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第六十四話 再燃

 第六十四話    再燃



 梅乃が鳳仙楼にやってきて、一ヶ月になろうとしていた。


 「もうすぐ三月かぁ~」 梅乃は、仲の町で梅の花を見ていた。

 (こんな時期に、お婆は私を拾ってくれたんだよな……)


 采が拾って名付けをしたのは、仲の町に梅の花が咲いていたからだと教えてくれた。 この名前を梅乃は気に入っていた。



 「なんか嬉しくなるな~ もうすぐ十四歳か~」 そんな独り言を言っていると、

 「珍しいな! お前が一人で歩いているなんて」


 「喜久乃花魁……」 梅乃が頭を下げると、

 「んっ? なんか雰囲気が変わった?」 喜久乃が梅乃をジロジロと見る。



 「あれ? 花魁の情報網でも知らなかったのですか?」 梅乃がニコッとする。


 「何? 何があったんだ?」 喜久乃がキョトンとしていると、


 「梅乃~ 久しぶり~」 菖蒲が梅乃に抱きつく。

 (久しぶり? どういうこと?) 喜久乃は混乱している。



 「あっ、喜久乃花魁。 もう一ヶ月も前のことですが、私は鳳仙楼でお世話になっているんですよ」 梅乃が話すと、喜久乃はポカンとしている。


 そこから数秒が経ち、喜久乃が顔を真っ赤にして

 「どういう事だ? なんで梅乃を…… 采さん、ボケたのか?」


 「私も思いましたが、普通に生活は出来ている様子ですが……」 これに菖蒲が真面目に答えている。


 (まぁ、歳だしね……) 梅乃は苦笑いになる。



 「じゃ、私は戻りますので喜久乃花魁 菖蒲姐さん 失礼します」

 梅乃は頭を下げて帰っていった。



 「大変なことをしちまったな……」 喜久乃が呟くと

 「私も思います。 今こそ笑顔でしたが、泣き腫らした顔で鳳仙楼に行きましたので……」


 「梅乃じゃないよ。 小夜と古峰だよ……」 喜久乃は言葉を残し、去っていく。


 菖蒲が三原屋に戻り、小夜と古峰を見つめる。

 そこには変わらない表情の二人だったが、時折見せる ため息が物語っていた。


 「小夜、頑張っているね。 古峰も誘って団子でも食べようか?」

 菖蒲が声を掛けると、


 「私、まだやることが多くて…… 古峰を誘ってください」 小夜はパタパタと動いていた。


 今度は古峰に話しかけると、

 「あ ありがとうございます。 ま ま まだ頑張らないといけないので、し 失礼します」 古峰も頭を下げて動いていく。


 (古峰、また吃音が……)


 夕方、夜見世の時間になると

 「千、行くよ」 「はい、勝来姐さん」 二人は一番乗りで引手茶屋に向かう。


 「古峰、行こうか?」 菖蒲も古峰と向かう時、

 「古峰、私には正直に話していいんだよ」 菖蒲が声を掛けると、

 「な な 何を話せばいいんでしょうか?」 古峰は涙目で菖蒲を睨む。


 「お前、その目……」 菖蒲は分かってしまった。 普通を装っているが、二人に深い悲しみが刻まれたことを……



 菖蒲は仲の町で しゃがみ込んでしまう。

 「あ 菖蒲姐さん?」 古峰が驚き、声を出すと

 「ゴメンね…… お前達の気持ち、分かっていたつもりだったのに……」


 「……」 古峰は黙ってしまう。


 待つこと数分、古峰が

 「ね 姐さん、お客様が待っています。 い 行きましょう」


 そうして菖蒲は立ち上がり、引手茶屋に入っていった。


 酒宴になり、古峰が客に舞を披露する。 客は拍手をして場を盛り上げる。

 しかし、菖蒲の表情は暗かった。


 「どうしたの? 菖蒲さん……」 客は菖蒲の手を握り、表情を見ている。

 すると、菖蒲の目から涙が出てきて

 「菖蒲さん―」客はアタフタし始める。



 (……) 古峰は黙って見ているだけだった。


 夜も更け、「では、失礼しんす」 古峰は寝る時間となり退出をする。

 部屋に戻った古峰は黙ったまま布団に入っていると、



  “スッ―” 静かに襖が開く音が聞こえる。

 (小夜ちゃん、戻ってきたかな) 古峰は目を閉じたまま眠ったフリをする。


 古峰は、いつまでも梅乃の事で悲しんでいると小夜に申し訳なく思っていたからだ。 古峰は素振りを見せないようにしていた。


 すると、「古峰ちゃん……」 小さく千の声が聞こえる。

 「せ 千姐さん―?」 古峰がガバッと起き出す。



 「よかった。 古峰ちゃんだった」 千が笑顔を見せると

 「ど どうしたのですか?」


 「よく眠れるように来たの……」 千は古峰の頭を撫でる。

 「姐さん……」 古峰は千に抱きつくと、


 「梅乃ちゃんに会いたい……」 そう言って泣き崩れた。



 翌朝、小夜の目の下にクマが出来ていた。

 「お お おはよう、小夜ちゃん……」 古峰が挨拶をすると、

 「おはよう……」 小夜はボーッとしている。


 (小夜ちゃん、眠れなかったかな? 私が眠るまで布団に来なかったし、朝も早くから……)



 理由はひとつ、梅乃が三原屋を去ったことだった。

 「はぁ……」 小夜はため息ばかりついている。



 古峰は持っていたホウキを玄関に立て掛け、 「いってきます」と声を掛ける。

 「古峰、どこに行くの?」 小夜は慌てて古峰の腕を掴むと、


 「う 梅乃ちゃんの所…… も もう小夜ちゃんの、そんな顔を見たくないよ……」 そう言って古峰は泣き出した。



 掃除で外に出てきた片山が二人を見るが

 「……」 言葉にならなかった。



 「……」 それを陰から覗いていた者がいる。



 明治八年、日本に動乱が起きる前兆の年。 東京では不穏な空気が流れていく。

 明治七年より太政官制が廃止され、内閣が発足により日本は近代国家を歩んでいった。


 太政官とは、公家や倒幕に貢献した薩長、土佐や備前藩などで固めた政府の事である。 これが廃止となり、伊藤博文内閣において分担をしていくこととなる。


 それにより、混乱が出てきてしまう。

 どこかの偉いさんが撃たれた、刺されたなどの話が出回っていく。


 明治七年でも岩倉具視の暗殺未遂が起きたばかりだった。



 しかし、政治に疎い吉原では関係がなかったが……


 「そういえばさ、今度からは平民でも名字を持つことが義務なんだって」

 こんな噂が広まっていた。


 「どうせなら金持ち風の名字がいいよね」 妓女たちはお気楽だが、吉原では名字は関係ない。 名前(妓名)だけで生計を立てているからだ。



 小夜が仲の町を歩いている。

 (梅乃に会えないかな~) 小夜はキョロキョロしながら千堂屋に入ると、


 「あの……聞きたいんだけど、三原屋さんの禿だよね?」

 「はい、そうですが……」


 見知らぬ男性が小夜に話しかける。


 「そちらに有名な禿がいなかったかな?」 男性が訊いてくると、

 (なんだ? また梅乃を問題に巻き込む気?) 小夜の直感が冴える。



 「有名? 三原屋は大見世ですから、みんな有名ですよ?」 

 「そうか……禿を探しているんだが知らないか?」


 「私も三原屋の禿ですが」 小夜が答えた瞬間、男性は小夜を外に連れ出す。

 「ちょっと―」 慌てて小夜が声を出すと、男性は小夜の腕を引っ張った。



 それを見ていたのが野菊である。

 「ちょっと、小夜ちゃんに何するの?」 野菊が走って男性の肩を掴むと、


 「小夜? そんな名前だったかな?」 男性はキョトンとする。

 (どういうこと? 人違い?) 恐怖のあまり、声を出せなかった小夜は頭で判断していた。



 「小夜ちゃん……」 古峰も走ってくる。

 「アイツか?」 男が古峰を見ると、 「古峰、逃げて―」 小夜の叫び声が響く。


 すると、古峰は折り返して三原屋に駆け込んだ。


 男は間違いを理解し、そっと小夜から手を離す。

 「すまなかったね」 そう言って男は去っていった。



 その後、采や文衛門までもが千堂屋にやってくる。

 「どういう事だい?」 文衛門が訊くと、


 「三原屋の禿を確かめていました。 有名な禿と言ったので、おそらく梅乃だと思います……」


 小夜が説明すると、采がニヤッとする。


 (まさか、お婆…… これを読んで梅乃を鳳仙楼に隠したの?)

 特に勘が良い訳でもない小夜が気づいてしまう。



 その頃、梅乃は鳳仙楼で掃除をしていた。

 「梅乃― そこが終わったら来てくれる?」 奥から鳳仙の呼ぶ声が聞こえる。


 「はーい、花魁!」 元気よく梅乃が返事をすると、

 「もう花魁なんて止めてよ。 もう花魁じゃないんだし……」


 「あの……なんて呼べばいいですか?」 梅乃は困っている。 それは出会った時から『鳳仙花魁』と呼んでいて、それ意外に知らないからだ。



 「それじゃ、益……んッ? いや、待てよ……」 これには鳳仙も悩んでしまう。


 本名である『益代ますよ』を知られる訳にもいかず、

 「鳳仙でいいです……」 肩を落としながら諦めている。



 (どうした?) 梅乃はポカンとしている。


 梅乃は十四歳になった。 桜が咲き、春の知らせがやってきたのだ。

 三原屋でも小夜、古峰の二人も年齢があがった。



 「さ 小夜ちゃん、来年には新造出しだね」 古峰が話しかけると、

 「そんな事より、また梅乃が狙われている方が心配じゃない?」


 「そ そうだね。 本当に人騒がせな、お姉ちゃん……」

 そんな会話でも、梅乃の名前を出せることが嬉しかった。


 小夜は、絢の件で梅乃を助けたことが嬉しかった。 いつもは梅乃が前に立ち、庇ってもらう小夜が梅乃の役に立てたことが嬉しかったのだ。


 少し離れると、ますます姉妹が強い絆だったかを思い知らされる。

 これは愛情という名の再燃である。


 そして鳳仙楼の前では暗い影が梅乃を襲おうとしていた。



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