表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/68

第六十八話 縫合

 第六十八話    縫合



 梅乃が誘拐されて四日。 三原屋と鳳仙楼だけがソワソワしている。


  “コンコン―” 「失礼しんす」 鳳仙楼の戸を叩いたのは菖蒲と勝来である。

 「こんにちは」 頭を下げて挨拶をするのが瀬門だ。



 「主人様は?」 勝来が聞くと 「梅乃を探しに出たままです……」

 それを聞いて、勝来が安心する。


 まだ吉原に残っていたら腹を切らせると言ったからだ。

 「それで、情報は?」 瀬門が聞くと、菖蒲は首を横に振る。



 「営業できますか?」 「父様が居ないと会計が……」 

 「今までも主人がやっていたのですか?」 


 「はい。 ここ最近では、昼間は梅乃がやってくれたりもして……」

 瀬門が答えると、 (なんで梅乃は、どこでも遣り手が出来るのよ……) 菖蒲と勝来は苦笑いをする。



 「きっと、三原屋でも特別だったのでしょうね……」

 「まぁ、色んな意味で特別ですね」 


 そして、今後の鳳仙楼の方針などの説明をする。 采の指示を受けての伝言であった。


 「菖蒲、勝来~」 そこに鳳仙がやってくると

 「鳳仙花魁……」 そこには安堵の笑顔が出てくる。


 菖蒲と勝来は鳳仙楼の中に入り、梅乃の誘拐の話をすると

 「何っ―?」 鳳仙の眉間に力が入る。



 「お前、どうして大事な事を知らせないんだ!」 鳳仙は妓女の全員に怒鳴る。


 「それは……」 黙る妓女たちに、菖蒲と勝来も黙ってしまう。



 鳳仙はフラフラしながら立ち上がり、 「一回、帰る……」 

 「今、来たばかりじゃ……」


 「この件、玉芳姐さんに黙っていろと?」 菖蒲と勝来を見ると、二人は黙ってしまう。


 鳳仙は、来たばかりだが帰ってしまう。



 「これで問題が大きくなりましたね……」 勝来が小さい声で言うと、

 「大きく?」 瀬門が不思議そうな顔をする。



 「えぇ…… 鳳仙花魁は、帰って玉芳花魁に話します。 ここからが大変になります……」 菖蒲が緊張したように話すと、鳳仙楼の妓女たちは息を飲む。



 翌日、大門の前に人の輪が出来ている。

 三原屋も鳳仙楼も江戸町であり、大門から目と鼻の先である。 異変にはすぐ分かってしまう。



 (来たか……) 菖蒲と勝来、鳳仙楼の妓女たちは緊張している。

 やはり、大門の前には玉芳と鳳仙が立っていた。



 そこに喜久乃がやってくる。

 「お~い、玉芳、鳳仙!」 手を振る喜久乃だが、異変を察してしまう。


 (なんだ? あのヤバい目つきは……) 喜久乃は察して、逃げようとすると


 「喜久乃、後で話しがある」

 「あ、はい……」 喜久乃は肩を落として妓楼に戻っていった。



 「まずは、鳳仙楼からだね」 鳳仙が先導して歩いていく。


 「邪魔するよ……」 玉芳が鳳仙楼の中に入ると、まるで兵隊のように直立不動で妓女たちが並んでいた。


 (どうした?) 鳳仙と玉芳は、目を丸くする。



 そして、妓女たちから説明を受けると

 「そうかい。 梅乃が迷惑かけちまったね。 すまなかった」 玉芳は頭を下げる。


 事情を聞いた玉芳は、鳳仙と一緒に三原屋に向かった。 その後ろには鳳仙楼の妓女たちも歩いて来ている。 


 (怖くて有名な采さんに謝らないと、私達は吉原で生きていけない……)

 妓女たちは一層の怖さを感じていたが、



  “ガラッ……” 玉芳が三原屋の戸を開けるなり


 「このクソババァ! 梅乃を出すなんてボケたのか!」 玉芳の怒鳴り声が響く。


 (まさか、あの采さんに “クソババァ!” なんて……)

 「ううぅぅ……」 鳳仙楼の妓女たちの身体は硬直してしまった。



 そこに菖蒲が顔を出す。 「あら、みなさん…… 中にどうぞ」 と言うが

 (この雰囲気で入れるかよ……) 全員が苦笑いになる。


 それから数分間続いた口論も大人しくなっていく。

 三原屋では妓女も疲れた様子だった。


 そこで、瀬門を中心に謝罪をすると

 「仕方ない…… お前たちは生きないとダメだ。 営業をしなさい」 そう言ったのは文衛門である。



 昼見世の時間になり、営業が始まる。 玉芳と采は外に出て話しをする。

 「お婆、心当たりがあるの?」 玉芳が聞くと、采は無言で歩いていく。



 着いた場所は、お歯黒ドブ付近の小さな河岸見世だった。

 「お婆、ここって……」 玉芳は息を飲む。


  “ダンダンッ―” 「邪魔するよ」 采が声を掛け、戸を開けると


 「久しぶりだね。 玉芳……」 中から出てきたのは定彦だった。

 「定彦さん……」 



 その頃、梅乃は玲の父親の看病をしていた。

 (何回、包帯しても血で染まってしまう。 殺菌は出来ているけど出血が多すぎる……)


 「玲さん、これでは細菌より先に出血で死んでしまいます。 何か止血できるものはありませんか?」 梅乃は焦っていると



 「ここでは病院や医者が使うものは無いんだよ……」 玲は落胆している。



 「何か縫うものはありますか?」

 「針と糸ならあるわよ」 玲が裁縫箱を持ってくると、梅乃は針も持つ。


 「まさか? 背中を縫うの?」 

 「はい。 縫合と言って、傷を縫うのが普通だと聞きましたが……」

 (そういうものなのね……) 玲は裕福な家庭だった為、怪我をすることはなかった。



 「はい、糸……」 玲が渡すと、梅乃は受け取ったまま固まってしまう。


 「どうしたの? 梅乃……」 玲は、固まる梅乃を見てキョトンとする。



 「前に本で読んだのですが、裁縫の糸は身体と合わないと書いてありました。 身体が拒絶反応を起こして腫れたり、熱を出したりするとか…… それなので、縫合するには専用の糸があるとか……」 


 これに玲は、 「その糸はどこにあるの?」 「病院や医者せんせいなら持っていると思いますが……」


 (そんなものなのね……) 医者に頼めない現実と、専門の糸を知った玲は肩を落としていく。


 (何か良い方法はないかな……) 梅乃も考えていく。


 「あれ? おじさん…… 肩に傷が……」 梅乃は、自身を誘拐した男の肩に傷があるのに気づく。



 「あぁ、梅乃ちゃんを背負った時に紐が食い込んだからかな…… こんな傷くらい平気だよ」 男は笑って答えると


 (そんな食い込むほど、私は重かったのでしょうか……)

 梅乃は、申し訳なさを感じてしまう。



 「診せてください」 梅乃が傷口を見ると、

 (あれ? これは私の髪の毛?) その傷口には、梅乃の髪が入っている。



 梅乃は酒を傷口に掛け、包帯で手当をする。

 「すまない……さらった俺まで手当てをしてくれるなんて……」 男が頭を下げると、


 「梅乃ちゃんは、吉原が生んだお天道様なんだよ」 玲が説明しながらニコッとする。


 「……」 梅乃が下を向いて考えていると

 (私、変な事を言ったかしら……) 玲は困った顔をしてしまう。



 すると、梅乃が顔を上げ

 「もしかすると、使えるかもしれません……」 


 「何? 使えるって?」 玲と男はキョトンとする。


 「すみません。 ここにお風呂はありますか?」

 「えぇ、もちろん……」 玲は風呂場を案内すると、

 「玲さん、一緒に入りましょう」 梅乃が言い出す。



 そして、二人が男を見ると

 「えっ? 俺もですか?」 男が驚く。


  “スコーン―” 玲は、男の頭にゲンコツを落とすと


 「違うだろっ― 風呂の用意だよ」 玲の男を見る目は、氷よりも冷たかった。

 「す、すみません―」 男は慌てて風呂の用意をする。



 それから梅乃と玲は風呂に入り、何度も髪を洗う。

 「梅乃ちゃん、もう三度目よ」 玲が言うと、


 「玲さんも洗いましょう」 



 「はぁ~ さっぱりした♪」 湯上がりの二人は、浴衣に着替えていく。



 着替え終わると、 「お前も入りなさい。 最後に掃除な」

 玲は男に言うと、黙って風呂場に向かった。


 「さて、これから縫いましょう」 梅乃が言うと、玲はポカンとする。

 「縫うって、糸が無いんじゃ……」


 「だから髪の毛……」 梅乃が自分の髪を指でつまむと、

 「髪の毛?」 ますます玲は混乱している。


 「はい。 前と違って、玲さんも髪が伸びましたしね」 梅乃がニコッとする。

 こうして、玲と梅乃はゆっくりと自身の髪を抜きだす。



 「これを糸に……?」


 「はい。 確か、髪の毛は拒絶反応が起きないと赤岩先生が言っていました」

 梅乃は髪の長い部分を抜きながら紙の上に並べていく。 玲も梅乃を真似て、髪を抜き始めた。



 梅乃は髪をつかみ、針に通していく。 「あんまり長い訳じゃないので、相当な本数が必要になりますね……」



 そう言って、玲の父親の服を脱がして傷口に酒を掛ける。

 「うぎゃー」 父親が痛がると、

 「もうすぐ、落ち着きますから」 梅乃が父親の耳元で囁く。



 痛みが落ち着き、梅乃が針を持つと、

 「先生…… 力を貸してください」 祈るように針を見つめ


 「いきます……」 傷口の下、腰の傷が浅いところから縫い始める。


 何度か縫うと、髪が無くなる。

 「玲さん……」 梅乃が声を掛けると、玲は髪を通した次の針を梅乃に渡す。



 その作業を二十回ほど繰り返すと、

 「それでも三センチほどか……」 


 「髪は弱いですから、頑丈に何度も重ねて縫っていますから」 梅乃が説明すると、ニコッと微笑む。


 「梅乃ちゃん……」 玲は涙ぐんでしまう。


 それからも梅乃は黙々と縫っていく。 そして傷口が深い部分に差し掛かると、 「うぎゃー」 と父親の声が大きくなる。


 「動かないでください―」 梅乃は父親の両肩を上から押さえ込むが、小さい梅乃では簡単に押し返されてしまい


 「うわっ― うわっ―」 グラグラする梅乃に、慌てて玲も上から押さえ込む。

 男が風呂から出てくると、大騒ぎの二人に気づき駆け寄ると


 「お父様の口に手ぬぐいを!」 玲が指示をすると、男は父親の口に手ぬぐいを噛ませる。



 「沢山の手ぬぐいをください」 梅乃が大声になると、男は大量に持ってきた。

 「おじさん、すみません…… 大人しくしてくださいね」 



 梅乃が指示をし、男が父親の手を手ぬぐいで縛る。

 「続きを始めます」 梅乃が縫い始める。



 外は暗くなってきた。 背中の傷が深い部分になると、なかなか進まなくなってくる。


 「すみません、明かりをください」 梅乃が声を出すと、ランプが数個置かれる。



 そして、開始してから5時間。 梅乃は自身の指を気にし始める。

 (あれだけ細い針を持ち続けていたら、指も痛くなるわよね……)

 玲も同情のように、同じような顔になる。



 「梅乃ちゃん、指示して。 私が替るわ」 玲も堪らず、針を握る。

 「ありがとうございます。 では、ここから……」



 そして、玲が縫い始めると

 「そうです。 このまま縫っていって、ここで折り返します」 縫い目を頑丈にする為、梅乃は縫い返しを指示する。


 (いくらも縫ってないのに、折り返すのね。 そりゃ、時間の割に進まない訳だわ……)

 玲は、梅乃の大変さを理解したようだ。



 「玲さん、替ります」 梅乃が縫い始める。

 玲は、梅乃の後ろに立って縫い方を学んでいると


 「梅乃ちゃん……」 


 梅乃は、髪の長い部分から髪を引っ張って抜いていた。 その部分は、硬貨ほどの丸いハゲが出来てしまっている。



 「ごめんね……」


 それから数時間、交代で縫っていき出来上がった。


 (二人ともハゲが出来るほど……) 男は黙って見つめていた。



 「仕上げです」 梅乃は父親の背中に酒を掛けると、父親は眠ったままだった。

 「よかった……」 梅乃は安堵から、後ろに倒れるように眠ってしまった。



 翌日、梅乃が目を覚ます。 「あれ? 玲さん、おはようございます」 

 「おはよう、梅乃ちゃん♪ 朝ご飯できているわよ」 玲が案内すると、



 「うわ~ 昨日は食べていなかったので、お腹がペコペコでした」

 梅乃は “ガッ― ガッ―”と、一気に食べ出す。


 その姿を見て、玲も微笑んでいた。


 そして、食べ終わると父親の背中を確認する。

 「熱もないし、拒絶反応もないかな」 梅乃が安心すると、満腹感から倒れるように眠ってしまった。



 こうして役目を終えた二人は、黙って眠ってしまう。


 これは、以前に分断された心を縫い合わせていくようでもあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ