第四十九話 接近
第四十九話 接近
春になり、梅乃と小夜は十三歳になる。
“ニギニギ ” 「みんな よくな~れ」 桜が咲く樹の下、禿の三人は手を繋ぎジャンプをする。
「こうして段々と妓女に近くなっていくね~♪」 小夜はワクワクしている。
(小夜って、アッチに興味あるんだよな~) 梅乃は若干、引いている。
「そういえば、定彦さんに会いにいかない? 『色気の鬼』なんて言われているし、そろそろ習わないと……」 小夜は妓女になる為に貪欲であった。
「なら、お婆に聞かないとね。 定彦さんもお婆に聞いてからと言ってたし」
梅乃たちは三原屋に戻っていく。
「お婆~?」 梅乃が声を掛けると采は不在だった。
「菖蒲姐さん、失礼しんす」 梅乃が菖蒲の部屋に行くと、勝来と談笑をしていた。
「何? どうしたの?」 菖蒲が聞くと、
「あの……定彦さんから色気を習いたいのですが……」
(きたか……) 菖蒲と勝来は息を飲む。
「あのね、梅乃……お婆は会うのはダメと言っているのよ……」 菖蒲が説明すると、
「そうですか……」 梅乃は肩を落とす。
「理由は知らないけど、そういうことだから」
梅乃が小夜に話す。
「理由は知らないけど、お婆がダメと言ってるみたい……」
仕方なく諦めた二人は、普通の日常を送っていく。
「でも、何でダメなんでしょう?」 勝来が菖蒲に聞くと、
「何でだろう……むしろ友好的だと思っていたんだけどな……」
(なんでダメなんだろう……) 梅乃は悩んでいた。
仲の町を歩きながら考えていると、
「梅乃~」 手を振ってくる女性がいる。
「葉蝉さん……」
「梅乃、この前はありがとう……玉芳花魁の話、また聞かせてね♪ それはそうと……」 葉蝉が話し出す。 近々、葉蝉の花魁襲名があるそうだ。
「おめでとうございます」 梅乃はニコニコして頭を下げる。
「それでね、道中に参加して欲しいのよ……小松屋、禿がいないから……」
「へっ? それはマズイんじゃ……」 流石に梅乃でも分かっていた。 余所の見世の花魁道中に参加するのは良くない。
梅乃は、やんわり断る。
梅乃は三原屋に戻ってから采に小松屋の事を話す。
「へ~ お前をね~ それで断ったのかい?」 采がキセルに火をつけると、
「そりゃ、余所の見世はダメでしょ……」
「なんだい? お前でも分別できるようになったかい?」 采はケラケラと笑っていると、
(お婆……私を何だと思っているんだろう……) と、思ってしまう梅乃であった。
数日後、小松屋では葉蝉の花魁道中が行われている。
“カン カン カンッ……” 高らかに拍子木の音が響く。 そこには多くの見物人が溢れていた。
葉蝉の登場である。 高下駄を履き、外八文字であるく姿が神々しかった。
「よっ、葉蝉。 日本一!」 彼女のファンが大声を出す。
花魁襲名は、客にとっても嬉しいのである。 後に金額が高くなるのだが、『自分が育てた花魁』として嬉しいとさえ思ってしまう。
現代のアイドルを推すファンと一緒である。
「う~ん……よく見えないな~」 梅乃と小夜が見に来ていたが、背の低い二人は背伸びをしても見えていなかった。
そこに一人の見物人が目に入る。
「定彦さん」 梅乃が声を掛けると、
「梅乃ちゃん……」 定彦が驚いた表情を見せる。
「見物ですか? 葉蝉さん、綺麗ですよね……あまり見えなかったけど」 梅乃が言うと、
「なら、これならどうだい?」 定彦は、梅乃に肩車をして見せた。
「ありがとうございます。 うわ~葉蝉さん、綺麗~♪」 梅乃が喜んでいると、「私も~」 小夜まで、おねだりをしていた。
見物を済ませ、梅乃と小夜はお礼をする。
「ありがとうございます 定彦さん」
「よかったね♪ 少し、お茶でもしましょうか?」 定彦は、女性のような仕草で誘うと、三人は茶屋へ向かった。
「へ~ 定彦さん、玉芳花魁の襲名に参加したのですか?」
梅乃と小夜は目を丸くして驚いている。
「そうなんだよ~ 玉芳に誘われてね~」 そんな話をしながら時間が経っていくと、
「あっ― もう戻らないと……」 梅乃と小夜は、お礼を言い三原屋に戻っていった。
「ただいま戻りました~」 梅乃が言うと、そこには采が立っていた。
「梅乃、小夜……どこに行ってた?」
「はい……葉蝉花魁の襲名式を見てから茶屋に……」
「誰とだい?」 「定彦さんです。 肩車で道中をみせてくれて、それから……」 梅乃が答えると、
「あんまり定彦とは関わるな……玉芳もそうだったが、陰間にはいい話を聞かないんだよ」 采は厳しく伝え、奥に行ってしまった。
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「どうだった? 梅乃は……」
「うん、可愛い子だったね」 定彦が答える。
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翌日、梅乃は岡田と往診を再開させる。 赤岩の死の悲しみも癒え、ようやくの再開だった。
「では、往診を始めます。 一列に並んでくださーい」 梅乃が声をあげると、妓女が一列に並ぶ。
この日、小松屋の往診だった。
「よし よし……これは虫だな……先生、軟膏をください」 梅乃が言うと、岡田が軟膏を渡す。 息もピッタリだった。
「次は……」 梅乃が顔を上げると、葉蝉が立っていた。
「葉蝉花魁、襲名おめでとうございます。 凄く綺麗でした」 梅乃がニコニコしていると、
「ありがとう。 来てくれたのね」 葉蝉も笑顔を出す。 これを見ていた小松崎は (葉蝉が笑顔なんて……やっぱり梅乃ちゃんは凄いな~) と、感心していた。
往診が終わり、三原屋に戻っている時に梅乃が大門に目を向ける。
定彦が屈んで何かを探しているところに、
「あれ、定彦さん……どうしました?」 梅乃が声を掛ける。
「あぁ、梅乃ちゃんか……髪止めを落としたみたいで探しているんだ……」
「私も探しますね」 梅乃は屈んで探すと
「あった♪」 梅乃が拾い、定彦に渡す。
「ありがとう、梅乃ちゃん。 よかったらウチに来るかい? お茶でも出すよ」 定彦は笑顔で言うと、
(あれ? 誰かに似てる……) 梅乃が目をパチパチさせると、
「梅乃― 帰るぞ」 岡田が声を掛ける。
「はーい♪ 定彦さん、ありがとうございます。 また今度―」 梅乃が頭を下げて三原屋に戻っていく。
「お前、陰間とも仲良いんだな?」 岡田は驚いていた。
「玉芳花魁の頃から縁があったみたいです」 梅乃が話していると、
「お前、また定彦と会ったのかい?」 采が口を挟んできた。
梅乃は偶然に会っただけと説明したが、采の顔色は晴れなかった。
(なんか、お婆は定彦さんを気にしているよな……)
それから定彦と梅乃が会うことはなく時間は過ぎていった。
「古峰~ 買い物~」 妓女が古峰に言うと、
「わ わかりました、姐さん」 古峰が茶屋まで足を急がせると、
(あれ? 定彦さんだ…… 何をしているんだろう?)
古峰は足を止め、しばらく様子を見てみると
一人の女性が定彦に声を掛ける。
(陰間が二人か……) 古峰は納得したようで、足を進めて定彦の横を通る。
定彦は古峰をチラッと見た程度で顔を覚えていなかったが、古峰は記憶力や洞察力が良かったので覚えていた。
そして古峰は横目でチラッと定彦を見ると、
(あれ? 定彦さんが二人? それと、みたことある顔……) そう思ったのだが、思い出せずに買い物に向かった。
それから古峰は考えている。 (どこかで見たことある顔……)
梅乃が定彦との接触が無くなり、采も穏やかに過ごしていると、ある悩みが浮上してきた。
三原屋の花魁の問題である。
玉芳の引退から三年、三原屋には花魁が不在だった。 中級妓女が四人で、残るは一般妓女である。
小松屋が葉蝉を花魁に襲名させ、人気をあげている。
采は頭を悩ませていた。
(そろそろ決めないと……)
現在の候補は二人。 菖蒲と勝来であるが、二人とも爆発的なアピールが足りなかった。 菖蒲にしては真面目で誰からも一目置かれているが、妓女としては疑問がついてしまう。
勝来は武家の娘であり、話題性や冷静さと知力が頭ひとつ抜けている。 ただ十七歳であり、花魁として見世を引っ張っていけるかといえば難しい……
花魁とは見世の看板であり、今後を左右するものだ。
以前に文衛門が梅乃と小夜に聞いた時、小夜は信濃で梅乃は勝来と言っていた。 その言葉は聞き入れてきたが、采も揺らぎ始めていた。
采は手紙を書く。 相手は玉芳である。
その数日後、玉芳が吉原にやってきた。
「玉芳、すまんね……」 采が小さい声で言うと、
「何よ……改まって。 どうしたのよ?」
「今後の、花魁の話なんだ……」
「あ~ 誰にしたらいいか?ってこと?」 玉芳が聞くと、采は静に頷いた。
「お婆は誰にしたいのよ?」 「いない……」
「はい?」 「私には、お前以上の花魁は出ないと思っているんだ……」
采は完全に弱気になっていた。
「まったく……」 玉芳はため息をつく。
「そう言えば、お前……金の扇子はどうした?」 采が唐突に聞くと、
「家に飾ってあるわよ……あれが欲しくて頑張ったんだから」 玉芳が笑う。
金の扇子は、昔に采が妓女の時に使っていた物であり、玉芳が花魁になった時にプレゼントした扇子のことである。
「また、やってみるかな……」 采が言葉を漏らすと、
「いいんじゃない? 梅乃とか食いつきそう」 玉芳が笑いながら言う。
「それはそうと、最近……梅乃が定彦に興味を持ってさ……」
「へー いいじゃない♪ 色気の師匠だし」
「そうなんだけどさ……ちょっと私の直感が「止めろ」と言うんだよ」
采の言葉に玉芳の顔つきが変わる。
「何か聞いたの?」 玉芳が食い気味に聞くと、
「いや、何も……」
玉芳と采は密会のように話していく。 もちろん三原屋では話せないことであり、茶屋での会話だったが
「ちょっと拾ってから帰るわ」 玉芳は茶屋を出る。
その後、玉芳は河岸見世の周辺をウロウロするが何も情報を得られずにいた。
(普通、そう簡単には情報って入らないわよね……梅乃って、どうやっているのかしら……?)
結局、ウロウロするが何もなく帰ることになった。
それを陰から定彦は見ていた。
(玉芳……)




