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第五十二話 三姉妹

 第五十二話    三姉妹 



 春の縁日、九朗助稲荷の周辺には出店が並ぶ。 毎月のように縁日があるのだが、春だけは盛大に行われる。


 「お前たち、いなり寿司を食べよう」 文衛門が妓女や禿たちにいなり寿司を配る。 文衛門は、妓女たちを娘として可愛がってくれている父親の存在である。



 「おいし~♪」 小夜と古峰が盛り上がっている。 妓楼では少しの朝食で、夜は客が残したものを食べている。


 こういう場での食事は格別である。



 特に信仰を集めている九朗助稲荷は、数多くの妓女が集まってくる。 縁日であれば、なおさらである。 ここで花魁などは派手な衣装で道中さながらで登場する。


 先頭でやってきたのは小松屋であり、葉蝉を先頭に妓女たちが追従する。


 「綺麗~ 若い~」 葉蝉は二十一歳。 若さや勢いが凄く、人気の花魁である。


 三原屋や鳳仙楼では花魁を置いておらず、端から花魁を眺めていた。


 「絢~」 小夜が絢を見つけ、声を掛ける。

 「みんな……来てたんだね。 花魁って、凄いね~♪」


 そこでやってきたのは長岡屋である。 喜久乃が先頭を歩き、踊りを混ぜたような歩き方で魅了している。


 (やっぱり目立つな~ 吉原で一番人気なだけある) 梅乃は喜久乃に魅せられていた。 その横には静も歩いている。



 「やっぱり喜久乃花魁は目立つわよね……」 勝来も見惚れている。



 ここ最近、梅乃、小夜、古峰の三人は舞踏を練習している。 僅かな時間を割いて盛り上げる為に練習をしていたのだ。


 縁日、露店の横からは笛を吹いて盛り上げる者がいる。 その音が一層、縁日を盛り上げてくれる。



 「あら、菖蒲じゃない」 ここで声を掛けてきたのは朝陽と夕陽である。

 「姐さんたちも来たのですね♪」 


 吉原全体のお祭りみたいなものであり、妓女も芸子もやってきている。


 「この日の為に、盛り上げる三味線を考えてきたのよ」 夕陽が突然言い出し

 二人が三味線を取り出すと、菖蒲が見つめる。



 「よっ!」 ペンペンと三味線を鳴らし始める。 聞いた事もない楽曲で、小気味良いテンポで進んでいく。


 その音に梅乃が気づく。

 「やろう!」 梅乃が誘うと、小夜と古峰が続いて踊り出す。



 「まぁ……♡」 葉蝉や喜久乃も気づき、梅乃たちの舞を見ている。


 音に合わせ、三人の息が合った舞に妓女たちは手拍子をする。 文衛門も目を細め、手拍子をしていた。


 「はいっ!」 声を出し、クルッと回って ニギニギ。 反対側に回ってニギニギ……完全な創作ダンスだが周りからも好評だった。



 演奏が終わり、 「ありがとうございました~」 三人は頭を下げた。


 すると、盛大な拍手が送られた。

 「よかったよ~ みんな……」 喜久乃が寄ってくる。 

 「これ、ご褒美だ」 長岡屋の妓女がいなり寿司を三つ持ってきて梅乃たちに渡す。


 「ありがとうございます♪」 梅乃たちは頭を下げる。

 次第に各妓女たちも集まり、梅乃たちは人気者になっていった。



 「お前たち、いつの間に……」 勝来が驚いていると

 「えへへ~ 少し前から練習していたんです」 梅乃が恥ずかしそうに答える。



 この縁日では妓女だけでなく、客も多くいる。 この噂は吉原中に知れ渡り、昼見世の時間になると、三原屋には多くの客がやってきた。



 梅乃たちは相談をして、昼見世になると張り部屋の前に出て踊っている。

 そして、多くの客が来ては妓女を指名していくのだ。


 これに色んな妓楼も案を練り出す。


 午後、梅乃たちが歩いていると

 「ね~ 困るんだけど……」 そう言ってくる女の子がいた。



 「えっ? どうして?」 小夜が聞くと

 「あなたたちが踊って人気になるから、私たちまで強要されるのよ……」

 言ってきた女の子たちは中見世の禿たちだった。



 「みんな同じ見世なの?」 梅乃が禿たちに聞くと、

 「みんな別々……三原屋は三人も凄いよね。 だいたい一人か二人なのに……」


 そんな言葉に嬉しく思う三原屋の三人だった。



 「じゃ、みんなでやろうよ」 梅乃の提案で、余所の禿たちに踊りを教えることになったのだが……


 「梅乃、往診だ」 岡田が言うと、梅乃はショボンとしながら岡田についていった。



 「大丈夫だよ。 私たちがいるから……」 これに小夜が指導をする。

 なかなか交流のない余所の禿と仲良くなっていき、小夜と古峰はご機嫌になっていく。


 噂を聞いた采も、「良かったじゃないか。 内向的なお前でも出来るんだな~」


 そう言って小夜たちを誉めている。 しかし、小夜は不満だった。

 余所の禿と踊っている時、


 「あの……名前なんだっけ?」 ある禿が聞いてくると、

 「私は小夜だよ。 コッチが古峰……」 と、説明する。


 「ゴメン ゴメン……梅乃ちゃんは分かるんだけど、小夜ちゃんと古峰ちゃんが覚えられなかった……」 と、言う言葉だった。



 小夜自身も自覚はしていた。 しかし、ここまで覚えられない存在だったのかという現実に、小夜は自身に腹が立っていく。



 「さ 小夜ちゃん……気にしない方がいいよ。 私だけじゃない、梅乃ちゃんが特別だから……」 古峰が慰めると、小夜が頷く。 



 しかし、古峰は小夜の頷きが気になっていた。

 (また変な風に思い込まなければいいんだけど……)



 それは小夜の初恋の時である。 小夜は梅乃に彼を会わせる事に難色を示していた。 それは梅乃に取られるんじゃないかと思っての事だ。


 小夜は知らず知らずのうちに、梅乃に嫉妬をするようになっていた。



 小夜は梅乃と比べ、心の成長が早い。 それを よく見ている古峰は心を察知する能力に長けている。 実に三者三様な禿たちだ。



 しかし、古峰は分かっていても小夜には言えない。 小夜と梅乃の付き合いの長さが違うからだ。 双子のように育った二人とは違い、途中から来た古峰は遠慮してしまっているのだ。



 妓楼に戻ってから、古峰は悩んでいた。

 (小夜ちゃんに話して嫌われたらどうしよう…… それより小夜ちゃんと梅乃ちゃんの仲が悪くなるのが嫌だな……)



 古峰がため息をつくと、

 「どうしたの? 古峰……」 信濃が話しかけてくる。


 「あわわ……」 驚いた古峰は言葉が出せなくなっていた。 ここ最近、信濃と古峰は仲が良い。 うっかり話してしまう事を気にした古峰は、


 「な なんでもありません―」 そう言って、二階へ逃げていく。



 「変な子……」 信濃は首を傾げていた。


 それから二人の関係を気にするあまり、古峰は二人と距離を開けるようになっていた。

 (私が離れていれば、小夜ちゃんと梅乃ちゃんが仲良くできるから……)


 まさに、気遣いの子であった。


 それからも、「古峰~ 買い物を頼まれたから一緒に行こう」 と、梅乃が誘うが

 「あ あの、コッチで仕事を頼まれているから……」 そう言って断る。



 「古峰~ 踊りの練習しよ~」 と、小夜が誘うと

 「あ あの、お婆に用事を頼まれているから……」 と、断ってしまうようになっていた。



 そんな日が続くと、古峰の精神状態に異常が出てきた。

 「し し 信濃姐さん…… わ わ 私……なんか変になってきた……」


 以前は少しばかりだった吃音きつおんが酷くなっていた。 

 「何よ? その吃音…… 悩んでるなら言ってごらん」 信濃が言うと、古峰を外に連れ出した。 そして二人で茶屋に入ると


 「あ あの……」 悩んだ挙げ句、古峰は信濃に話をした。 信濃は驚きながらも古峰の話を聞き、アドバイスを考える。



 「あの子たち、性格が反対だからね…… でもね、反対だから良いこともあるのよ」 信濃が話すと、


 「は は 反対だと良いの?」 古峰が目を丸くする。


 「ほら、あの子たちは それで十三年も一緒に居るのよ…… お天道様が二つあってもダメだし、お月様が二つあってもダメでしょ。 お天道様がひとつ、お月様もひとつだから良いと思うのよ……」


 信濃が古峰に合わせた口調で説明をすると、

 「あ ありがとう。 信濃姐さん……」 古峰は信濃の手を握った。


 (娘を持つって、こんな感じなのかしら……) 信濃は古峰を娘のように思えている。 それから芸を熱心に教えていった。


 古峰も信濃から琴を習い、心が落ち着いたのか吃音も消えていった。



 それから午後になると、色んな妓楼の禿がやってくる。 また、それを面白がってか芸子まで来るようになった。


 「じゃ、やるよ~」 芸子が三味線を鳴らすと、十人ほどの禿が踊り出す。 それを見ていた采も微笑んでいた。


 「なんだい、小夜も立派になったじゃないか……」



 禿たちは厳しい妓楼の中で、少しの楽しみを見つけ笑顔だ。 しかし、踊りの中での ニギニギの意味は三原屋だけの秘密であった。



 この日、絢も見学に来ていた。 絢が手を振ると、

 「絢~ 来てたんだ♪ 一緒にやろうよ」 小夜が絢の手を引く。


 すると、「ここに居たのかい! さっさと掃除を済ませな!」

 「すみません。 瀬門姐さん……」 絢は妓楼に戻っていった。



 「いつか、一緒に出来るといいね……」 梅乃が言うと、小夜と古峰が頷く。


 見世の事情もあるが、『子供は子供らしく……』をモットーにしてきた三原屋は余所の見世の模範もはんとなっていく。 これも一流の妓楼である為に、文衛門が決めたことでもあった。



 昼見世の時間、梅乃と小夜は吉原を回っていた。 すると、妓楼では禿が見世の前で一人が踊らされている。 これも三原屋を真似たのであろう。



 「私たち、三人で良かったね~」 小夜が言葉をこぼす。

 「そうだね……一人だったら寂しいしね~」 梅乃が顔をしかめる。



 なんだかんだで、梅乃と小夜は一緒にいることが多い。 古峰の気のまわしすぎだったのだ。 これも三者三様、それぞれの役割がハッキリとしていたのであった。



 ある日、梅乃と小夜、古峰の三人が采に呼ばれて正座をしている。

 「また何かやらかした?」 大部屋では、そんな話が広まっていた。



 「あ~ 呼んだのは意味があってな。 お前たちは自分で仕事も出来ているし、禿の中にも位があっても良いんじゃないかと思ってな……」 采が言うと、


 「はい……?」 禿の三人はポカンとしている。


 「妓女にも中級妓女とか高級妓女などがあるだろ……そんな感じで出来ればいいと思ったんだ」 


 「……はい?」 梅乃が言うと、采からゲンコツが落ちてきた。

 (馬鹿ね……黙って最後まで聞いていればいいのに……) 小夜と古峰は思っていた。



 「そこでだ……禿に班長を作ろうと思う」 采の提案は、子供三人の頭を悩ませる。


 「……」 余計な事を言うと殴られるので、三人は黙っている。


 「誰か、立候補するかい?」 采の圧が三人を襲う。 当然ながら黙っていると、


 「この役は小夜にやらせようと思う」 

 「え――っ??」 采の言葉に、小夜は驚いている。


 「なんだい? 嫌かい?」 采が顔を近づけると、小夜は後ろに姿勢を崩していく。

 「いや、あの……」


 三人は思っていた。

 (何の得にもならない班長……それも、お婆と近い所で仕事をさせられる…… 良い事がある訳がない……)



 梅乃がチラッと大部屋を見ると、妓女たちも苦悶の表情をしていた。


 「お婆、すみません……私は小夜で良いと思うのですが、それは どんな仕事なのでしょうか……」 梅乃が質問すると



 「お前、鋭いね~ 教えよう。 これから禿が増えた時、全員に教えるのは大変だろ…… だから班長を置こうと思ったのさ……」


 「禿、増えるのですか?」 これには三人だけでなく、聞いていた妓女たちも驚いていた。



 「まだ決まった訳じゃないがね。 お前たちの成長に繋がればいいと思ったんだ……」


 この話を聞き、小夜が断れるはずもなく

 「はぁ…… わかりました……」 小夜は肩を落とした。



 「なんだい? 嬉しそうじゃないね……」 采はキョトンとする。

 (当たり前だろ……誰が喜ぶんだよ!) 心の声が喉を通過する寸前で三人は我慢する。



「小夜、コレを付けな……」 采が机の下から紙包みを出す。


「えっ? コレ……」 小夜が驚く。


「今日から班長の証だ。 お前にだよ」 采が渡した物により、小夜の目が輝いた。


 そして、これからの三原屋を引っ張る三姉妹は気を張るのであった。




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