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第五十六話 近衛師団

 第五十六話    近衛師団



 明治天皇が即位してから六年、段々と日本全体が変わってきた。

 両から円へ貨幣も変わり、大きな転換期とも言える。


 「しかし、大名がないと売り上げが下がったね~ どうしたものか……」

 文衛門が頭を悩ませている。



 少し前に玉芳が来たことで大いに盛り上がった三原屋だが、それ以降はパッとしなかった。


 「それだけ玉芳が偉大だったということだな……」 文衛門の言葉が妓女にプレッシャーを与えていた。 しかし、文衛門には そんなつもりも無かったのだが


  “ずぅぅぅん……” 大部屋の雰囲気が暗くなる。


 梅乃が仲の町を散歩していると、

 「梅乃ちゃ~ん」 と、声がする。 梅乃が振り返ると


 「葉蝉花魁……」


 「この前はありがとう。 一生の宝物だよ~」 葉蝉は大喜びだった。

 「よかったです。 本当に偶然でしたけど」


 「話せたこと、簪を貰ったこと……全部、梅乃ちゃんのおかげ」

 そう言って葉蝉は帰っていく。



 「良かった…… みんな、よくな~れ!」 梅乃は満足げな顔をする。



 「すまん、嬢ちゃん……君は禿という者かい?」 

 梅乃に話しかけてきた男は軍服を着ており、子供にも優しい口調で話していた。


 「はい。 私は三原屋の梅乃といいますが……」

 「そうか。 よかったら見世に案内してくれないか?」 軍服を着た男は見世を探していたようだ。



 「わかりました。 こちらです」 梅乃は三原屋へ案内する。


 「お婆……兵隊さんが来たよ」 梅乃が采に話すと、

 「兵隊? なんだろうね」 采が玄関まで向かう。



 「ここの者ですが……」 采が男性に言うと、

 「私は近衛師団の使いできました大木と申します。 短めなのですが、宴席を設けていただきたい」 男性の言葉に采の目が輝く。



 「もちろんでございます」 采は予約を確認する。


 「では、その手はずで……」 男性が去っていくと、


 「お前、よくやったー」 采が梅乃の頭を撫でる。

 「よかった♪」 梅乃もご機嫌になった。



 三日後、予約の近衛師団が入ってくる。 この時、夜伽の話は厳禁である。

 あくまでも『貸し座敷』の名目だからだ。


 相手は政府の者、ボロを出す訳にはいかない。


 この日、多くの妓女が酒宴に参加しているが

 「ちょっと妓女が足りないね…… どこかの見世で暇をしている妓女でも借りるか……」 采が言うと、


 「お婆、聞いてきます」 梅乃と古峰が颯爽と出て行く。


 それから梅乃と古峰がツテのある妓楼へ顔を出す。

 「梅乃ちゃん、ゴメン……今日は一杯なんだわ……」 妓楼主は謝っている。



 少し前の政府の方針で、妓女を解放してから妓楼は人手不足となっている。


 二手に分かれて妓楼を回り、古峰は長岡屋に来ていた。

 「あ あの三原屋ですが、妓女が足りなくて貸して頂きたいのですが……」



 「えっ? 三原屋でも足りないのかい? どれだけの団体を取ったんだよ」 長岡屋の遣り手が驚いていると


 「どうした?」 そこに喜久乃がやってくる。

 「お 花魁……」 古峰が説明すると、


 「なら、私が行ってやろう」 喜久乃が言い出す。

 「お前が行かなくても……」 遣り手が困った顔をすると


 「たまには勉強しないと」 喜久乃は鼻歌を歌い、部屋で支度に向かう。

 「少し、色を付けるように采さんに言っておくれよ」 遣り手は、花魁を貸すからと言わんばかりだ。


 この日、喜久乃は客からのドタキャンがあって暇になっていた。

 花魁の客は金持ちだが忙しいのもあるようだ。



 「じゃ、行こうか」 支度を済ませた喜久乃が派手目な衣装で三原屋に入ってくると、


 「おいおい……」 采が驚く。

 「お邪魔します。 よろしくお願いいたします」 喜久乃が頭を下げると、


 「コッチの台詞だよ。 よろしくね」 采が宴席に案内する。


 「失礼しんす……」 襖を開け、中にはいると二十人くらいの宴会が始まっていた。


 (軍服の団体……どうやって取ったんだ?) 喜久乃の額に汗が出てくる。


 「花魁、ありがとうございます」 勝来が頭を下げると、

 「花魁? この見世の花魁か?」 客は珍しそうに喜久乃を見る。



 「今回は特別で……」 喜久乃がニコッとすると、客たちの歓声があがる。

 (シャレにならないって……私たちに指名が来ないじゃん) 妓女たちのテンションが下がっていく。



 今回、古峰の釣り竿は『エビで鯛を釣ってしまった』

 妓女から冷たい視線が降り注ぐ。


 (本当に偶然だったんです……) 古峰は冷や汗が止まらなかった。


 そして梅乃が帰ってくる。

 「お婆、強い助っ人が来てくれたよ♪」

 「強い?」 采が奥を見ると、


 「こんばんは。 お世話になります」 そこには葉蝉が立っていた。


 (これ、いくら掛かるんだい……) 采の顔が引きつっていく。



 梅乃が案内をして宴席の襖を開けると

 「おぉー」と歓声が上がる。



 「また花魁?」 妓女が声をあげると、

 「君も花魁なのか?」 客は驚きを隠せなくなっている。


 「葉蝉といいます」 静かに頭を下げると、冷たい視線が梅乃に降り注ぐ。

 「えっ? えっ?」 梅乃が混乱していると、


 「あれ? 喜久乃花魁?」 梅乃が喜久乃に気づくと、落ち込んだ古峰も横にいる。


 「これって……」 梅乃は冷たい視線の意味を知ることになる。



 「ふ 二人の花魁はマズイよね……」 古峰は責任を感じていた。

 「これじゃ、ウチの姐さんの指名なんて無理だよね……」 梅乃も責任を感じたようだ。


 そんな時、小夜が二人の所へやってくる。

 「よくやったじゃない」 そう言って二人に腕を絡めてくると


 「そ、そうかな……でも指名が……」 梅乃が困ったように話す。

 「大丈夫! ここは私たちも」 小夜がずる賢い顔をして、菖蒲の元に向かう。


 「何をするんだろう……」 梅乃と古峰は首を傾げる。



 それから菖蒲が呼んでいた芸子と話し、三味線の打ち合わせをする。

 「梅乃~ 古峰~ やるよ~♪」


 (まさか?)



 そこに三味線の音が高らかに鳴る。 近衛師団の面々が三味線に注目する。

 「さぁ 皆様、今宵はありがとうござりんす……これから三原屋の特別舞台が始まります」



 こうして三味線の前奏を長くして梅乃たちの登場を促す。


 梅乃たちが座敷の中央に寄っていくと、

 「はいっ♪」 小夜が合図をして三人が踊り出す。


 妓女や近衛師団たちも手拍子をして場を盛り上げる。

 喜久乃や葉蝉も喜んでいて、声援まで出していた。


 クルッと回ってニギニギ、反対に回ってニギニギ……この瞬間、妓女たちがニギニギをすると近衛師団たちもニギニギを始めた。



 「ありがとうございました~♪」 小夜が大声をあげて挨拶をすると、大勢の人からの拍手を浴びる。


 「なんか、この拍手……鳥肌が立ってきた」 梅乃が言うと

 「わ 私も……」 古峰は自身の腕を見ている。



 (すごい……これが、玉芳花魁が育てた子たち……)

 千も酌をしながら見ていた。


 すると近衛師団の人から

 「君たち、良かったよ~。 これ貰ってくれ」


 そして、五十銭の硬貨を三人の てのひらに乗せていく。


 「これは?」 梅乃が首を傾げると、

 「君たちに良いものを見せてもらったからね。 取っておきなさい」

 近衛師団の人はニコッと微笑む。



 「ありがとうございます♪」 三人は膝を付き、頭を下げた。


 こうして夜も更け、近衛師団の人たちは帰っていった。



 「喜久乃花魁、葉蝉花魁……今日は本当にありがとうございます」

 勝来が代表して頭を下げると


 「いいんだよ。 私も楽しませてもらったからさ……」

 喜久乃が笑顔で言うと、


 「私も♪ 喜久乃花魁とも一緒にできて楽しかった♪」 葉蝉も無邪気に言ってくれていた。



 こうして二人の花魁は帰っていく。


 深夜、采は寝ずに編み物をしていた。

 (久しぶりだから難しいね……編み目がよく見えないし……)

 少し、老眼が進んだようだ。



 翌朝、禿の三人は掃除をしている。 昨夜の宴席の部屋を重点的に掃除していると


 「おはよう。 朝からご苦労さん」 采が優しい声を掛ける。


 「お お婆― なんで、こんな時間に……」 小夜が焦った口調で言うと、

 「なんだい? なにも怒る訳じゃないよ。 お前たち、昨日は硬貨を貰ったろ?」 采がニヤッとする。



 (まさか、金の亡者とは知っていたが……私たちの硬貨まで奪っていくんじゃ……?) 禿の三人は恐怖とさえ感じている。



 「んっ? まさか取られると思ったのかい?」 采が困惑した表情を見せると


 「いや、まさかね……」 梅乃が小夜と古峰を横目で見る。



 「コレ、使いな。 編んでみたからさ」 采は昨夜に編んだ硬貨入れを三人に渡す。


 「これ、お婆が編んだの?」 梅乃がキョトンとする。


 「久しぶりで、下手だけどさ。 コレに入れておきな」 采は そう言って一階に降りていった。



 それから禿の三人は硬貨入れを首からさげている。



 ある日、梅乃が掃除をしていた時に胸元に収めていた硬貨入れが前に出てしまう。


 「お前……」 それを采が見てしまうと、

 「えへへ……見ちゃいました?」 梅乃が笑っている。


 小夜も胸を押さえて雑巾がけをしていると、

 「お前、そんな恥じらいを持ったような雑巾がけを?」 采が言うと


 「これは硬貨入れが出ちゃうから……」 小夜が胸を押さえながら言う。


 古峰も同じように

 「お お婆が編んでくれたので、肌身離さずにしていたいので……」



 「お前たち……」 采は部屋に閉じこもってしまった。



 「ちょっと……あんた達、またお婆とケンカになったの?」

 そう言うのが菖蒲である。


 「してないです……」 三人は口を揃えて言う。


 「じゃ、なんで部屋に入ったきりなのよ……?」

 「……」 三人は困った顔をする。



 その後、

 「お婆……お婆ったら……早く出てきてください」

 菖蒲が采の部屋の前で正座をしている。



 それから二日後、采が部屋から出てくると

 「何をしていたのです? みんな心配していたのですよ」


 「あぁ……すまんね。 コレを編んでいたのさ」 采が新しい硬貨入れを見せる。


 「……はい?」 菖蒲がキョトンとする。



 そして采が改めて禿の三人に硬貨入れを見せると

 「……」 梅乃たちは無言になる。


 「だから、ちゃんと編んだやつに替えてくれ」 采が何回も説明するが、梅乃たちは断っている。


 「嫌です。 最初に編んでくれたヤツがいいのです」


 「いや、コッチの方が綺麗に編めているから……」

 采が何度も説明するが、譲らない三人である。



 そして、采の部屋には佳の分まであったということは誰も知らない。




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