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第六十五話 春の嵐

 第六十五話    春の嵐



 「おはようございます。 姐さん……」 梅乃が挨拶をして大部屋にやってくる。

 「おはよう、梅乃♪」


 梅乃が鳳仙楼にやってきて一ヶ月が経とうとした頃、妓女たちは『梅乃ちゃん』から『梅乃』と呼ぶようになっていた。



 「ようやく見世が再開できて良かったですね♪」

 「ありがとう…… 本当に梅乃には感謝だよ。 いてくれなかったら、鳳仙楼ここの妓女の全員が生きてなかったからさ……」



 「そうですか、本当に助けられて良かったです」 そう言って、梅乃がニギニギをすると


 「前に九朗助稲荷で見たんだけんど、そのニギニギは何なんだい?」 妓女の一人が聞く。


 「これは三原屋で、小夜と古峰との約束の形なのです。 「みんなで花魁になろう……」って。 でも、叶わなくなってしまいましたが……」 


 梅乃は笑って話すが、


 「……」 鳳仙楼の妓女たちは黙ってしまった。

 (大変、申し訳なく感じる……)



 それから昼見世が始まり、「梅乃、遣り手をお願いできるかい? ちょっと挨拶回りがしたいんだが……」 主人は、迷惑を掛けた妓楼へ挨拶をしたかったようだ。


 「構いませんが、過去簿を見せてもらえますか?」 


 梅乃は過去簿から、妓女の値段や宴席の価格などを確認していく。


 (なんなの? あの娘……)


 当然だが、禿が遣り手を出来るはずがない。 しかし、梅乃は数分で過去簿から書き写して準備をしていた。



 「はい、線香ですね。 五十銭になります。 お二階へどうぞ」

 梅乃が順調に客捌きゃくさばきをしていると、


 (お前は経営者かよ……)

 見ていた鳳仙が苦笑いをしている。



 「おや? 鳳仙花魁、どうされました?」 梅乃がキョトンとしていると、

 「いや…… お前、ベテランみたいに捌くんだな?」


 「いえ……なんとなく、お婆を見ながらやっていたので……」


 (采さん……梅乃に何してんのよ! 立派すぎるわよ!)

 鳳仙は、予想以上の働きに目を丸くしていた。



 「ちょっとさ、私も一回、帰らないといけないんだけど……」

 鳳仙が梅乃に言うと、

 「わかりました。 そうですよね」 


 梅乃が返事をすると、

 「私は一回、帰るけど……梅乃を困らせるんじゃないよ」 鳳仙は、妓女たちに言って支度をしていく。



 「ごめんください……」 鳳仙楼の玄関で男の声がする。

 「はーい」 鳳仙が帰り支度の手を止め、玄関に向かうと、


 「片山さん……」 鳳仙が驚いている。



 片山の顔が真っ赤になり、「ほ 鳳仙花魁、お久しぶりです…… あの、梅乃の様子を見にきまして……」



 「そうでありんすか…… 私じゃなく、残念でありんす。 梅乃は奥にいますよ」 鳳仙が薄ら笑みをこぼすと、


 「あの……鳳仙花魁にも会いたくて……」 片山が慌てて続ける。


 「取って付けたように……」 鳳仙が拗ねたように見せる姿は、まさに花魁のテクニックだった。



 そこに、「どうしました?」 ヒョコッと梅乃が顔を出す。

 「梅乃―」 片山が笑顔で呼ぶと、

 「潤さん? どうして?」 梅乃は驚きの表情から、ニコッとする。



 「まさか、それを口実に……?」

 「ち、ちがうよ!」 二人のやりとりを聴いて、鳳仙はクスクスと笑う。



 「それじゃ梅乃、後を頼むわね」 鳳仙が帰っていく。

 鳳仙を見送った二人が目を合わせると、片山が真面目な顔になる。



 「梅乃、この前に小夜と古峰が誘拐されそうになった…… どうやら、お前を探しているようだ。 用心するようにと、お婆から言われてきたんだ」


 「わかりました。 ありがとうございます」 梅乃は頭を下げる。



 それから梅乃は用心するようになる。 鳳仙楼では、昼見世などで稼いだ金を集めて食材の足しにする。


 まだ宴席などが入るほど集客が出来ていないからだ。

 全員が一丸となって、難局を乗り切ろうとしていた。



 「これが今日の食材だ。 頼むな」 主人が買ってきては妓女たちが料理をする。


 (吉原を出ても安心かな) 料理をしている姿に梅乃が微笑むと、手伝いをしに台所に向かった。



 「いただきます♪」 梅乃が料理を口にすると、妓女たちも微笑む。


 (禿っていっても、同じ女なんだよな…… なんで、こんなことに気づかなかったんだろう……) 瀬門は、痛いくらいの後悔を味わっていた。



 数日後。 (う~ん……毎日、父様だけが買い物に行かせるのもな……)


 梅乃が支度をして鳳仙楼を出ようとすると、

 「梅乃、どこ行くの?」 瀬門が聞いてくる。


 「少し、食材の買い出しをしようと思いまして」 

 「そう…… じゃ、一緒に行こうか?」 瀬門も慌てて玄関にやってくる。


 「いいんですか?」 

 「それくらい出来るわよ。 それに、私も買いたい物があるし」


 こうして二人は買い物に向かう。



 「こんにちは~」 梅乃が久しぶりに千堂屋にやってくると、

 「梅乃ちゃん、元気だった?」 野菊が笑顔でやってくる。


 「はい。 みなさんに優しくしてもらっています」 梅乃は笑顔で答える。



 「小夜と古峰はどうですか?」 梅乃が続けると、野菊の表情が曇る。

 「何かあったのですか?」 


 「まぁ、元気ないわよね……」 野菊は、歯切れの悪い返答をしてしまうと


 (何かあったんだな…… でも、私は売られた身。 簡単には行けない)

 梅乃も表情を落としてしまう。



 そして買い物を済ませた二人は、鳳仙楼に戻ろうと仲の町を歩いていると

 「あの……見世を聞きたいのですが?」 一人の男性が声を掛ける。


 「はい。どちらでしょう?」 梅乃が笑顔で応対をすると、

 「小見世なのですが、九朗助稲荷という場所の近くなのです……」


 すると、 「コッチですよ」 梅乃が案内をしだす。

 「梅乃、荷物を持ってあげる」 瀬門が手を出すと、梅乃は荷物を渡して案内を始めた。


 (大丈夫だったかな?) 瀬門が振り返り、梅乃を心配している。


 「ここが九朗助稲荷ですよ」 梅乃が指をさすと、

 「ぐっ―」 目の前が真っ暗になった。





 そして数十分が過ぎた頃、

 「遅いわね……」 瀬門がソワソワしている。



 「こんにちは。 川本屋です」 「はーい」

 梅乃が不在の為、主人が帳簿を持って玄関にやってくる。


 「瀬門さん、指名で酒宴です」 ようやく夜見世の酒宴が入った。 これは『読み上げ』である。


 「やった―」 鳳仙楼では歓喜の声が上がる。

 見世が再開してからは、昼の時間だけが売り上げだった。 それも身体目当ての客だけ。 それだけでは小さい売り上げしかなく、大見世としての貫禄は無かった。



 「よし、久しぶりにやるよ! 梅乃に付いてきてもらおう♪」

 張り切る瀬門だが、肝心の梅乃が戻ってこない。


 「そういえば梅乃は?」 妓女が聞くと、

 「さっき、道案内をして九朗助稲荷まで行ったけど……」


 それから夕方になり、引手茶屋まで向かう瀬門は

 「梅乃、何しているのよ……」



 それからも、梅乃は戻ってこなかった。


 「ちょっと、三原屋さんに行ってくる」 妓女の一人が三原屋に向かい、


  “ドンドン ” 「ごめんください。 鳳仙楼からですが……」


 「なんだい? こんな時間にどうした?」 玄関に采がやってくる。



 「すみません。 梅乃、戻っていませんか?」 妓女が言うと、

 「いや、鳳仙楼そっちで頑張っているんじゃないのかい? まさか? 梅乃に何かしたのかい?」 采の表情が変わる。



 「い いえ、滅相もありません。 むしろ、見習っていますから―」

 妓女の言葉に安心した采だが


 「それで、梅乃が見つからないのかい?」


 「はい。 瀬門姐さんと買い物に出てから戻らなくて……」

 妓女の言葉に、采の眉間に力が入る。


 「お前、梅乃を探しな! 見つけないと、タダじゃおかないよ!」

 采が怒鳴ると、妓女は走って梅乃を探しに行った。



 そこに小夜が菖蒲と戻ってくると、

 「お婆…… 何かあったの?」 小夜が采の顔を覗きこむ。


 「いや、何でもないよ。 今日も稼いでおいで」 采がニコッとする。

 客も酒宴を楽しみにしていた。


 「……」 小夜は黙って采を見つめている。

 そして古峰が信濃と戻ってきた。


 「ささっ― こちらでございます♪」 信濃も久しぶりの上客で嬉しそうだ。


 そこで古峰が小夜を見ると

 (何かを考えている…… まさか梅乃ちゃんのこと?)


 古峰は、小夜と采の顔を交互に見ている。



 それから酒宴になり、古峰が酌をすると

 小夜も違う部屋で酒宴に参加している。



 「はぁ はぁ…… 梅乃、どこ行ったのよ?」 鳳仙楼の妓女は、梅乃を探しに走っていた。



 「何っ? 梅乃が戻らない?」 鳳仙楼の主人が驚いている。


 「今日は、瀬門の客で終わりだ! 全員で梅乃を探すぞ」 主人が声をあげると、妓女たち五人が一斉に外に飛び出す。



 「今度は、私たちが梅乃を救うよ!」 これが恩を受けた妓女たちの姿となったのだ。


 妓女たちは、手分けをして仲の町から裏路地まで探し続ける。

 そして瀬門が引手茶屋から客を連れてくると、

 「あら、みんな出たの?」 瀬門がキョトンとする。


 「あぁ、いらっしゃい。 そうだね……みんな忙しくなってね」

 主人は誤魔化しながら、客を二階へ案内する。



 そして、客が二階へ上がると提灯の明かりを消して店じまいを始める。


 (これじゃ、采さんに申し訳が立たないよ……) 主人も会計を済ませると、外に出て行った。




 その頃、梅乃は……


 「少し待っててな……」 道案内を頼んだ男性に縛られて、猿ぐつわをされていた。


 そこは、潰れた小見世がある一角。 その見世の前を鳳仙楼の妓女は通過していく。


 春の嵐のような出来事は、またもや梅乃に向かって吹いていくのであった。



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