第六十一話 師と子
第六十一話 師と子
明治八年、冬。 梅乃を指名した定彦が三原屋へやってくる。
「うわ~ 綺麗……」 早くも定彦は注目を浴びてしまう。
(三原屋って、こんな感じだったっけ?)
定彦が最後に来たのは玉芳が花魁になった時である。
(そうか……もう十年以上か……) 定彦は、自身の年齢も実感してしまう。
そこに采が受付で待っていた。
「久しぶりだね、定彦。 今日は、たんまり持ってきたんだろうね?」 そう言って采がニヤッとすると
「相変わらず、采さんは元気ですね。 今回は両でお支払いになりますが構いませんか?」
「構わないよ。 それで……持ち合わせを見ようかい」 采がキセルを持ちながら待つと、
「以前に采さんから頂いた両を全て……」
定彦が見せたのは、玉芳が花魁になる前に『授業料』として出した両だった。 それは采が出した金である。
「お前、あの時のまま……」
「はい。 風呂敷もそのままです」 定彦がニコッと微笑む。
お互いに言葉が出ないまま数分が経った。 そこには当時の事が思い出されている。
(そこまでして梅乃を指名するんだ。 何かがある……) 采は頭をめぐらせている。
「じゃ、定彦さん……」 梅乃が手を見世の奥に向けると、定彦は黙って三原屋の中に足を向ける。
「それで、どんな座敷なんでしょう?」 定彦はキョロキョロと見世の中を見回すと、
「お二階でございます……」 そこで案内係として千が頭を下げる。
二人は二階へ上がっていく。
『クイッ―』 采が顎で合図をすると、数名の妓女が配置へつく。
階段に下や、見世の外まで妓女が散っていく。 何かあった場合の対策である。
定彦が屋根から逃げないようにや、突破されないようにと厳重な態勢が敷かれていた。
ここは吉原。 何があってもおかしくない。
そして二階へ案内されると、そこは……
「ここは玉芳花魁の部屋でした。 そして、私と小夜が育った部屋です」
梅乃が部屋の説明をすると、
「ここが玉芳の……」 定彦がキョロキョロしている。
「はい。 ここでずっと私たちは赤子の頃を過ごしました…… そして、いつかは小夜が花魁になって受け継ぐ予定です」 梅乃が話すと、
「梅乃ちゃんは花魁にならないのかい?」
「実は、あまり興味がなくて……」 梅乃は苦笑いをしながら頭を掻く。
「なんでだい? 人気もあって、顔を売れているじゃないか?」
これには定彦も驚いている。
「まぁまぁ…… とりあえず、お酒を用意していますので……」
梅乃が合図をすると、千や古峰が酒を運んでくる。
「失礼します……」 片山が頭を下げ、料理を運んできた。
「こんなに食べれるかしら……」 定彦が驚く。 それも色っぽかった。
(動作の一つひとつが綺麗だ……)
少しながら梅乃もジェラシーを感じてしまうほどだ。 小夜は虜になっていた。
(綺麗すぎるよ……)
定彦は、箸で食事をつまむ。
「梅乃ちゃん、小夜ちゃんもどうぞ……」
二人は、まだ子供。 喜んで箸を伸ばす。
「美味し♡」 二人の笑みに、定彦も喜んでいる。
「それで、どうして私を指名してくれたのです?」
梅乃もそうだが、これは三原屋全員が思うことであった。
「前から興味あったのと、お詫びかな」 定彦がニコッと笑う。
「お詫び?」 梅乃と小夜が首を傾げると
「梅乃ちゃんは気づいているんだろ?」
「あっ……」 梅乃が言葉を漏らす。
その時、部屋にいた古峰が
「さ 小夜ちゃん、千さんと下でお願いがあります……」
そう言って、小夜と千を連れて一階に降りていく。
「どうしたの? 古峰……」 小夜はキョトンとしながら一階に向かう。
「どうやら、あの娘も気づいていたみたいだね……」 定彦は、ため息をついた。
梅乃が人払いの理由に気づくと、
「やっぱり、そうだったのですね……」 定彦の正面に座りなおす。
「本当に済まなかった……妹も反省していたよ」
「妹だったのですね……やっぱり似ていますよね」 梅乃が微笑むと
(あれだけの目にあって、なんて眩しい笑顔を見せるんだ……)
定彦は思いながら酒に口をつける。
「もう、済んだことですから」
それを聞いた定彦が驚く。
「恨んで構わないよ。 私だって、玉芳の娘と聞いた時には怒りさえもが出てきたのだから……」
そう言うと、梅乃の目から涙が出てくる。
「梅乃ちゃん……」
梅乃は正座を正し、定彦に頭を下げる。
「お母さんを忘れないでくれて、ありがとうございます……」
「梅乃ちゃん……お母さんて言うけど、采さんは……?」
「お婆は、お婆ちゃんです!」 キッパリと言い切ると、
「―っ!」 梅乃が慌ててキョロキョロし始める。
何故か、定彦は解ってしまい苦笑いをした。
「どうして妹が梅乃ちゃんに興味を持ったか、解った気がするよ……」
定彦はニコニコする。
「えへへ~」 梅乃も微笑むと
「せっかくだから、やってみるかい?」 定彦がニコッとする。
「何を……でしょう?」
一階では、采を中心に駆け込む準備をしている。
「いいかい? 不審な音がしたら飛び込むんだよ!」 采が声を掛けると、小夜や妓女たちが頷く。
そして十分ほど経った時、 「ドカンッ―」と音がする。
采や小夜が反応すると、一気に二階へ向かった。
そして、玉芳の部屋の襖を開けると……
「梅乃ちゃん、そうじゃない! もっと腰を後ろに引いて」
定彦は、梅乃に色気を教えていた。
「こうですか?」 「う~ん……もっと、こう……」
そうしてアドバイスをしていると 「ドカンッ―」 梅乃は後ろに倒れてしまう。
「なかなか玉芳のようにはいかないね……」 定彦が困った顔をすると、
「あれ、なんでお婆が……?」 倒れた時、梅乃は采と目が合ってしまう。
「えっ?」 これには定彦も驚いている。
「い いや、上から凄い音がしたからね……あはは」
采は笑って誤魔化している。
「まさか、采さん……私が人さらいをすると思ったのです?」
「い いや、そんな事はないが……梅乃は、まだ子供だからね」
すると小夜が、 「私も教えてください」 色気のレクチャーを申し出てくる。
「私もお願いします」 千までもが言い出した。
「そ そうかい? じゃ、少しだけ……」
そう言って、禿や千に色気の指導が始まった。
そして夜も遅くなると、
「采さん、ありがとうございました。 梅乃ちゃん達に会えて良かったです」
定彦は頭を下げた。
「いいよ。 こちらこそ、ありがとうね」
「じゃ、帰ります」 定彦が玄関に向かうと
「待ちな! ウチは男しか客が来ないからね。 女のお前から金を取れないわ」 そう言って、采は袋に入った両を返金する。
「采さん……」
「すまんね、定彦。 あんまりガキどもを玉芳のようには出来ないんだよ」
そう言って采は見世の奥に入っていった。
これは、これ以上 梅乃たちと関わるなというメッセージを正しく受け取った定彦であった。
それから二階では、梅乃と小夜が色気の勉強で盛り上がっていた。
「ここを、こうして……」 梅乃と小夜が身体を捻らせていると
『ドカンッ』と倒れてしまう。
(色気とは難しい……) 早くも色気の壁に当たってしまう二人である。
「あれ? 古峰は?」 小夜が言うと、そこには誰も居なかった。
梅乃は一階へ行き、 「お婆、古峰は?」
「知らんよ。 一緒じゃなかったのかい?」 采がキョトンとしている。
「古峰~?」 梅乃が一階をウロウロしていると、
「うるさいよ! コッチは仕事しているんだよ!」 妓女が梅乃に注意をする。
「すみません、姐さん……」 そのまま梅乃は外に探しに向かった。
外に出ると、江戸町では酒宴の声が聞こえてくる。
大見世が並ぶ場所である。 毎日どこかで酒宴が始まっているのだ。
(吉原は賑やかだ……そんな街の頂点に立った花魁は凄い。 私には無理だろうな……) そんな思いで妓楼の明かりを眺めている。
その頃、古峰は河岸見世の方へ向かっていた。
定彦を尾行していたのだ。
お歯黒ドブに近づくと、小さな見世や長屋が並んでいる。 物陰に隠れて古峰は定彦の後を追っていると、
『ポン ポン―』 誰かが古峰の肩を叩く。
「はい?」 古峰が振り返ると、
「お前は何をしているんだい?」 古峰に声を掛けてきたのは玲だった。
「れ 玲さん……?」 古峰は声を出す。
(髪型や服は違うけど、玲さんだ……) 古峰はハッキリと思い出した。
「その顔だと、私と気づいたんだね……」 玲が言うと、古峰は小さく頷く。
「別に何もしないよ。 梅乃ちゃんにも謝ったし、行きなさい」
こうして緊張から解放された古峰は、三原屋に戻っていく。
(いつか梅乃ちゃんに災いが起こりそう……)
こう自分に言い聞かせていく。
三原屋に戻ってくると、
「どこに行っていたの?」 小夜は心配をして駆け寄ってくる。
「ううん……色気の復習を外でしてたの」 古峰は誤魔化すと
何も知らない小夜は、無邪気に微笑んでいたのであった。




