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第五十八話 魅せられて

 第五十八話    魅せられて



 それから梅乃たちは元気がなかった。

 玲の存在を知ってしまった梅乃。 それに気づいた古峰。 それこそ話はしなかったが、このことは心に秘めたままだった。



 しかし、小夜は知らなかった。


 (小夜ちゃんには言えないな……)

 気遣いの古峰は、小夜には話すまいと思っている。 姉の梅乃と小夜に心配を掛けたくなかったのだ。



 それから古峰は過去を思い出していく。

 (あれが玲さんだとしたら、似ている人……まさか―っ)



 数日後、古峰が一人で出ていこうとすると

 「古峰、どこに行くの?」 小夜が話しかけてくる。


 「い いえ……少し散歩をしようと思って」

 「そう……なら一緒に行こうよ」 小夜も支度を始める。



 (仕方ない、今日は中止だ……)


 仲の町を歩くと

 「あれ? 定彦さんだ…… 定彦さ~ん」 小夜が大声で叫ぶと

  “ドキッ―” 古峰の様子がおかしくなる。


 「こんにちは。 定彦さんはお出かけですか? 今度、色気を教えてくださいね」 小夜は化粧帯を貰ってから色んな人に自信を持って話しかけるようになっていた。


 「あぁ、采さんが良いと言ったらね」 定彦がニコッとして答えると、

 「古峰も習おうよ」 小夜が誘う。


 「は はい。 私もお願いします」 古峰も頭を下げてお願いをすると


 「あはは……不思議と三原屋とは結びつきがあるみたいだね。 それじゃ」 

 定彦が大門の方へ向かっていくと、


 「あ~ 私も定彦さんみたく色っぽくなりたいな~」 小夜はウットリしたような顔になっていた。



 (これが、お婆の言っていた定彦さんに近づくなと言った訳なのかな?)


 それから古峰は疑いを持ったまま生活をしていく。



 翌日、采が外出をするとの事で梅乃が遣り手の席に座っていると

 「梅乃~ 仕出しをお願い」

 「菖蒲姐さん、わかりました。 お客様は誰ですか?」 梅乃は帳簿を広げる。


 「上田様よ。 以前にお前が命を救った……」 菖蒲が言うと、

 「あの心肺蘇生の……」


 「そうよ。 やっと元気になったみたい♪ 酒宴、良かったら梅乃も顔を出してね」 菖蒲が言うと二階へ上がっていく。



 (よかった……元気になったなら……)

 すると、涙がポツリと帳簿の上に落ちてくる。


 「うわっ― 滲んじゃう」 梅乃は慌てて帳簿を横に置く。

 (赤岩先生だけは助からなかった……玲さんに誘拐されて、死にかけた私を助けてくれたのに……) 


 少しの間、梅乃は赤岩を思い出していると

 「いけねっ― 川本屋さんに行かないと」 梅乃は急いで支度をする。



 「ごめんください。 三原屋ですが」 梅乃が川本屋で仕出しの注文をする。

 「よう、梅乃ちゃん。 いつもありがとうね」 主人が応対していると



 「梅乃ちゃんは遣り手を目指すんだろ? てっきり妓女になるかと思ったよ……」

 主人がニコニコして話している。


 「へっ?」 梅乃が呆然とすると



 「なんだ、違うのかい? 少し前は医者になるのかな~と、思ったけど最近は遣り手ばかりだからさ」


 (確かに見えるのかも……私はどうなるんだろう……?)

 梅乃は、困惑しながらも否定出来ずに三原屋に帰っていく。



 「潤さん、酒宴の準備はどうですか?」 梅乃が台所にやってくると、

 「梅乃、あと二席分だ……急ぐよ」


 夕方、妓女が引手茶屋に向かうと酒宴の用意で忙しい。

 この日は若い衆が体調を崩して休んでいた。


 「橘さんが居ると早かったんだけどな……」 梅乃がポツリと言うと


 「すまんな……」

 「いえ、潤さんが悪い訳ではなく……」


 片山の落ち込みに、梅乃は反省していく。



 そこに続々と妓女たちが引手茶屋から戻ってくる。 客も楽しみにしているようだ。


 「いらっしゃいませ」 梅乃が頭を下げる。


 「なんだい? 梅乃ちゃんじゃないか…… お婆は病気か?」

 「すこぶる元気ですよ。 今日は用事ということで外出しております」

 梅乃が遣り手の席でも無難にこなしていると、



 (やっぱり梅乃ちゃんは凄い……) 古峰は惚れ惚れしている。

 「あの、古峰さん……梅乃さんて、何でも出来るんですね」 これには千も驚いていた。


 「そ そうなんです……私のお姉ちゃんなので」 古峰がドヤ顔をする。



 「古峰、手が空いているなら松の間にお酒を持っていって。 潤さん一人だと大変だからさ」 梅乃が指示をする。


 (だんだん人の使い方まで上手になってる……お婆に憧れてる?)


 こうして会計を済ませ、采の帰りを待っていると

 「梅乃、起きなさい」 


 梅乃は眠っていたようだ。 身体を揺すって起こしたのは信濃である。

 「あ……すみません。眠ってしまいました」 梅乃は目をこする。


 「随分と頑張ったね。 ここからは私が変わるから」

 「小夜と古峰は……?」 梅乃がキョロキョロすると、


 「とっくに寝てるわよ。 アンタも禿なんだから寝なさい」 

 信濃は梅乃に手を添え、立たせると



 「すみません……おやすみなさい」 梅乃は頭を下げて寝床に向かった。

 朝、古峰が早起きをすると

 「あれ? こんなに早くに……」 そこには千が見世の外をホウキで掃除をしていた。


 「お おはようございます…… す すみません千さんに掃除をさせてしまいまして……」 急いで古峰が見世の外に出てくる。


 「いえ……って、あの……」 千が言葉に詰まってしまうと



 「あっ、す すみません……私は」

 「あっ、古峰さんですね。 話し方で気づきました」 千がニコッとする。


 「そ そうですよね。 私は吃音が治らなくて……」 古峰が恥ずかしそうにすると、


 「いいえ。 その分、とても気遣いが出来る人だと聞いています」

 それを聞いて、古峰が下を向いてしまう。


 「あ あの……私、人から誉められた事がなくて……どう返していいやら」


 「いいえ。 そのままの古峰さんが素敵だと思います」 

 千の優しい言葉に  (堕ちた……) と、思ってしまう古峰だった。



 外が明るくなってきた。 秋も深まり、夜明けが遅くなった頃


 『ゴーン ゴーン』 浅草寺の鐘が鳴り出す。

 「そろそろ 後朝の時間ですね」


 二人は三原屋の中に入っていく。 その姿を見ている女性が立っていた。



 それから古峰は千を目で追っていく。 気遣いの人と言われる二人は急速に仲が良くなった。


 「せ 千さん……ここは私がやりますから休んでてください」 古峰が言うと


 「大丈夫です。 古峰さんこそ休んで」 千も返す。

 まさに気遣いの押しつけ合いとなっていく。



 そして朝食の時も、二人が並んで食事をしている。

 そこに信濃が入ってくると、


 「なんか、随分と仲良しになったじゃない……」 

 「はい。なんか嬉しくて……」 千が照れた仕草をすると


 「は はい。 わ 私も嬉しいです」 古峰が満面な笑みを見せる。




 昼見世の時間になると、禿の三人が踊り出す。 それを見ていた千も仲間に入ってくる。


 「千さん……」 これには梅乃も驚いていると、

 「いつも見ていました。 楽しい踊りですね♪」 千は、あっという間に踊りを覚えていた。



 それには妓女たちにも焦りが出てくる。

 (このまま良いとこだけ吸収していったら、全部が千のものになっちゃうじゃない……)



 それから千に対して冷たくなる妓女が出てきた。

 「あの……」 千が声を掛けても無視をする。 ついには睨んでくる妓女まで出てきたが、


 (コッチを見ている……誰だろう……?)


 幸いなことに、千は顔や表情が見えない。 睨んできていることさえ分からないのが救いだった。


 しかし、 「ね 姐さんたちは、そんなに憎いのですか?」

 古峰が声を荒げると


 「なんだい? 古峰……何か文句を言いたいのかい?」

 妓女は古峰を睨んだ。


 (怒ってるな……でも、こんなのは三原屋じゃない。 玉芳花魁だって望んでないはず……)

 古峰は恐怖と葛藤しながらも妓女を睨み返す。



 「小夜……」 梅乃が小声で呼ぶと、小夜が振り向く。

 そこにはホウキを二本持った梅乃が立っていた。


 梅乃がホウキを小夜に渡すと、足袋を丸めて球を作る。

 そしてホウキでホッケーのように打ち合うと


 「お前、何してるんだ?」 古峰を睨んでいた妓女が叫ぶ。



 「これですか? 球打ちです」 梅乃が豪快に打ち返すと、小夜のホウキに当たって妓女の顔に飛んでいく。



 「痛い―」 妓女が顔を押さえて座り込む。

 「大丈夫ですか? 姐さん。 すみません―」 梅乃が座り込んだ妓女の前で頭を下げると


 “チョイ チョイ―” 梅乃が身体の後ろで合図をする。

 古峰は合図に気づき、千の手を掴んで外に逃げ出した。



 「も もう大丈夫です」 古峰が千に微笑むが、

 「ごめんなさい……私の為なんですよね?」 千が涙ぐむ。


 「で でも、梅乃ちゃんが助けてくれたから……」 

 「私、梅乃さんに なんて謝ろう……」 千の涙が溢れてくると、


 「う 梅乃ちゃんは、そういうの要らないと思う。 ただ、笑っていてくれたら良いと思うな……」

 古峰と千は、梅乃に魅せられていた。



 「それと、小夜ちゃんにも同じようにね」 古峰は、しっかり小夜の名前も付け足している。


 実に気遣いの子であった。


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