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第五十七話 木枯らし

 第五十七話    木枯らし



 明治六年 秋。 夏が過ぎたと思ったら急激に寒さがやってくる。


 「これじゃ秋じゃなく、冬になったみたい……」 こう言葉を漏らすのが勝来である。


 「日にちじゃなく、気温で火鉢を用意してもらいたいわね……」

 勝来の部屋で菖蒲がボヤいていると、



 「姐さん、最近は身体を動かさなくなったから寒さを感じるのが早くなったんじゃないですか?」


 梅乃が掃除をしながら二人に話しかける。


 菖蒲や勝来も三原屋で禿をしていた。 少し寒くなったからといっても、朝から掃除や手伝いなどで朝から動いて汗を流していたのだが


 「そうね……確かに動かなくなったわね」

 菖蒲は頬に手を当てる。


 「せっかくだから動かしてみるか……」 勝来が薄い着物に着替えると、

 「梅乃、雑巾貸しな!」 手を出す。



 「えっ? 本気ですか? 勝来姐さん」

 梅乃が雑巾を渡すと、勝来は窓枠から拭きだした。


 「勝来がやるんだから、私もやらないとね~」 菖蒲も自室に戻り、着替え始める。


 「……」 梅乃は開いた口のまま勝来を見ている。


 そこに小夜がやってきて、

 「梅乃、まだ二階の掃除 終わらない? ……って。 えっ?」

 小夜が目を丸くする。


 そこには二階の雑巾掛けをしている菖蒲がいた。


 「ちょ ちょっと姐さん―」 慌てて小夜が止めに入ると

 「なんだい? 騒々しいね」

 隣の部屋から花緒が顔を出す。



 「花緒姐さん、おはようございます」 小夜が困った顔をして挨拶をすると、

 「これはどういうこと?」 花緒も目を丸くする。



 「ちょっと、菖蒲……」 花緒が止めに入ると、

 「姐さん、おはようございます。 なに、朝の運動ですよ」


 菖蒲が説明すると、花緒も伝染したかのように


 「確かに身体を動かさなくなったわよね……」 今度は花緒も着替えて掃除を始める。


 「お前たちは よくやってるけど、私たちの方が綺麗に出来るのを見せてやるよ」 勝来がニヤッとすると


 「そうね。 お前達が禿として働きだす前は、私たちが玉芳花魁の部屋を掃除していたんだからな……」 菖蒲もニヤッとすると、畳の上を拭き始める。



 (後でお婆に怒られそう……)

 梅乃と小夜は、この後の恐怖を予想してしまった。



 それから一時間後、

 「なんか懐かしさと集中したせいか、身体が熱くなったわ……」

 菖蒲が満足そうに言うと、



 「ほら、お前達より綺麗に掃除できただろ?」 勝来も満足そうにしている。



 「私も近藤屋で禿をしていた頃を思い出した……」 花緒はニコニコしていた。


 梅乃と小夜は、後に采に怒られないように

 「……と、言うことで二階の三人が掃除を始めてしまって……」

 先に説明していた。


 「ほう……よく出来た娘たちだ」 采の機嫌が良くなる。



 梅乃と小夜がニコニコしている采を見つめていると、

 「これが二階に部屋を持つ妓女と一階の大部屋から出られない妓女の違いだよ」


 采の説明を聞き、大部屋を見渡す梅乃と小夜。 そこには毎日のように散らかした物、そして喋ってばかりの妓女たちがいる。



 そして黙々と動いているのが古峰と千であった。



 「玉芳から聞いたよ。 千って娘、あれは気遣いが凄いってな……お前たちの手本となるって誉めてたよ」


 采が話すと、二人は千の行動の目を向ける。


 「こ 古峰ですけど……千姐さん、そこはやりました」 


 「古峰ちゃん、姐さんは余計です。 古峰ちゃんの方が先に来たんだし……それに、帯に紙を挟んでいるので古峰ちゃんって分かるわ♪」

 千は古峰に笑顔を見せる。


 お互いに気遣いの子。 この二人の相性は抜群だった。



 そこで梅乃と小夜が顔を見合わせると

 (私たちだって双子のように育ってきたんだ……相性なら負けない)


 何か闘志に火が付いた二人は、大部屋の掃除に取りかかる。


 「ほう……綺麗になったじゃないか」 采が誉めていると、

 「一階は古峰と千さんが綺麗にしてくれました。 二階は上の三人が……」

 梅乃が説明すると、


 「お前たちが頑張ってるからだろ」 采が微笑む。



 梅乃がそっと小夜の肩を持ち、前に押し出す。

 「えっ? 梅乃?」 小夜が驚くと


 「全て班長のおかげ……です」 梅乃が小夜を持ち上げると、小夜の勘が働く。


 (お婆がニコニコしている後には必ず私たちに不幸が訪れる……それを分かって私を前に出したな……)



 「そうかい そうかい……」 采がニコニコすると、

 「あわわわ……」 小夜の顔色が青くなる。



 「ほれ、ご褒美だ」 采は、あめ玉を小夜に渡す。

 「お婆……」



 「い いーな……」 古峰と千は小夜を羨ましそうに見ている。

 

 すると、梅乃が

 「ね~ お婆~ 私も頑張ったよ~」 采に抱きつき、飴をせびっていた。



 「やかましい― アッチ行け」 采がキセルを振り回していると


 (本当に仲が良いのよね……) 全員が思っていた。



 昼見世の時間、一階の妓女たちが支度をして張り部屋に入る。

「こんな寒いんじゃ、客が来ないんじゃない?」


 張り部屋の外は木枯らしが吹いている。 落ち葉が早いスピードで通り過ぎていた。


 菖蒲が一階へくると、 「他の妓楼も同じなのかしら?」

 そう言って、外へ出て行く。


 (どこも客が少ないわね……) 周辺を見渡し、肩を落とした瞬間に立っている男性を見ると、



 「き 喜十郎様……」 菖蒲の目に涙が溢れる。

 「菖蒲さん……」 喜十郎は菖蒲を抱きしめた。


 喜十郎は菖蒲にとって初めての客であり、水揚げ屋以外では初めてを経験した相手だ。 また、初恋の相手でもある。



 この日、二人は半年ぶりの再会であった。


 二人は笑顔で三原屋に入っていく。

 「なんだい? 久しぶりだね……」 采が素っ気なく声を掛けると、


 「ご無沙汰しております」 喜十郎は采に頭を下げる。

 それから二人は菖蒲の部屋で談笑をする。


 「喜十郎様……」 菖蒲が手を伸ばすと、「菖蒲さん……」


 久しぶりの肌の感触を確かめ合うように時間が過ぎていく。



 「菖蒲さん、また来るよ」 喜十郎が服を着出すと、

 「えっ? もう?」 菖蒲はポカンとする。


 二人は急ぎ支度をして、喜十郎を見送る。

 「今度はいつ?」 菖蒲が声を掛けると、「すぐ来ます」と言って出て行った。




 喜十郎が見えなくなるまで外を眺めていた菖蒲が

 「ふぅ……」と、ため息をつく。


 梅乃が何かに気づき、三原屋から外に出て行く。



 「姐さん、秋ですから切ない感じですよね……」

 小夜が声を掛けると、

 「お前に分かるんかい?」 菖蒲は恥ずかしそうに小夜を追いかけていく。



 「あれ? う 梅乃ちゃんは?」 古峰がキョロキョロしている。 梅乃が出ていったのは誰も知らなかった。



 梅乃は何かを察し、喜十郎を追いかけていた。

 (きっと、菖蒲姐さんに何かを言いたかったはず……)


 そして梅乃が喜十郎を見つけ、話しかけようとするが…… 喜十郎は誰かと話し込んでいる。


 「あれは誰だ?」 梅乃は物陰から見ている。


 喜十郎が話しているのは、細身ではあるが長身な男性である。 何やら周辺を指さしながら話している姿が気になっている梅乃である。



  “ポンポン……” その時、梅乃の肩を叩く感触があり、振り向くと


 「まさか……玲さん……?」 梅乃は目を見開く。

 そこには髪を伸ばした玲が立っていた。



 「久しぶりね、梅乃ちゃん……」

 「玲さん……」 梅乃は喜びと、過去に殺されかけた恐怖が頭をよぎる。



 「梅乃ちゃん、前はゴメンね……でも、生きてて本当に良かった」

 玲は真っ直ぐに梅乃を見つめている。


 「いいえ……」 梅乃は悲しい気持ちを抑え、精一杯の返事だ。

 「玲さん……逮捕状が出ているんじゃ……?」


 「そうなの。 でも、どうしても梅乃ちゃんに謝りたかった。 だから吉原に来たのよ……」 玲の目は伏せたままだったが



 「でも、たまに来ていましたよね? 吉原に……」

 梅乃が言うと、玲の目が見開く。


 「知っていたの?」


 「髪型や服装を変えても雰囲気は同じでした。 気づかないようにしていましたが、私は玲さんのことが好きでしたので……」



 玲は梅乃の話を聞くと、ギュッと拳を握る。

 「梅乃ちゃん……私ね、吉原でやることがあるの……お願いだから、私の前に立たないで……」


 そう言って、玲が立ち去ろうとすると


 「待ってください、玲さん……」 梅乃が引き留める。


 「……」 玲は黙ったままだ。

「もし、私が玲さんの前に顔を出したら……また殺そうとしますか?」


 「それは……」

 玲は返事に困っていた。


 その時、「お~い、梅乃~」 小夜の声が聞こえる。

 玲は驚き、走って去って行った。



 「どうしたの? あの人は誰?」 小夜は走っていった人を遠目で見ると


 「ううん……吉原の見世を聞かれただけ」 そう言って誤魔化す梅乃だった。



 玲は角を曲がり、逃げ切ったと安心すると

  “ドンッ―” 出会い頭に人とぶつかった。


 「すみません―」 玲が謝ると、

 「こちらこそ、すみません―」 謝るのが千である。



 玲は謝ると、また走って行ってしまう。


 「せ 千さん、ありがとうございます」 後ろから古峰が出てくる。

 千は頷くだけであった。



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