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第七十二話 蘇る記憶

 第七十二話    蘇る記憶



 梅乃が屋敷に来てから一ヶ月以上が経った。

 「姐さん、おはようございます♪」 元気に挨拶をして窓を開ける。



 (最近は部屋の掃除も嫌がらなくなってきたな……)

 梅乃の献身的な世話で、洋蘭は少しずつ変わり始めてきていた。


 「梅乃……」 「なんでしょう? 姐さん……」 こんな花街のような会話が二人を結び付けている。



 「それで姐さんは、どこの妓楼で働いていたのですか?」 梅乃が興味で訊いてみるが、洋蘭は黙ったままだ。


 (なんで隠すんだろう……?) 


 洋蘭に食事を摂らせ、安心した梅乃も朝食を摂る。

 「姐さん、すみません…… 一緒に食べてしまいまして……」


 妓楼であれば、妓女が先に食べてから禿や若い衆の食事の順である。 しかし、ここは妓楼ではない。 洋蘭と食事をするのも梅乃の仕事であり、楽しみでもあった。


 (こんな屋敷の妾だなんて、どこの花魁だったのだろう……)

 梅乃は興味で洋蘭の近くにいたのだ。



 梅乃は食事を済ませ、皿洗いをする。

 「玲さん、屋敷の庭を散歩していいですか?」 「いいわよ。 奥様が来たら逃げてね」 笑いながら話す玲は本を読んでいた。


 (なんか難しそうな本だな……)



 庭に出た梅乃は花を見て水やりをする。

 「桔梗っていったな…… 綺麗な紫色だな」 



 「またお前、庭に出ているのかい?」 

 正妻の時子がやってくると

 「おはようございます♪」 梅乃が元気よく挨拶をする。



 「私に頭に水を掛けて、よく、そんな元気に挨拶が出来るもんだね!」

 時子が梅乃を睨むと


 「朝の挨拶は大事と花魁から教わりました。 まぁ、元気に挨拶すると「うるさい!」とまで言われましたが……」 梅乃は頭を掻く。



 「それで、花に水をやっているのかい?」 

 「はい。 吉原では見たことのない花でしたので…… ここには多くの花があるのですね」 梅乃はキョロキョロして花を見ていると


 「吉原とやらには花が無いのかい?」 時子は目を丸くすると、



 「はい。 見世に飾るやつを見ますが、桜や梅がほとんどです。 梅が咲いている頃に私が拾われたので、梅乃という名前を付けてもらいました」


 梅乃が照れながら話す。


 「拾われた?」 時子が不思議そうな顔をすると、


 「はい。 私は生まれてスグに吉原大門の前に捨てられていたそうです。 同じ時期に、小夜って子も拾ってくれた優しい妓楼で育ちました」


 「…… 悲しい話だね」 時子が同情するかのような口調になる。


 「悲しい……?」 梅乃がキョトンとする。


 「そりゃ、捨てられて吉原なんかに育てられてさ……」


 「いいえ、吉原で良かったです。 みんな優しいですし、たくさんの母親からの愛情をもらいましたから」 梅乃がニカッと笑う。



 「たくさんの母親?」


 「はい。吉原では妊娠する妓女も多いのです。 そこから出産した妓女から乳を貰ったりしていたんです。 普通、赤子なら自分の母親の乳しか貰えないじゃないですか。 それに、いつも抱っこしてくれたのは花魁でしたし、お婆でしたから……」



 「帰りたいかい?」 時子が哀れんだ目をすると、


 「そうですね…… ここでは泥棒扱いされますしね……」

 梅乃が話すと、時子は黙ってしまう。


 「そうだね。 泥棒に持って行かれちゃ、かなわないわ」

 時子の口調が変わる。


 「そうでしょうね。 奥様の家柄が良いのも聞きました。 綺麗な花として育ったのでしょうね……」


 「そうよ。 捨て子と一緒にされては困るわよ」 時子の目がつり上がると、


 「そうですね…… 綺麗な花には水をあげましょう……」

 梅乃は水の入った桶を持ち、時子に近寄ると



 「ひぃぃ―」 慌てて屋敷に戻っていった。



 「あははっ……」 そこに定彦が屋敷から出てくる。 実家に泊まった定彦は男の姿になっていた。


 「定彦さん…… おはようございます♪」 梅乃が元気な挨拶をすると


 「梅乃ちゃんは元気でいいね~♪ こっちまで元気になるよ」 定彦が微笑むと、梅乃も満面に笑みになる。



 「それで、定彦さんはどうして来たのです?」 


 「それは梅乃ちゃんを救いにだよ。 古峰ちゃんが陰間茶屋うちに来てね、

 『お姉ちゃんを助けてください』と言うものだからね」 定彦が説明すると、


 「古峰が……」 梅乃が下を向く。



 「そうだよ! お願いで、私に水揚げをさせようとするんだから……」 定彦が苦笑いで説明をすると、梅乃は涙をこぼす。


 「古峰……」


 「あの娘は梅乃ちゃんみたいな直感の子じゃなく、冷静に考えて最善の事をしようとする子だよね」


 「ま、まさか定彦さんは古峰を……?」

 「馬鹿言うな! まだ十三歳じゃないか! そんな趣味じゃないよ」

 流石に定彦もムキになっていると、


 「そうですよね…… 私よりも子供ですからね」 梅乃も笑ってしまう。



 「でも、見た目だと古峰ちゃんの方が大人っぽいかな……」

 定彦が梅乃をジロジロ見る。


 「確かに坊主ですから……」 頭をペチぺチと叩く梅乃に、


 「いや……背かな? まだわらべのようだし……」 定彦は、つい言ってしまった。


 梅乃は、小夜や古峰と比べて背が小さい。 三人の中では一番年下の古峰が大きかった。


 シュンとする梅乃に、定彦はアタフタしてしまう。

 「だから、ちょっと……」


 そんな時、離れの家から洋蘭がやってくる。

 洋蘭は梅乃を見て、泣いていると思い慌てて来たようだ。


 スッと梅乃と定彦の間に入り、梅乃を庇う洋蘭。 

 「梅乃ちゃんは、ここでも人気なんだね。 安心したよ」 定彦はニコッとする。


 「それで、お母様は何処の見世だったのです?」 定彦が興味で聞くと、洋蘭は屋敷の庭の壁側に向かって歩き出す。 大きな門があり、守衛までいる豪邸だ。



 その門の近く、通りから近い場所まで歩くと

 「私、洋蘭って言うんだ。 吉原の小見世でね……」


 (姐さん、ちゃんと話せている……)

 梅乃が驚いていると、壁の反対側の通りから足音がする。


 壁は下側がレンガで積み重なっており、その上に鉄格子のような柵が広がっている。



 定彦と洋蘭が足音に気づくと、そこには白い髪を団子結びにした頭が見える。


 「??」 三人が白い髪の人に気づき、見ていると


  “クルッ―”

 振り向いた白髪の人は采だった。


 「――ッ!」 梅乃たち三人は、腰を抜かしている。



 「出た―ッ!」 三人は腰を抜かしたまま四つん這いで逃げていく。


 「なんだい? あの頭は……」 采は、梅乃の頭に驚いていた。



 それから落ち着きを取り戻した三人は、采を屋敷の中に招き入れ

 「どうして、お婆が……?」 梅乃がキョトンとすると


 「お前が誘拐されたから探しに来たんだよ。 それなのに坊主になって普通に暮らしているようじゃないか……」 采は他人の屋敷でもキセルを吹かせる。



 「普通では無いんだけど……」 梅乃がチラッと洋蘭を見る。 洋蘭は震えていた。


 (どうした? なんで震えているんだろう……?)


 「お前も誘拐に加担したのかい?」 采が洋蘭を睨むと、洋蘭は怯えながら首を振っている。



 「んっ? お前って、お婆は洋蘭姐さんを知っているの?」 梅乃がキョトンとして訊くと


 「そりゃ知っているよ。 まだ小見世だった頃の三原屋に居たんだから……」


 「えーーっ?」 梅乃と定彦が大声で驚く。



 「お久しゅうござりんす……」 洋蘭が頭を下げると、

 「元気そうじゃないな……」 采が息を漏らす。


 采は洋蘭を見つめ、懐かしさを感じていると

 「お婆と洋蘭姐さんは……」 梅乃がキョロキョロして訊く。



 「私が妓女を辞めて、小見世を出した時に来たんだよ……」


 まだ、見世を構えて間もない頃に洋蘭はやってきた。 深川で遊女をしていたが、一念発起で吉原に来て采と会ったという。



 「お前、喜んで身請けされたってのに、何て顔しているんだい?」 采が哀れんで洋蘭を見ると、


 「すみません……」 洋蘭は頭を下げる。



 (あれ? 気が病んでいたんじゃ……) 梅乃は、しっかり会話が出来ている洋蘭に気づく。


 それから采は、三原屋が大見世になった事を話す。 黙って聞いていた洋蘭が


 「グスッ―」 涙を流して喜ぶと


 「お前は最後まで三原屋の心配をしてくれたもんな……」 采が洋蘭の頭を撫でる。


 「お婆、どうして洋蘭姐さんを……? 止めなかったの?」 梅乃が二人の間に割って入る。


 「そりゃ、妓女は娘さ…… 娘の喜ぶ顔は最高なんだよ! 洋蘭が妾でも喜んでいるのを見ると、止められないじゃないか……」 采の懐かしい記憶は、梅乃の心にも響いたようだ。



 「玉芳花魁も同じだよね?」 


 「当たり前さ。 玉芳は最初の花魁だよ! 年季も明けていたし、見世は身請け金も貰っていないよ」


 采の言葉は『家族愛』以外、何ものでもなかった。



 「私も同じでしたか?」 洋蘭が訊くと、

 「いや、あれは金持ちだったから タンマリ吹っかけてやったわ~」 大笑いする采に、絶句してしまう梅乃たちである。



 そして、洋蘭の話を影から聞いていた父親は


 「……」 言葉にならなかったのは言うまでもない。



 「お前、これを……」 采が風呂敷を開け、中から紙を見せる。


 「……」 梅乃は涙を流す。

 それは、小夜と古峰が書いた手紙だった。 夜ごと二人は、出す宛のない梅乃に綴った手紙を書いていたのだ。



 梅乃は黙って手紙を読む。 そこには三原屋で過ごした時間の記憶が蘇っていた。



 「小夜…… 古峰……」 涙が紙を濡らし、墨が滲んでいく。



 「そこに居るんだろ? 平八郎……」 采が声を掛けると、静かに父親が姿を現す。


 「流石ですね…… 采さん……」 そこには懐かしい記憶が、またひとつ蘇っていった。


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