第五十話 大捕物
第五十話 大捕物
明治七年 一月。 赤坂で岩倉具視暗殺未遂事件があった。 喰違の変である。 容疑者は確保されていたが、仲間の数名が行方をくらませていると瓦版には書いてあった。
四月、その仲間が吉原に潜伏しているのではないかと噂になっている。
そこに政府が吉原にやってきて 「容疑者確保の為に協力願いたい」とのことで、妓楼を見回ることになった。
警察など五十人態勢で吉原の妓楼を見回る。 これには客も困ってしまい帰っていく。
「なんだい? これじゃ売り上げにならないじゃないか……」 采がボヤいている。 妓楼なのだが、政府の役人もいて表向きは『貸し座敷』となっている分、抗議ができないままだった。
「お婆……何の騒ぎ?」 菖蒲と禿たちが采に聞いていると、
「なんでも役人に襲撃したヤツが、吉原に逃げ込んだと騒ぎになっているんだよ」 采は説明しながらキセルを吹かせている。
昔から吉原周辺では物騒な事が起きている。 江戸では辻斬りというのが多くいた。 吉原に通う客を狙った犯行が多くあり、金目当てや愉快犯なども多くいたのだ。
刀や銃の規制があり、平和だと思った矢先の噂に妓女たちは震えている。
梅乃も拳銃を見てしまい殺されかけた事もある。 吉原では病気以外にも恐怖と戦っている。
「どうやら、ここは居ないようだ。 協力、感謝する」 警察は三原屋から出ていく。
「お前たち、梅乃を見張っておけ」 采が小夜と古峰に指示を出す。
これは梅乃が『トラブル発見装置』だと思っているからだ。 無意識にトラブルに首を突っ込んでしまう性質の為、頼んでもいない事に巻き込まれたくないからだ。
(心外だ……)
結局、吉原には容疑者がいないということになり、警察は引き上げていった。
「とりあえず良かった」 菖蒲が言うと、普通の営業となっていく。
夜見世の準備をしていると、
「クシュン―」 妓女の一人がくしゃみをする。
「大丈夫? 感染さないようにしてよ」 信濃が注意をする。
四月と言っても朝晩は冷える。 この季節は風邪をひく者も多かった。
江戸時代後期、麻疹の大流行で死者を多く出したことから吉原でも過敏になっている。
客商売である為、菌の流出入には気をつけないといけない。
すると、「クシュン―」 采がくしゃみをする。
「まさか お婆……」 信濃が采を見ると、 「そんな訳あるか……仕事しな、仕事」 采は気丈にしていた。
「段々、顔が赤くなっているけど平気ですか?」 信濃が采の額に手を当てると、「ちょっと、お婆 熱いわよ」
「そんな訳……」 話している途中で采は机に突っ伏してしまう。
「お婆―」 信濃と妓女は、采を部屋に連れていき、濡れた手ぬぐいを額に当てる。
そうなると、
「なんで私が遣り手なのよ~」 信濃が怒ってしまう。
「なんで? なんで?」 信濃が禿たちに聞いていると、
(そう言われても……) 三人は苦笑いするほかなかった。
この日は指名が多く、大賑わいの三原屋であったが
「なんで私の指名が来ないのよ~」 信濃の客は徐々に離れていき、この日の指名は無かった。
翌日、信濃は挽回の秘策を練る。
(ここは、奇跡の子を使うしかない。 いつも梅乃が張り部屋に入ると客が来る。 これに賭けるしかない……) 信濃は少し悪い顔になっていた。
「梅乃~ よかったら私と張り部屋で遊ばない?」 信濃が悪魔の誘いを言い出すと、
「あの……今日の昼見世では遣り手の席にと言われてまして……」 梅乃が困った顔をする。
「え~ 少しでいいからさ~」 信濃が駄々をこねると、
「わかりました。 じゃ、その時間は、姐さんと私が交代ですね」 梅乃が了承する。
「……んっ?」 しばらくの沈黙が流れると、
「いや、お前と私で交代したら意味ないだろっ! お前と一緒に居るんだよ」
信濃が必死に説明をしていく。
「あ~ そういう意味ですか。 会計の時だけ席を外しますが、いいです?」
ようやく梅乃が理解したようだ。
(なんで、普段は察しが良いのに今回ばかりは……)
昼見世の時間、普段は客入りが少ない。 夜の為の顔出し程度なのだが、この日に限って客が多かった。
「はい。線香ですね……合わせて五十銭です」 梅乃はしっかり遣り手席をこなしていた。
そして采の部屋では、「お お婆、手ぬぐいを替えますね……」 小夜が看病をしていた。
「喉が痛い……小夜、見世は大丈夫かい?」 采が心配をして聞くと、
「梅乃が 遣り手の席で会計をしています」
采は安心したように目を閉じると、「お婆……死んじゃダメです―」 小夜が身体を揺する。
「死なんよ! 寝かせろ!」 采が怒り出す。
(会話の途中で目を閉じるんだから心配しちゃうよ……) しかし、怖いので口には出せなかった。
大方の精算が済み、梅乃が張り部屋に入ってくると
「おっ! 待ってた~♪」 信濃が喜んでいる。
「お待たせしました。 もしかして、私を餌にして客を取ろうと?」
梅乃がニヤッとして信濃に顔を近づけると、
「そ、そんなこと……」 信濃は顔を背けた。
「そんな迷信みたいな事を……」 梅乃が息を吐くと、
「おっ? 良いね~ 俺と遊ぼうか?」 客が信濃を見ている。
「ただいま~♪」 信濃が軽快に返事をすると
(なんという偶然……) これには梅乃も驚いていた。
こうして信濃が客と引手茶屋まで向かおうとすると、
「動くな!」 男は刃物を信濃に向ける。
梅乃は思い出していた。 (昨日、警察が来て捜していたヤツ……)
信濃は震えている。 (梅乃……)
「キャー」 張り部屋の妓女は悲鳴をあげる。
「静にしろ! 食事と金だ! 早くしろ!」 男が叫ぶが
妓女はお金を持っていない。 殆どが借金として返済している。 食事も仕出しがほとんどである。
片山が襲いかかろうとしても、信濃が人質でいるために出来ない。
菖蒲と勝来、花緒も一階にやってくるも 「信濃姐さん……」
「私、お金持ってません……」 信濃の声が震えている時、玄関の戸が開くと
「ひっ―」 声を出したのは古峰である。
男は古峰を掴み、信濃と同じく人質にする。
人質を取った男は大部屋に向かい、二人を座らせる。
「早く飯だ」 男が要求する。 しかし、白米しか残っておらず握り飯ひとつ差し出す。
その隙に片山は大門に行き、会所に通報する。 そして会所の者が警察に走って行った。
信濃は震えたまま下を向いている。(なんで指名じゃなくて、指名手配犯なのよ……違う梅乃効果じゃない……)
古峰は考えていた。
(私、こういう時はどうするんだろう……? だいたい、こういう役目は梅乃ちゃんのはずなんだけどな……) 少し、過去を思い出していた。
しばらくの膠着状態が続いていると、警察が流れ込んでくる。
しかし、人質がいるので手出しができず時間だけが過ぎていく。
男が信濃に言う。
「お前、妓女なんだから稼いでるだろ! 早く、金をよこせ!」
信濃が首を横に振り、「稼いでないのよ……」 と、呟く。
すると、梅乃や数名の妓女が何度も頷く。
そして、妓女の中から「指名ないもん……」 と、言う声が聞こえると
「誰? 今、言ったの」 信濃が反応してしまう。
「静にしろ!」 男が信濃の首に刃物を当てる。
「ちっ― 金がない女を人質にしても意味がないか」 男は信濃を蹴飛ばした。
「ふぎゃん―」 信濃は前方に飛んでいき、人質から解放されると
「古峰―」 全員が古峰の名前を叫ぶ。
「へっ? みんな、私の名前 呼ばなかったよね?」 信濃が全員の方を向くが、妓女たちは顔を背ける。
男は警察を見ると、古峰を抱え 「騒ぐな! 警察は帰れ!」 と、叫ぶ。
「あわわわ……」 男の肩に担がれた古峰は動けず、あわわわ……と声も漏らすしか出来なかった。
「何を騒いで…… ―?」 騒々しさに目が覚めた采が出てくると、光景に声が詰まる。
「お前が女将か? 金を出せよ」 男が刃物を古峰に当てる。
「あわわわ……」 古峰が震えると
「お前、地獄じゃすまさんぞ……」 采が睨む。
「このガキをやっちまうぞ―」 男が古峰の襟を掴み、持ち上げると
「金を出せ……」 采が小さな声で言うが、誰も聞き取れない。
「はい?」 梅乃が聞き直すと、
「出せ――っ」 采が大声を張り上げる。
「はいーーーーっ」 すると、何故か大声で返事をした古峰が
“シャ――ッ ” 思い切り放尿をしてしまう。
「えーーーッ??」 誰もが目を疑った。
古峰の出した尿が男の顔にかかると
「うわっー??」 男は驚き、古峰を落としてしまう。
「ふぎゃん―」 落とされた古峰が声をあげるも、急いで男から脱出すると
「いけー」 そこに警察が一気になだれ込み、男を逮捕する。
こうして強盗の容疑で連行された。
「怖かったよ~」 古峰が梅乃に抱きつくと
「あっ……」 濡れた体で抱きつかれた梅乃は固まってしまう。
そして妓女たちは梅乃から距離を取った。
どうやら古峰は、采が「出せ」と言った言葉に従っただけと言うが
出すものが違ったようだ。
こうして無事に犯人が捕まった訳だが、梅乃と小夜は濡れた畳を掃除させられていて、古峰は着替えに行ってしまう。
采は、「ちょっと匂うかもしれないな……香を焚いておきな」 そう言って部屋に戻ってしまった。
信濃が落ち着きを取り戻すと、
「ねぇ 誰が指名ないって言ったの?」 そう妓女たちに詰めていたが、誰も返事をしなかった。




