第五十三話 化粧帯
第五十三話 化粧帯
「小夜、凄い……」 梅乃と古峰は驚いている。 采に渡された物は真っ白な化粧帯であった。
禿の服や着物には帯は必要だ。 着物は自由な着こなしができるが、三原屋の禿服の帯は黄土色である。
そこで班長になった小夜は、真っ白の帯に金の刺繍で桜の模様が施されていて高価な帯というのが分かる。
「お婆……これを私に……」 小夜が涙ぐむ。
「しっかり班長をするんだよ」 采がキセルに火をつける。
その後、小夜は帯を取り替えて白い帯を巻くと
「うわ~ 綺麗~」 小夜はもちろん、梅乃と古峰も見惚れていた。
「や やっぱり班長は小夜ちゃんだよね」 古峰が言うと、妓女からは
「そうだよ。 班長は小夜しかいないよ……」 そんな言葉が出てくる。
「どうしてです? 梅乃の方が医術も知ってて、役に立っているのに?」 小夜が首を傾げていると、
「ほら、常識とかわきまえているし……変なことしないから安心もあるし……」
これを聞いて、梅乃は苦悶の表情になる。
(これが私のリアルな評価なのか……)
こうして小夜が班長となり、始まっていくが……
「それで、班長の仕事って何?」 浮かれていて、仕事を聞くのを忘れていた。
采に仕事を聞き直すと怒られそうなので、いつも通りに仕事をしていく。 それを陰から采が見つめている。
一日仕事をしていて小夜は気づく。
「これじゃ綺麗な帯が汚れちゃうよ……」 小夜は帯を今まで通りの物を巻き直す。
「いいの?」 梅乃が聞くと、小夜が頷く。
その後、掃除などは黄土色の帯を使い、午後から買い物などで外に出る時は白い化粧帯を着けることにした。
すると、余所の禿が目にすると
「小夜ちゃんの帯、素敵~」 という高評価を得ていく。 小夜も気持ちが大きくなっていった。
これに梅乃と古峰は、采の思惑を理解していく。
(これは小夜に自信を持たせる為だ…… この帯のおかげで色んな禿が小夜に話しかける。 小夜も自信になるだろう……)
それにより、小夜の歩き方や態度が変わっていく。 徐々にではあるが、『梅乃の後ろにいる子』と、言われなくなっていった。
梅乃が采に後ろから抱きつき、
「お婆~ 私も欲しい~」 と、おねだりをしてみる。
それが数日ほど続くと
「やかましい― アッチ行け!」 采がキセルを振り回す。
(これじゃ、玉芳にあげた金の扇子の時のようじゃないか……) と、昔を思い出していた。
玉芳が禿の時に 「花魁になったら欲しい」と言われ、芸の練習をした玉芳が采の前で、手で扇子を仰ぐようにパタパタさせていた。 そんな懐かしい光景を思い出している。
(あの時の玉芳も毎日やってたもんだ……)
「小夜、買い物に行ってきて」 采に頼まれると、慌てて帯を巻き直して出て行く。
「小夜、似合ってるよ」 梅乃が声を掛けて “ニギニギ ”をすると
小夜も嬉しそうに “ニギニギ ” を返してきた。
(なんだ、やっぱり気づいてたか……) 采は、梅乃と古峰にも気遣っていたが杞憂で終わったようだ。
翌日、岡田が梅乃に声を掛ける。
「梅乃、午後から堕胎の依頼が入った。 一緒に行こう」
「わかりました。 お婆に話しておきます」
梅乃は采に午後の予定を話し、小夜には踊りの練習に参加出来ないことを話す。
「そっかぁ…… 梅乃が来られないと心配だな~」 小夜の表情が曇る。
「どうして? 小夜は班長なんだし、心配な事なんてないでしょ?」
「そんなことないよ…… 私、いつも『梅乃の後ろにいる子』と言われてきたんだよ。 急に班長と言われても、何が班長だか分からないしさ……」
ここ数日、ご機嫌だった小夜が下を向くようになった。
「そんなことないから…… 私は小夜でいいと思う。 私はお婆からのゲンコツ要因だから」 梅乃がニカッと笑う。
そんな小夜の心配を振り払うように梅乃は自信を与えていく。
(やっぱり梅乃ちゃんの言葉は違うな……)
古峰は横で感心していた。
午後になり、梅乃は岡田と堕胎の依頼で出向く。 古峰は采の使いで長岡屋に出向いていた。
「ご ごめんください……」 この日、古峰が他の妓楼に出向くのが初めてあった。
「はーい」 長岡屋の遣り手が出てくる。
「あ あの……三原屋の古峰といいます。 お婆から、コレを渡すように言われました……」 古峰が包みと手紙を渡す。
「ありがとう……采さんによろしくね。 そうだ、静に会っていかない?」
古峰は長岡屋の中に通された。
(他の妓楼って緊張するな…… よく梅乃ちゃんはズカズカと入れるな……)
恐縮する古峰だが、決して梅乃もズカズカと入っている訳じゃなく、仕事で入っていることを古峰はイマイチ把握していなかった。
「古峰ちゃん……」 そこに静がやってくる。
「し 静ちゃん……」 古峰が笑顔になる。
二人が笑顔になっていると、喜久乃も後ろから付いてきて
「ここだと大部屋の邪魔になるから、私の部屋においで」 喜久乃が二階を指さす。
「い いえ……それは流石に……」 古峰が恐縮すると、
「滅多に花魁の部屋に入ることが出来ないんだから……」 静は古峰の手を引く。
結局、古峰は喜久乃の部屋に入ると、
「うわ~ 花魁の部屋って、綺麗で凄いんですね~」 目を輝かせる。
「ふふふ……そうかい? 三原屋だってあるだろ? 玉芳花魁の部屋とか」
喜久乃が言うと、
「い いえ、玉芳花魁の時には私は居ませんでした。 今は誰も使っていないので……」
「まだ花魁が不在だったもんな……」 古峰の言葉に、喜久乃が寂しい顔をする。
「あ あの……変なことを聞いてよろしいですか?」 古峰が膝を付き、頭を下げると、
「なんだい? あらたまって……」
「三原屋の花魁は、誰がいいと思いますか?」 古峰が唐突に切り出す。
「えっ? そんな事、余所の見世のことを言える訳がないだろ……」 喜久乃が困った顔をすると、
「ず ずっと三原屋では花魁がいないので、どうして出来ないのかを教えてほしくて……すみません……」 古峰は再度、頭を下げる。
しばらく喜久乃は古峰を見て口を開く。
「花魁になる条件は二つだ……高い売り上げと、吉原全体を引っ張るという心意気だ! 花魁は吉原の顔であり、心臓なんだ。 この思いがないと花魁は務まらないよ……」
古峰は衝撃を受けた。 今では一番の花魁に話しを聞き、その心意気を聞けたからだ。 十二歳の古峰には最高の刺激になっていく。
「お前は二人の姉に遠慮しているが、お前だって花魁になっていいんだよ」
喜久乃が優しい顔で古峰を見つめると、
「あ あの……でも……」 古峰はオロオロしてしまう。
「小夜の化粧帯、あれは采さんの気遣いだろ? 内気な小夜の為に…… それも玉芳花魁の母性が生んだ策だ。 いいところで働いているんだ、頑張りなよ」
古峰は喜久乃に頭を下げた。 天上人となった喜久乃の言葉は温かいものであるが、同時に古峰の頭を悩ませるものとなっていく。
三原屋に戻った古峰に、
「遅かったね……何かあった?」 小夜が古峰を見ると、
「い いえ。 喜久乃花魁と静ちゃんに挨拶をしました……」 古峰が答える。
それから古峰は小夜を見つめる事が多くなっていた。
喜久乃から三原屋の事情を見透かされていた事を気にしていたのだ。
そこに古峰の背後から梅乃が抱きつく。
「古峰、どうしたの? ボーッと小夜を眺めて……」
「わっ― う 梅乃ちゃん、なんでもないよ……」 古峰は身体を揺すって梅乃を振り落とす。
「ふ~ん…… あんまり気遣いしなくていいよ……」 梅乃の言葉に衝撃を受ける。
「し 知っていたの?」 古峰は目を丸くすると、
「当たり前じゃん……全部、お婆も分かってやってることだから……」
「う 梅乃ちゃんは気にしないの? 班長とか……」
「そんなものを貰ったら、一日に何回も叩かれちゃうよ……」
梅乃が困った顔をすると、古峰は笑い出す。
(本当なら化粧帯が似合うのは梅乃ちゃんなんだろうな……)
古峰は梅乃の事を『別格』と思っている。 それは小夜も思っていることだ。
しかし、梅乃にはその自覚もない。 むしろ、自由気ままに興味本位のままで生きている。
古峰が黙って梅乃を見ていると、
「どうしたの? 古峰……」 梅乃が振り向く。
「う ううん。 なんでもない…… そういえばさ、梅乃ちゃんは花魁になりたい?」 古峰が聞くと、
「う~ん……花魁とかは考えていないけどさ……」
「いないけど?」 古峰が首を傾げると
「お婆とか、お世話になった人の役に立ちたい……それだけ」
そう言って、梅乃がニカッと笑う。
(やっぱり梅乃ちゃんは凄い。 最高のお姉ちゃんだ……)
古峰は満足したような顔になる。
数日後、小夜は踊りの練習をする為に仲の町いた。
そこには梅乃と古峰、中見世の禿が集まっている。
「じゃ、始めるよ~♪」
小夜が元気よく声を出す。 そして集まった禿が踊り出す。
回ってニギニギ、反対に回ってニギニギ……
踊る度に小夜の腰の帯が輝いている。
その帯には一本の簪が刺さっていた。




