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第六十七話 吉原外

 第六十七話    吉原外



 男が梅乃を連れ去り、半日が経った。 船はお歯黒ドブから川へ向かい、浅瀬の岸に着く。


 男は梅乃の猿隈を外し、「ごめんな…… 痛かったかい?」 そう言って謝っていると


 「痛いと言うより、本当に驚きました……」 梅乃は困惑している。



 夜明け、空が藍色に変わった頃に玲がやってくる。


 「梅乃ちゃん、ゴメンね。 驚かせちゃったね」 

 「はい。 お歯黒ドブに跳んだ時は終わったと思いましたよ……」 梅乃は平然を装い、話している。



 「それで、どこに連れ去る気ですか?」

 「どうしても梅乃ちゃんに来て欲しかったの。 付いてきて」 玲が案内をすると、梅乃は後ろを歩く。 梅乃の後ろには男が監視するように歩いていた。



 (これじゃ逃げられないな……) 梅乃は観念したように歩いていく。




 朝になり、三原屋では噂が広まっていた。

 「梅乃、どこに連れて行かれたのかしらね……」 妓女たちの話し声が聞こえてくる。


 その横には呆然とする小夜と古峰が立っていた。


 「そんな簡単な話じゃないよ……」 小夜が小さな声で呟くと、

 (そりゃ、双子のように育った相手が目の前で誘拐されたんだから……)

 古峰はチラッと小夜を見る。



 すると、早々に鳳仙楼の主人がやってきた。 主人は玄関にも入らず、外で采を待っている。


 玄関を開けた片山が奥に行き、「お婆……鳳仙楼からいらっしゃいました」 片山は片膝を付けて襖越しに采を呼ぶ。


 「わかった……」



 采が部屋の襖を開けると、大部屋は静まり返ってしまう。

 (これは怒っているってものじゃない……) 誰もが分かる空気感だ。



 「おはようさん……」 采が鳳仙楼の主人を睨むと


 「申し訳ない……」 主人は額に砂が付くほど頭を下げた。



 「まぁ、私が勝手に渡したからね…… これは仕方ないよ」 采はキセルを吹かせると、


 「本当に済まなかった。 見世を畳むよ……」 主人は覚悟を見せる。


 (そんな……大見世を畳むって……)

 これを聞いていた妓女たちが息を飲む。


 そこに小夜と古峰が目を合わせ、玄関までやってくる。

 「お前たち……」 これには采も驚いている。



 「お おじさん…… ここで謝っている時間があったら、早くお姉ちゃんを探して」 古峰の普段は気遣いの子である。 しかし、出しゃばっていいはずがない空気でも古峰は前に出ると


「私も禿の班長として、梅乃を探して欲しいのです」

 いつもはオドオドした小夜まで口にしていく。



 (お前たち、ライバルじゃなかったんだね……)

 これは采の誤算だった。 本来ならライバルとして高みを競う仲なのに、二人の行動は違っていた。



 「私が吉原を出て、探しに行ったら見世はどうなるか……」


 「お前、見世を畳むって言った覚悟はどこに言った? 鳳仙楼は私達が見てやるよ」 采が主人を睨むと、



 「そ、そうか……」 主人の返事は弱々しいものだった。



 そこに勝来が後ろから出てくると、脇刺しを見せる。

 「三日だ! 梅乃を探さないで吉原をウロウロしていたら、腹を切らせます」



 そう言って、勝来が脇刺しを鞘から抜き光る刃を見せると

 「勝来の実家は武家だったからね…… お前さん、後がないよ」


 采がニヤッとすると、主人は慌てて走っていく。



 三原屋の全員が息を漏らす。


 「しかし、お前…… まだ脇刺しを持っていたのかい? 役人に見られたら大変なことになるよ」 采が、ため息をつくと


 「これは、私なりの覚悟です。 家を出る時に、渡された物なので……」

 これは、吉原に入っても『自分が辱めを受けるなら自害しろ』と、武家ならではの御守りでもあったようだ。



 それから主人は鳳仙楼に戻り、妓女たちに説明をしている。

 「これから鳳仙楼ここは三原屋さんに面倒をみてもらう。 采さんの指示に従ってくれ。 これから外に出て梅乃を探してくるから……」


 そう言い残して、主人は吉原の外に出ていった。



 (とにかく無事でいてくれ……)

 采や三原屋の願いは、ひとつだった。



 梅乃は玲と合流してから数時間ほど歩くと、

 「ここだ…… 梅乃ちゃんは、ここで仕事をしてもらうのよ」 玲は大きい門を開ける。



 「こんなに大きいのって、玲さんの家……」 梅乃は目を丸くしている。

 その大きさは、吉原の土地全体に匹敵する大きさだった。



 (やっぱり華族って本当だったんだ……)

 梅乃は広大な屋敷を見て、驚きを隠せない様子。


 「こっち……」 玲は屋敷の中を案内する。



 その土地には本宅の屋敷から歩いて数分、そこには三原屋などの大見世に匹敵するような家が建っていた。


 「ここが私の実家…… 入って」 玲は屋敷の中に招き入れると

 「おじゃまします……」 梅乃は、低姿勢で中にはいっていく。


 「ううぅぅ……」 屋敷に入ると、男の うめき声が聞こえる。


 「―ッ?」 梅乃が肩をすくめると、

 「梅乃ちゃん…… 吉原で医術を学んでいたわよね。 診てもらいたいの」 玲は男が声を出している部屋に案内をする。



 そこには、ベッドに横たわる男がいた。


 「失礼しんす……」 梅乃は臆することなく男に近づくと、

 (これは……)


 男は背中や足など、無数に斬られた痕があった。

 (これはマズい…… ばい菌が入って、感染症を引き起こしている……)


 梅乃は即座に判断する。 吉原など花街では病気を持った者も少なくない。 梅乃は赤岩や岡田と行動を共にしており、診てきたからだ。



 「すみません、玲さん。 襷を貸してください。 それと、大量のお湯を沸かして貰えますか」 梅乃が目の前の怪我人を救おうとしていると



 「わかった」 玲は足早に行動していく。

 「すみません、私は梅乃と言います。 少し痛みますが、失礼しんす―」

 そう言って、梅乃は怪我のある場所を確認していく。



 「こんなに…… それも出血と膿が……」 梅乃が呟きながら確認していると、

 「梅乃ちゃん、襷…… お湯は、もう少し待って」 玲は焦りながら話す。



 「わかりました。 あの、お酒ってありますか?」 

 「あ、あるけど 梅乃ちゃんが飲むの?」 玲の言葉で、梅乃は目を細める。



 「玲さん…… 私は十四歳になったばかりです。 飲めませんよ」 梅乃の冷めた口調に 「そ、そうだよね…… 持ってくる」 玲は奥の部屋から大量の酒を運んでくる。



 「これでいきます」 梅乃は酒の瓶を持ち、男の背中にかけると

 「ぎゃ―」 男は悲鳴をあげる。


 「お父さま―」 玲が声をあげる。

 (父様? この人が玲さんのお父さんなのか) 梅乃は、数分で分かってしまった。


 梅乃は男の背中や足など、傷口に酒をかけていく。 その度に男は悲鳴をあげていた。


 「梅乃ちゃん、痛がっているじゃないか」 玲が梅乃を睨むと、


 「これだけ傷を放置していたのですから、細菌が出ています。 それを消毒していますので痛くても仕方ないかと……」 そう言って、梅乃は動く男を押さえ込む。



 「少しすると、落ち着くので待っておくんなんし……」 男の耳元で叫ぶが、男は痛さから動きまわっている。



 「玲さん、お父様を押さえてください!」

 梅乃が叫ぶと、玲と連れ去った男が押さえ込む。


 「痛いですが、我慢してください」

 梅乃が消毒の酒をかけると、 「ぎゃー」 玲の父親が叫ぶ。



 一通りの消毒を終えると、梅乃が包帯を巻いていく。 この手さばきに、玲は黙ったまま見惚れてしまう。


 「ふぅ…… 終わりました。 それで玲さん……」 梅乃が視線を上げて玲を見つめると、



 「梅乃ちゃん、ありがとう……」 玲は、静かに頭を下げる。



 「それで、この事で私を誘拐したのですか?」

 「それもある……」 玲は、急に小声になった。


 (?? 何か言いたくないのかな? でも、聞かないことには誘拐された意味も分からないままだ……)


 梅乃は思いきって、話の意味を聞いていく。


 「あの、玲さん…… 聞きたいことが沢山あるので聞きますね。 玲さんのお父さんは、どうして斬られたのです? こんなに無数の傷は普通じゃないですよ?」


 しばらく黙っていた玲だが、ようやく口を開く。


 「前から知っていた通り、私達は華族の者…… けれど、華族だからと言っても全部の家が政府に従っている訳じゃないの……」


 ここから玲の話が始まり、黙って梅乃は聞いていく。



 玲の家は、華族である。 それも幕臣派であった為、華族と言っても政権の中枢に入れる家ではなかった。


 「何度か政府とのイザコザもあって、お父様が命を狙われるようになったの……」 玲は涙を浮かべている。



 「それと、私を誘拐する意味が……」 梅乃が困惑気味に話すと


 「私は、身を隠すように吉原に紛れ込んだ…… そこで、武器を扱い売って資金を調達していたの。 そうして梅乃ちゃんに出会ったのよ……」


 梅乃は、話を聞きながら出会った頃を思い出していく。

 「なんか、邪魔したみたいで すみません……」 特に謝る理由がなかったのだが、梅乃は自身の『好奇心の強さ』を謝ってしまった。



 「ふふふ…… 本当に可愛いのよね」 玲は、笑ってしまう。



 「もちろん、武器の密輸をしていた私に政府は逮捕状を出したわ。 それは華族としての地位を下げる為にしたことで、本当に逮捕する気はなかったみたい。 こうして普通に生活が出来ているからね」



 (子供を誘拐して、普通に生活って……) 梅乃は困ってしまう。



 「だから、いつか梅乃ちゃんに謝ろうとして吉原に行ったら医者のようだと噂で聞いたから……」


 「それで、連れていこうとしたのですね?」 梅乃が相槌を入れると、玲は頷いた。


 「でも、華族なら優秀な医者が来てくれそうですが……?」


 「みんな、医者も政府に加担しているの。 それこそ、医者がお父様を殺すことだって出来てしまうのよ……」



 梅乃は、玲が誘拐したことに納得をしてしまった。

 (つまり、世間にバレないように治療をしたいんだな。 だから、子供の私を……)



 「でも、私は医者じゃありませんよ」 

 「わかっているわ。 だから、梅乃ちゃんの知識で出来ることをしてもらいたいのよ……」 


 玲の言葉は、かすかに震えていた。 梅乃は黙って頷くしかなかった。


 「少しの間でいい…… お父様を診てちょうだい」

 「わかりました……」




 「梅乃…… もしや!」 吉原では、采も懸命に行方を追っていた。



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