第六十六話 悲痛の捜索
第六十六話 悲痛の捜索
「梅乃―っ」 吉原には呼ぶ声が響く。
「いた?」 「ううん……」 慌てる妓女は、走って吉原中を探している。
大見世の多い江戸町は宴席の声が響き渡っていた。
鳳仙楼の主人も必死に走り回っている。
(どこに行っちまったんだい……)
その頃、三原屋では采がソワソワしている。
(お婆、何かあったのかな……) 傍で見ていた片山も不思議そうな顔をしている時
二階は酒宴で盛り上がっている。 古峰が酌をすると、外からの声が耳をかすめた。
(誰かが梅乃ちゃんを呼んでいる……)
古峰は、菖蒲を見て
「菖蒲姐さん…… 私、お腹が痛い……」 小さく声を出すと
「古峰? 大丈夫? すみません、古峰だけ下に連れていって構いませんか?」
菖蒲が客に話す。
「もちろんだよ。 古峰ちゃん、しっかり休んでな……」 客が心配そうにしていると、
「すみません……」 古峰は菖蒲と一階に降りていく。
「岡田先生…… 古峰を診ておくんなんし……」 そう言って、古峰を岡田の部屋で休ませる。
(菖蒲姐さん、ごめんなさい……)
岡田は古峰の腹部に手を当て、
「もう盲腸はないと思うが……」 そう言った時である
「せ 先生……そ 外に出してください」 古峰が起き上がり、真剣な表情で言うと
「何があった?」
「だ 誰かが梅乃ちゃんを探しています。 わ 私も行きたい……」
古峰の目は真剣だった。 これを見た岡田は
「まだ、お婆がそこにいる。 少し待て」 岡田が小声で話す。
しばらく待っていると、采が立ち上がり
そのタイミングで岡田が部屋から出る。
「古峰はどうだい?」 采が岡田に聞くと
「はい。灸をしたら眠ってしまいました。 梅乃の分も頑張って、疲れたのでしょう……」
「そうかい。 目が覚めても、今日の酒宴には入らなくていいと伝えておくれ」
采が言うと、部屋の中に入っていった。
岡田は部屋に戻り、 「今だ、古峰……」 玄関まで誘導をし、
「必ず、私に報告しろ! 分かったな!」 岡田は念を押す。
古峰は黙って頷き、走って出ていった。
「いた?」 「見つからない……」 鳳仙楼の妓女は必死に探している。
そこに鳳仙楼の主人が合流する。
「お前たち、もういい……たくさん歩いたろう? 妓楼に戻りなさい」
しかし、「何を言っているんですか? まだ梅乃は見つかっていません。 父様こそ鳳仙楼にお戻りくださいな」 妓女たちが微笑むと
(すっかり変わったな……本当に梅乃は、小さなお天道様だよ……)
主人に涙が溢れてくる。
「まだまだ細かく探すよ。 顔の利く妓楼にも話して、情報を仕入れよう」
そして全員が散ろうとすると
そこに古峰がやってくる。
「す すみません…… も もしかして鳳仙楼の方ですか?」
古峰は、梅乃のように余所の妓楼と関わることが少ない。 お互いにピンと来ないまま話をしていく。
「そうだけど、お前は?」 「み 三原屋の古峰です。 梅乃ちゃんの妹です」
この会話で、全員がホッとする。
「そ その表情…… 梅乃ちゃんは、誘拐されたのですね?」 古峰が聞くと、
「分かるのかい?」 妓女が驚く。
「なんで、お姉ちゃんを一人にしたのです? 私も小夜お姉ちゃんも誘拐されそうになっていたのに……」 古峰は妓女たちを睨むと
「なんてこと……」
「やっぱり、鳳仙楼なんかに梅乃ちゃんを渡すんじゃなかった……」
そう言って、古峰が泣き出す。
同じ大見世とはいえ、差が出てしまった妓楼……しかも禿にまで馬鹿にされたことで、本来は頭にきてしまうのだが……
「すまないね…… これが今の鳳仙楼なんだ。 けんど、しっかり立て直すからさ」 妓女の一人が古峰に頭を下げると、妓女の全員が頭を下げた。
「姐さん……」 この変化に、古峰が涙目で微笑むと
「さぁ、探すよ」 こうして古峰も加わり、梅乃の捜索が再開される。
その頃、小見世が並ぶ一角では
「もうじき迎えが来るから大人しくしていてくれよな……」 男は梅乃の頭を撫でる。
(私、何をされるんだろう……? でも、前みたいに殺そうとはしないし……)
前回と同じように身体を縛られて猿隈をされているも、男からは雑に扱われることがなかった。
「ゲホッ ゲホッ」 梅乃が咳き込む。 男は慌てて猿隈を外し、水を与える。
「すまんな…… でも、大声は止めてくれよ」 そう言って、水を飲ませていくと、
「大声は出しません…… 出したら叩かれそうだし、また死にかけたくありませんから……」 梅乃は視線を落とす。
「そうか…… お腹は空いているか?」 男は気遣うが、梅乃は首を振る。
「それで、誰の指図でこうなったのです?」 梅乃がキョトンとした顔で男を見ると
「言えないんだ……」 こうして夜が更けていく。
まだ、春になったばかり。 夜になると外は冷えてくる。
その中で、古峰は汗を流して走っていた。
(梅乃ちゃん、どこ?)
古峰は小見世や河岸見世が並ぶ方を探している。 これには意味があった。
(これだけ空き見世があるのは小見世……どこかに梅乃ちゃんがいる)
古峰は、『かえで屋』を思い出していた。
そして河岸見世の場所に来ると、
「すみません……」 古峰が河岸見世の戸を叩く。
すると、「なんだい? こんな時間に……」 戸がゆっくりと開く。
「さ 定彦さん、梅乃ちゃんが―」 古峰の口調が激しくなる。
「あぁ、三原屋の…… どうしたんだい?」 定彦は、少し酔っていたようだ。
「す すみません。 梅乃ちゃんが誘拐されました」 古峰が正直に話すと、
「なんだって? すぐ支度するよ」 定彦は、男の格好に着替えにいく。
「待たせたね。 行こう」 古峰と定彦が探しに出ていく。
しばらく歩くと、「古峰ちゃん……犯人の目星は付いているのかい?」
「い いえ……顔なら覚えています」
古峰は地面に似顔絵を描き出す。 以前、梅乃にも誉められた事がある。 古峰の似顔絵は上手だった。
(コイツは……)
「そういえば、采さんには話したのかい? 私は采さんには関われないようだし、しっかり話さないといけないよ」 定彦は心配して言うが、
「お お姉ちゃんを売るような お婆には話せません。 わ 私が探しますので……」 古峰の目に力が入る。
(同じ禿からも、ライバルじゃなく姉とは…… 玉芳、お前が作った三原屋の絆は凄いよ……)
定彦は、つい笑顔になってしまう。
夜も遅くなり、段々と外を歩いている人が少なくなってきた。
三原屋では、 「遅くなりましたので、失礼しんす」 小夜が丁寧に頭を下げ、宴席から退室していく。
一階に行き、顔を洗って化粧を落としていると
「小夜、古峰は良くなったのかい?」 妓女の一人が聞く。
「古峰? 何かあったのですか?」 小夜が驚くと、
「お腹が痛いとかで、岡田先生の部屋に行ったんだよ」
「先生、失礼しんす。 古峰はどうですか?」 小夜が部屋に入ると、岡田は横になっていた。
「??」 小夜はポカンとする。
「先生― 先生―」 小夜は岡田の身体を揺すって起こす。
「なんだ……小夜か。 どうした?」
「古峰はどうなりました?」
「古峰……? あっ! まだ帰ってきていないか?」 岡田は、ガバッと布団から起き上がる。
「ちょっと、帰ってきていないってどういう事ですか? お腹が痛くて先生の所に来たんじゃ……んぷっ―」
小夜の声が大きくなってくると、岡田は小夜の口を塞いだ。
岡田は指で(静かに)の合図をすると、小夜は黙って頷く。
岡田の部屋は以前に物置だった部屋だが、その奥には采の部屋がある。 聞かれる訳にはいかなかった。
そっと二階へ行き、禿が寝る部屋へやってくる。 それは、玉芳が使っていた部屋の隣である。 三人の禿が眠れるようにと、次の花魁が誕生するまで使わせてもらっていた。
「それで? 古峰はどこに?」 小夜が聞き直すと
「それが……」 岡田は、梅乃が誘拐されたようだと話す。
「アイツか……」 小夜が呟くと、
「心当たりがあるのか?」 岡田が身を乗り出す。
「この前、私が梅乃と間違えて誘拐されるところでした……」
小夜は先日の誘拐未遂の件を話す。
「そんなことがあったのか……」 岡田は知らなかった。
「それで、古峰が探しているのですね?」 小夜が立ち上がると、
「お前まで行く気か?」
「当たり前です。 私は禿の班長ですよ! 古峰を……妹を救わないといけません。 それに梅乃だって、双子のように育てられたんですから」
「お前……」
岡田が小夜を見ると、ニコッとする姿が玉芳と重なって見えた。 岡田も吉原で仕事をして長い。 鳳仙や玉芳とも面識はあった。
(玉芳花魁は、凄い子たちを残していったんだな……)
岡田や定彦には、玉芳の凄さが伝わっていたようだ。
小夜は静かに三原屋を出て行く。 これは小夜にとっても初めてだった。
走って仲の町を走る小夜。 古峰を探しに向かっていく。
古峰は、定彦と小見世が集まる場所を探していた。
鳳仙楼の妓女は中見世を中心に探していき
主人も会所に向かい、怪しい人物が来ていないかを確認している。
そして、息を潜めている男は梅乃に猿隈をする。
「ちょっとの間、我慢していてくれな。 お前に傷ひとつ付けられないから……」
そう言って、男は梅乃の脇や股に縄を通す。
「これでいけるかな?」 男は梅乃を背負う為に縄を通していた。
“コンコン コンコン……” 小見世の扉から音がする。
「来たか……」 男は立ち上がり、梅乃を背負うと
(どこに行くんだ? このまま出るって言っても、会所で捕まるだろ?)
吉原の出入り口は一つしかない。 それは梅乃も分かっていた。
小見世の玄関が開く。 そこに玲が立っているのが見えると
(まさか玲さんが?) 梅乃は驚きを隠せなかった。
玲が男に指示を出すと、男は確認している。
玲が小見世から出て行くと、男は呼吸を整えていく。
玲が小見世を抜けて、大門に向かって歩いていると
「まさか?」 その姿を古峰が見てしまう。
古峰は玲に向けて走った。
“ガシッ―” 古峰が玲の腕を掴み 「お お姉ちゃんはどこ?」 睨んで言うと
(気づかれたか…… はっ―) 玲は古峰に腕を掴まれ、その後ろを見ると、定彦が立っていた。
「まさか? 玲? こんな時間に、何を……?」 定彦が言った瞬間、古峰を振り払い逃げ出した。
「痛い―」 古峰は豪快に転んでしまう。
「古峰ちゃん―」 定彦は、慌てて古峰を抱き抱える。
すると、玲の姿が見えなくなっていた。
「だ 大丈夫です。 アッチから玲さんが歩いてきました。 アッチです」 古峰が走り出す。
男がチラチラとお歯黒ドブの前にある塀を見ると、
“パサッ ”っと、小さな音がする。
「ごめんな! ちょっと、驚かせちまう……」 そう言って男が走り出す。
(えっ? えーっ?) 梅乃の目が大きく開く
「梅乃―っ!」 そこに小夜が走ってくる。
男は勢いをつけて縄を掴み、塀を乗り越えてジャンプすると
(ちょっとじゃねーよ!) 梅乃の無言の叫びが響く。
小夜は手を伸ばすが、あと少しで届かなかった。
「梅乃――っ」 小夜の叫び声が吉原に響く。
塀の外で待ち構えていた船は、無情にも梅乃を乗せて吉原から離れていった。




