いを堪えていたのに、玉芳は涙を流して笑っていた。


 (ひどい…… これが伝説の花魁の姿だなんて……)



 「それで、よく無事だったね……心配してたよ」 玉芳が梅乃を抱きしめると

 「はい。 心配おかけしました……」 梅乃も母の胸に顔をうずめる。



 『シャカ…… シャカシャカ……』 玉芳は梅乃の頭を撫でていくと、

 『シャカ…… シャカシャカ……』 止まらなくなってしまった。



 「もう― 生えてこなくなったら どうするんですか!」 梅乃は強引に玉芳から距離を取る。



 そして時間が経つと、玉芳は二階に行き

 「菖蒲、化粧道具を貸しな」 


 「えっ? 姐さん、どうしたのです?」 菖蒲がキョトンとすると、

 「今日は鳳仙楼を救いにきた。 お前も手を貸しな!」 玉芳の姿が輝いて見えた菖蒲は


 「派手にやってやりましょう!」 そう言って目を輝かせる。


 「その前に、ちょっと行ってくる」 玉芳は慌てて外に出て行く。



 「なんか忙しいね…… 佳や、お婆と一緒に居ましょうね」

 采は、しっかりとお婆ちゃんになってしまっていた。



 玉芳は長岡屋に顔を出す。

 「ごめんください……」 「あら、玉芳ちゃん……どうしたのかしら?」 長岡屋の遣り手が驚いていると、

 「今夜、喜久乃は空いていますか?」 「あら? どうだったかしら…… ちょっと、喜久乃~」


 遣り手は慌ただしく喜久乃を呼びに行く。


 「あんれ、どうしました?」 喜久乃が玄関まで来ると、

 「今夜、鳳仙楼を助けようと思ってね。 私と鳳仙で道中をするんだよ!」


 「それで、私を引き立て役に?」 喜久乃も花魁になって長い。 今では吉原のトップであり、そんな道中の引き立て役に納得もいくはずもないのだが……


 「よし、やろう! 客には断っておくよ」 簡単に引き受けてしまった。



 そうなると、現役を引退した元花魁たちは忙しく

 「ほら梅乃、小夜…… もっと帯をキツく締めるんだよ」


 「はいっ! でも、これ以上は……」 二人は引っ張っているのだが、

 「少し太ったかな……?」 玉芳は苦笑いになっている。



 夕方になると、鳳仙楼には玉芳、鳳仙、喜久乃が揃っている。

 鳳仙楼の妓女たちは、女神たちの降臨に圧倒されていた。



 「すみません― 誰かいますか?」 鳳仙楼の玄関を叩く音がする。

 「はーい」 瀬門が玄関を開けると、


 「葉蝉花魁……」 瀬門が驚きで声を出す。


 「んっ? 誰だ?」 喜久乃が振り返ると、葉蝉が入ってくる。



 「すみません。 あの……」 葉蝉がモジモジしだすと

 「おー 小松屋の……」

 「はい。葉蝉と言います。 よろしかったら、ご一緒してよろしいでしょうか?」 葉蝉が頭を下げる。



 「これは何の得にもならない道中だよ。 一銭も出ないが良いのかい?」

 これには鳳仙も悪いと思って言うのだが、


 「いいんです。 一緒に道中をしたいのです! ダメですか?」 葉蝉がシュンとする。


 「いいよ。ありがとうね」 玉芳が葉蝉の肩に手を掛けると

 「あ あ あの……」 葉蝉が声にならなくなっている。


 「葉蝉花魁は、玉芳花魁に憧れていたから……」 梅乃がニコニコして話すと、

 「じゃ、一緒だな! 私達も憧れたんだもの」 鳳仙と喜久乃も笑顔になる。



 「では、行きましょうか?」 鳳仙が片山に近寄り、

 「今日は、貴方の後ろを付いてまいります……」 耳元で囁く。



 片山は、顔を赤くして 「は、はいっ!」 大きな声で返事をする。

 色恋を尽くしてきた花魁たちは、すぐに現状を知ってしまった。



  “カンッ― カンッ― カンッ―” いつもより長めの拍子木が鳴る。 吉原の客たちが一斉に音が鳴る方へ振り向くと



 「行くぞ!」 まず鳳仙楼の妓女たちが外に出て踊り出す。

 「一番乗りを取られた― 行くよ!」 慌てて三原屋、長岡屋の妓女たちも外に出て踊り出す。


 そして江戸町二丁目から小松屋の妓女も出てきて合流すると、吉原大門の前に繰り出していく。


 各妓楼の若い衆も拍子木を叩いて出てくる。 これは吉原全体を巻き込んだイベントになっていた。


 客も笑顔で、まだかまだかと妓女を眺めている。 

 「これは何の騒ぎだい?」 「新しい花魁の誕生かい?」


 客達は、引き手茶屋に向かう事を忘れて妓女たちの舞を見ている。


 中には中見世、小見世の妓女たちも合流してきた。 理由も知らずに踊っていると


  “ワ~~ッ! ”と、大きな歓声が上がる。 そこには鳳仙を先頭に、少し後ろを玉芳と喜久乃、葉蝉が並んで歩く。 そして、梅乃と小夜が左右で紙吹雪を投げていた。


 現役の花魁が二人、元花魁の二人が踊りながら歩くと

  “シャン シャン……” と音がする。 お金を投げている者も出てきた。


 引退して数年が経っても玉芳と鳳仙の人気は衰えていない。 また現役の二人も人気が高く、観衆は増えていくばかりだ。


 「すげー こんなの、最後かもしれないぜ……」 観客は四人の花魁たちに目を奪われる。



 その歓声は、三原屋まで聞こえてきた。


 (まったく…… 未だに人気を保ちやがって……) 采は佳を抱きながら外に出て行く。


 「ほら、佳や…… お前の母は立派なもんだろ?」 采は囁き、佳を観衆の方を見せていた。 


 「やっぱり花魁たちは凄いです!」 小夜が声を高らかにすると、

 「みんな、よくなーれ!」 梅乃は大きな声をだして、紙吹雪を投げる。



 「みんな、ありがとうね♪」 鳳仙が涙ぐむと、

 「ばか言うな! みんなの吉原だろ!」 喜久乃が笑顔を出す。


 「葉蝉、おいで」 玉芳が葉蝉の腕を掴み、沿道に向かっていく。

 そして、腕を前に組み 客達を品定めするような視線を送ると観客たちから歓声が上がる。



 玉芳が得意とする『世間を見下すような目』である。

 「夢のようです……」 葉蝉は憧れの玉芳と同じポーズを取っていた。



 そして吉原の奥、水道尻まで行くと「マジッ?」 玉芳が目を丸くする。

 「お詫びで参加させてもらうよ」 なんと、定彦も女装をして飛び入り参加を申し出る。


 「デカいな~ でも美しい……」 などと盛り上がる道中となった。


 そして仲の町の中央に到達すると、足を止め……


 「今宵、鳳仙楼で待っているからね~」 鳳仙が大声を出すと

 その言葉に、観衆は一気に引き手茶屋に走っていく。



 「お前たち妓女も鳳仙楼に来な! ワッチらを見せてやるよ!」 喜久乃が中見世や小見世の妓女たちにも叫ぶと、妓女たちからも歓声が上がる。



 こうして鳳仙楼は一晩で三ヶ月分の売り上げを叩きだしたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ