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第四十七話 遊女の未来

 第四十七話    遊女の未来



 明治六年 三月。 政府の役人が礼状を持ってきた。

 「去年の秋にお達しが来ているはずだ。 妓女を全員解放するように」



 「はぁ……」 文衛門は肩を落とす。


 明治五年の終わり、政府からの通知が来ていた。

 日本は外国の政策に習い、遊女の人身売買の規制などを目的とした『げい娼妓しょうぎ解放かいほうれい』が発令される。


 遊女屋は「かし座敷ざしき」と改名される。 そして多くの妓女は三原屋を出て行くことになる。



 妓女のほとんどが「女衒」や「口減らし」を通して妓楼へやって来ているからだ。


 そういった妓女を対象に解放をしなくてはならない。



 三原屋では妓女の全員と古峰が対象となる。 梅乃と小夜は捨て子であり、三原屋で育っているからおとがめめはない。



 再三の通告を無視し続けていた吉原にメスが入った形だ。



 「お婆……私たち、どうすれば……」 勝来と菖蒲が聞きにくると、

 「ううぅぅ……」 采は悩んでいる。


 妓女たちも不安そうな顔している。



 「ちょっと待っててください」 梅乃は勢いよく三原屋を飛び出す。


 「どこ行ったんだ?」 全員がポカンとしている。



 梅乃は長岡屋に来ていた。

 「すみません……今回の礼状が来たのですが」


 「それな……ウチも困っているんだよ」 長岡屋の主人も困っていた。



 「それなら、良い案があるよ」 喜久乃がやってくる。

 「喜久乃花魁……さすがです♪」 梅乃は喜び、耳を傾けると


 「政府と戦おう!」 喜久乃は拳を高々とあげる。



 「あぁぁぁ……」 残念そうな声と共に、白い目が喜久乃に降り注ぐ。

 「あれ? ダメ?」 



 どうも喜久乃は拳で何とかしたい性質らしい。 梅乃の服が肩下までずり落ちる。


 「はっ―」 梅乃が何かひらめいた。


 「なんだい? 喜久乃よりマシな案かな?」 長岡屋の主人は期待する。

 「なんでよ……」 少々、不満そうな喜久乃が呟く。



 「これって、形だけ解放して自分で志願したようにすればいいのでは……」

 梅乃の意見は的を得ていた。



 ちょっと三原屋に戻ります。 梅乃は慌てて戻っていく。


 「お婆―、良い案ありました」 梅乃が玄関から大声を出すと、そこには大勢の妓女が身支度をしていた。



 「なんだい? 良い案って……」 采の表情は暗く、ただ聞くだけの姿だった。



 「みなさん、少しだけの荷物を持って大門に向かうのです。 会所で解放の手続きをして、また三原屋に戻ってくればいいんですよ。 そうすれば自分から働きに来たので問題にならないと思うんです」



 梅乃の提案は見事に当たった。


 妓女は会所で手続きをし、その足で三原屋に戻っていった。

 もちろん、政府向けの行動であり年季証文などはそのままである。



 「梅乃~ よくやった!」 三原屋では営業は休み。 そして豪華な食事が振る舞われた。


 「おいしい~♪」 古峰は、一番に手続きをして戻ってきている。 その料理の美味しさに驚いていた。


 禿や妓女は朝の少しの食事と、夜は宴席で貰う料理と余り物しか食べていない。

 このような食事は初めてと言っていいくらいだった。



 続々と妓女が帰ってくる。 しかし、数名は戻ってこなかった。


 「姐さん……」 梅乃は心配になり、大門まで向かった。

 「梅乃~」 そこに小夜と古峰がやってくる。



 「来ないね……」 しばらく待ったが、妓女は戻ってこなかった。


 それを采に伝えると、「仕方ないよ、制度があって自由になったんだ。 それ以上は出来ないさ……」 采が寂しそうな顔をする。



 翌日、妓女が帰ってきた。

 「すみません……結局、出ても行くところなんかありません。 ここに置いてください……」 妓女は頭を下げる。



 「ほら、早く入りな。 今日も忙しくなるよ」 采は笑顔を見せる。 妓女も心が軽くなったようだ。



 このやり方は吉原全体に話しが届き、他の見世も真似をしていく。


 そこに長岡屋の主人がやってくると、

 「いや~ 梅乃ちゃん、大活躍でしたね~」 ご機嫌になった主人が文衛門に話していた。


 こうして吉原は今まで通りの営業に戻っていく。 妓女は手続きをし、大門を出ずに見世に戻っていった。



 中には、「ここで働かせてもらえませんか?」 と、小見世の妓女が三原屋に来るが

 「さすがに……」 困った顔をする文衛門。



 「一応、話してみようか?」 そう言って小見世まで出向き、見世の鞍替えを打診する。 もちろん年季証文などを確認して値段の交渉もしていく。



 そうすると、「私なんかどうです?」 自らを売り込みに来る者がいた。

 喜久乃である。 


 (何しに来たんだろう……?) 梅乃は不思議に思ったが、当然ながら暇つぶしだった。



 「本当に買ったら、いくらになるやら……長岡屋との付き合いも終わるよ」

 そんな文衛門の本音まで飛び出し、喜久乃を帰す。



 解放から三日が経った。

 しかし、二人の妓女が戻らなかった。


 「姐さん、今頃なにをしているんだろう……」 梅乃は窓からお歯黒ドブの外を見ている。



 「あれ? 姐さん…… 小夜―」 梅乃が大声で小夜を呼ぶ。

 「どしたの?」 小夜が二階の部屋に来ると

 「あれ! 緑山姐さんじゃない?」 梅乃が指さす。


 緑山とは三原屋で妓女をしていた二十六歳の妓女である。 緑山はお歯黒ドブの外側を歩いている。


 「なんか着物も汚いし、緑山姐さんじゃないんじゃない?」 小夜が言うと、

 「でも、帯は前結びで吉原の妓女じゃない?」 



 「梅乃、小夜、何しているの?」 菖蒲が入ってくる。

 「菖蒲姐さん、あれ緑山姐さんじゃない?」


 「どれ? なんか、それっぽいけど……」 菖蒲は、ずっと見ている。


 「なんで戻らなかったんだろ……」 


 「やっぱり、吉原から出たかったんだろうね……誰でも憧れるでしょう」

 菖蒲は、しんみりと話し出す。


 「みんなそうなんだね……」 小夜が小さな声を出すと、

 「菖蒲姐さんも、外に憧れる?」 梅乃が聞く。



 「私は、玉芳花魁に憧れて芸者から三原屋に来たんだよ……お婆だって優しいし、此処が好きなんだ。 憧れないわよ」 菖蒲の玉芳愛は相当だった。



 「あら、菖蒲は優秀ね♪」 襖が開いていたせいか、物音もせずに花緒も入ってきた。



 「花緒姐さん……」 

 「どれどれ……あれが緑山か……むしろを持っているってことは、夜鷹に成り下がったみたいだね……」



 夜鷹とは、売女ばいたの最下層である。 揚代は二十四文、現代で換算すると三百五十円程度である。 当時で、そば一杯ほどの値段であった。



 夜鷹は寝屋などは持たずに橋の下などでムシロやゴザを敷いて行為をする。


 中には六十歳過ぎても夜鷹をする者もいたりする。

 不衛生であり、病気持ちも多い。



 吉原で働いていれば揚代などで二十万以上はかかる。 もちろん年季が明けていなければ見世が大半を持っていくが、風呂や衣服なども提供される。


 それでも自由を求めて吉原を出る者の末路なのかもしれない。

 幼き日より吉原で育っていると、外の世界を知らない。 これにより社会から排除され、こうなってしまう者も少なくない。



 「なんか切ないね……今回、梅乃の提案がなかったら私たちもそうなってたのかも……」 花緒の言葉は、なんとも やりきれない言葉だった。



 後に各妓楼でも戻らない妓女がいたそうだ。

 「また、妓女を探さないとな……」 そんな妓楼主の嘆きも毎日のように飛び交っていく。



 江戸時代後期から東京になっても女性比率は男性の半分であった。

 貨幣価値が下がり、出稼ぎ労働者の多い東京は人が溢れている。 しかし女性が少ないうえに、わざわざ自ら妓女を志願するものなどいない。



 妓楼主は頭を抱える日々だった。


 周りの妓楼から比べ、三原屋から離脱した妓女は二人である。 不幸中の幸いであろう。 さらに禿の三人が控えていることが大きい。


 これも全て、玉芳の功績と言っても過言ではない。 「禿を叩くな」など当たり前の事が出来ていない三原屋や吉原に、新しい風を吹かしたのだ。



 「まだ私は大丈夫かしら……」 ここに解放令から足早に帰ってきた妓女がいる。 信濃だ。 妓女の最高齢である信濃は、会所に向かう時に手ぶらだった。 そもそも出る気ゼロのまま手続きに行っていたのだ。



 そして、目立たぬように小さくなって過ごしている。 もし、何か発言でもしようなら

 「お前、まだいたのかい? 小見世にでも売ろうか……」などと言われては大変だからだ。



 そこに采が声を出す。

 「おい、信濃……」


  “ビクッ―”  「あ……はい……」 怯えながら返事をすると、


 「古峰と買い物してきておくれ」 采がメモを渡す。



 「は、はい―」 信濃はホッとしながら背筋を伸ばし、返事をすると

 「??」 采は不思議そうな顔をしていた。



 「し 信濃姐さん、良かった♪」 古峰が言うと

 「古峰……」


 「信濃姐さんの教え方が好きと、お婆に話したからかな? ニコニコしてたし……」 古峰が話すと、


 「古峰~」 信濃は古峰に抱きついた。



 この勧告により、中見世と小見世の閉鎖が相次いだ。 やはり古い習慣があった妓楼は戻ってくる妓女が少なかったのだ。



 梅乃が近江屋の閉鎖の噂を耳にする。 以前に静という禿と仲良くなった妓楼である。 玉芳が口を挟み、喧嘩沙汰になった光華というトップ妓女が在籍していた中見世である。



 「静ちゃん、大丈夫かな……」 梅乃と小夜は、近江屋まで向かう。


 「ごめんください……」 梅乃は臆することなく声を出すが、返事がない。


 梅乃が玄関を開けようとすると、

 「まずいんじゃない?」 小夜が止める。 他の妓楼に関わるなと言われているのに、梅乃の行動にビビってしまう小夜であった。


 「ちょっとだけだって」 梅乃は玄関を開けてしまう。


 「マズイよ~」 小夜は注意をするも、中を覗いてしまうと



 「うげっ―」 梅乃と小夜が腰を抜かしてしまう。

 そこには廃業した近江屋に妓楼主が首を吊っていたのだ。



 「あわわわ……」 梅乃が黙って扉を閉めると、

  “パシッ―” 小夜は梅乃の頭を叩いた。


 「だから余計なことをするなって言ったのに~」 小夜は涙目で梅乃を叱った。


 (流石に申し訳なく感じる……)

 梅乃が頭を差し出し、何度も叩いた小夜であった。


 その後、采に報告をしてから会所に報告をする。

 当然ながら梅乃と小夜は采から叱られ、その日の夕飯がなく

 「お腹すいた~」 布団の中、お腹を鳴らしていた。



 翌日、朝食が出ると “ガッ ガッ―”と流し込む。 これには古峰も苦笑いをしていた。


 昼見世が終わり、散歩に出ようとすると

 「梅乃、ここに座っておきな」 采が遣り手の席を指さす。


 『シュン……』 梅乃は半泣きで待機させられてしまった。 



 小夜が散歩に出ると、「静ちゃん―」 走っていく。


 「あ、小夜ちゃん」 静が笑顔で応えると、「静ちゃん、近江屋が……」

 「うん、潰れちゃった…… でもね、長岡屋で拾ってもらったんだ~」


 静は満面の笑みだった。

 長岡屋なら、喜久乃花魁がいるから安心と思っていると


 「なんだ? 小夜かい?」 喜久乃がやってくる。

 「こんにちは、喜久乃花魁」 小夜が挨拶をすると


 「あれ、知り合い?」 「うん♪ 素敵な花魁の所で安心したよ~♪」 小夜は笑顔になる。


 「上手いこと言うな~ お茶でもしようか?」

 喜久乃が誘うと、喜んでいる小夜と静。



 「小夜~ まだ帰ってこないの~?」 一人、寂しく待機をしている梅乃であった。


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