第五十一話 女として
第五十一話 女として
朝、梅乃と古峰が外の掃き掃除をしていると
「う 梅乃ちゃん…… 私、お腹が痛い」 古峰が腹痛を訴える。
「岡田先生、古峰が……」 梅乃が古峰を連れて岡田の部屋にやってくる。
「ふむ、馬かな……」 岡田が古峰に言うと、
「う 馬……私が」 古峰がチラッと梅乃を見る。
「えと、どこか悪い訳じゃなくて良かったね……」 梅乃は、そう言い残して仲の町まで出かけていく。
(私は無いのかな?)
「どうした? 暗い顔して」 梅乃の後ろから声がする。 振り向くと、喜久乃が立っていた。
「こんにちは。 喜久乃花魁……」 梅乃が頭を下げると、
「なんか暗い顔をしていなかったか? 聞くぞ」
「いえ……そんな難しい話ではないのですが……」 梅乃が渋っていると、喜久乃が顔を覗き込む。
「その顔じゃ、難しい話だろ。 話してみろ」 喜久乃が笑顔で待っていると、梅乃は小さい声で話しだす。
「なに……? そんな事で暗い顔をしていたのか……」 喜久乃は息を落とした。
「ほら……」 梅乃がため息をつくと、
「すまん、すまん……ちなみに、私は十三だ」 喜久乃はコソッと梅乃に伝える。
「ありがとうございます。 勇気が出ました」 梅乃は喜久乃に礼を言うと、足早に三原屋へ戻っていった。
すると、古峰がお腹を押さえて苦しそうにしている。
「古峰、大丈夫?」 駆けつけた梅乃が言うと、
「ううぅぅ……」 古峰が苦しんでいる。
「先生、お診立てが違うんじゃないですか?」 菖蒲が岡田に言うと、
「すまん……もう一度」 岡田は自室で古峰を横にする。
そこには梅乃も同席する。
「古峰、ここか?」 岡田は古峰が痛がる部位を探っている。
すると、下腹部の右側になると古峰が苦痛の反応を示す。
(もしかして……) 梅乃は、赤岩が持っていた医学書を探す。
「これじゃない、これでもない……これか?」 本を広げ、ページをめくる。
「先生、これじゃないですか?」
「これは……」 岡田が医学書を見ると、ブツブツと独り言を繰り返す。
「すみません、二階の部屋を借りれますか?」 岡田が采に聞くと、
「構わんよ。 それで、何をするんだい?」 采はキセルを吸いながら聞いてくる。
「おそらく盲腸かと……」 岡田の言葉で采に衝撃が走る。
「それじゃ、古峰は死んでしまうじゃないか」
江戸時代、盲腸は原因不明の病としていた。 為す術なく、患者の多くは腹膜炎になり命を落とす事になっていた。 しかし、明治初期、蘭学により盲腸の仕組みが解明され治る病気とされていた。
しかし、岡田は堕胎の医師であった為に知識としては遅れていた。
「先生……」 梅乃が岡田の顔を見ると、
「やろう。 手術だ」 岡田の言葉に、采が待ったをかける。
「お婆……」 梅乃が采を見る。
「古峰の身体に傷になるんだろ? 妓女としてどうなんだい?」
采の言葉に、岡田が反論する。
「女将さん……放置したら確実に死にますよ。 何故、そんな事を言うのですか?」
岡田の言葉に采は下を向く。
「お婆、これは古峰の命の問題です……傷ひとつで嫌がる男なら、それだけの男です。 安子姐さんを思い出してください。 梅毒の痕があっても身請けできたじゃないですか」 こう叫んだのは菖蒲である。
「……そうだった。 私は商売と板挟みで変になったかもしれないね……」
采は言葉を残し、部屋に入っていく。
(またか……)
「こうしてはいられない。 古峰を二階へ」 菖蒲が指示をすると、古峰を二階へ運び手術の準備をする。
岡田は麻酔を持っていたため、準備を急ぐ。
助手には梅乃が入る。
岡田は、赤岩が残してくれた手術の道具を手にすると、
(赤岩先生……力を貸してください) 静かに目を閉じた。
「先生、道具の消毒をします」 梅乃は鍋の湯に器具を入れ、消毒を始める。
梅乃が本を読み、古峰下腹部に筆で書く。 「先生、ここです」
岡田が頷く。
「麻酔します」 梅乃が古峰の口全体を包む吸入器をあてて、麻酔液をゆっくり流す。 麻酔液が気化し、古峰の意識が消える。
「古峰……」 梅乃が声を掛けるが、反応がない。
「先生、お願いします」 梅乃が言うと、岡田は目を見開き手術が始まった。
「梅乃、明かりを……」 「はい」
梅乃が岡田の汗を拭う。 見事に医師と看護師のようであった。
「先生、コレですね」 梅乃が言うと、岡田が確認する。
医学書を読み、古峰の盲腸を切除すると
「よし、最後は縫合だ」 岡田は慎重に縫っていく。
手術から四時間が経過すると、
「よし、出来た!」 岡田が声をあげる。
梅乃が古峰の口元に耳をあてる。 「古峰も呼吸しています。 お疲れ様でした先生……」
この言葉に、岡田は達成感と安堵が全身を襲った。
岡田は、そのまま後ろに倒れる。
「先生―っ! フッ……」 梅乃は岡田の汗を拭き、同じように横になった。
「なんか静かになったけど、どうなったのかしら……」 菖蒲と勝来が二階の廊下で聞き耳を立てている。
(ちょっといいよね……) 勝来が少し襖を開けてみると、
「―っ?」 勝来が驚いている。 岡田の横で添い寝をするように梅乃も横になっていたのだ。
「梅乃――っ」 勝来が堪らず部屋に飛び込む。
「―はいっ」 梅乃が小さく目を開けると
「何してんのさ? 手術はどうなった?」 焦る勝来に
「終わりました。 岡田先生が頑張ってくれました」 梅乃が答える。
しかし、ここは妓楼である。 男と女が横になっていると、あらぬ疑いも出てしまうものである。 この後、勝来から岡田に注意をしていた。
「前に、低体温の時も同じ布団で寝ていたからか……」 岡田は思い出し、頭をかいていた。
翌朝、古峰が目覚める。
「う 梅乃ちゃん……」 古峰の横で梅乃も寝ていた。 梅乃は古峰の手を握ったままだった。
「あ ありがとう……」 古峰は強く梅乃の手を握り返す。
「痛みはない?」
午後になり、梅乃は古峰の傷口を消毒している。 岡田は堕胎の仕事で妓楼に向かっていた。
消毒を終えた梅乃は、采に報告をする。
「痛みも無く、安心しました。 来週に傷口が塞がれば抜糸します」
「よくやったな……お前は自慢の娘だよ」 采が梅乃の頭を撫でる。
「えへへ~」 梅乃が手を “ニギニギ ”すると、
「お前、それをよくやるけど何だい?」 采は目を丸くする。
「それは……」 梅乃が説明すると、
「まぁ 元気になるならいいか」 采は微笑んだ。
十日後、梅乃が古峰の傷口を見ると
「お~ 良い感じだ♪」 梅乃がニコッとする。
「よし、古峰……糸を抜くぞ」 岡田は抜糸をしていく。
そこには赤くなった傷口と、皮膚がくっついているかを確認する。
「意外にも小さい傷で済みましたね」 梅乃は感心していた。
「う 梅乃ちゃん、先生、ありがとうございました」 古峰が頭を下げる。
こうして古峰の盲腸は治っていった。
しかし、采は古峰の傷が気になっていた。
「これじゃ、売り物にならんかも……」 そう呟くと、妓女たちが采の前に並ぶ。
「お前たち、どうしたんだい?」 采が目を丸くすると、
「お婆……そんなに傷が気になるようでしたら、全員が同じにしたらいいと思います」 勝来が先頭に立ち、服を脱ぐ。
「勝来、何を……?」
「みんなで古峰と同じ傷を付けようと思います。 傷ひとつで売り物にならないような商売をしていませんので、ご安心を!」 勝来が自身の腹に刃物をあてると
「もう言わないよ。 勝手にしろ」 采は観念したようだ.
こうして三原屋は落ち着きを取り戻した。 徐々に采の古い考えも改善されていき、新時代に向かう三原屋である。
今回、妓女たちは抗議の意味で、下腹部に墨で傷口のように書いて仕事をした。
「これは何だい?」 当然ながら客は不思議そうな顔をするが、
「女としての誇り……みたいな物でありんす」 妓女は頬笑んでいる。
三原屋では、少しながらも民主主義を勝ち取ったようだ。
結局、古峰の馬の騒動は盲腸という結果になった。
翌日、三原屋では入浴の日となる。
「古峰は完全じゃないから、次だからね」 梅乃が言うと、
「え~ 入りたかった~」 古峰は残念そうにしている。
「岡田先生~ お風呂ですよ~」 小夜が声を掛けにいく。
「ありがとう」
そして岡田が風呂からあがり、脱衣所で着替えをしていると
「おっ風呂~♪」 と、はしゃぎ 梅乃と小夜が服を脱ぐ。
「だから何度も言っているが、私が着替え終わるまでは入るな! また、その度に疑われるんだから……」 岡田が叱ると、
「だって冷めちゃうんだもん……」 梅乃がシュンとする。
この時代、追いだき機能はない。 早い時間こそが温かい風呂に入れるのだ。
「あれ? 小夜もお腹」 梅乃が見たものは、小夜も妓女と同じように下腹部に墨で傷に見立てたものを書いていた。
「んふふ~♪ 信濃姐さんに書いてもらったんだ~♪」
(なんだかんだで、三原屋は団結している。 これも お婆や、玉芳花魁のおかげだ……)
梅乃は蒸気に満ちた天上を見上げ、二人の偉大さを感じていた。




