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第四十三話 初恋

 第四十三話    初恋



 明治六年 一月。 この日から新暦となった。


 「なんか新暦って聞くと、違うね♪」 小夜と古峰はウキウキして暦表を壁に掛ける。 以前に玉芳が送ってきた紙である。



 「―ッ」 古峰は気配を察して逃げ出すが、小夜は気づかず

 「今日から新暦、心が引き締まるな~♪ って……古峰……あれ?」


 小夜が気づくと、そこには古峰ではなく采が立っていた。


 「お婆……」 小夜の額に汗が出ると、

 「お前、今まで引き締まってなかったようだな……」 采の顔がヒクヒクする。


 「いや、そんな……」 小夜は目で古峰を探すが見つからない。



 「どれ、引き締めてやろう……」 采は小夜にゲンコツを落としていた。



 「古峰、いつの間にか逃げるなんて酷いよ~」

 小夜は逃げるように仲の町を歩いていた。



 「小夜……」 声が聞こえて振り向くと

 「絢……」 小夜は小さく手振る。


 「最近、どう? まだ叩かれる?」 小夜は絢の教育係を気にしていた。


 「仕方ないよ……」


 小夜は、鳳仙がいた頃の絢から笑顔が少なくなっていくのを気にかけていた。



 そこに一人の若者が小夜と絢に話しかける。

 「君たち、仲がいいね♪ 吉原の禿かい?」


 見た感じでは十六歳くらいの爽やかな青年だった。 どう見ても客になるイメージではなく、青い着物を着て大人しそうな若者の姿に


 「ぽ~っ」 となってしまう小夜であった。



 「お兄さん、買いにきたの?」 絢が口を開く。

 「う~ん……」 青年は首を傾げる。


 「それなら鳳仙楼にでも……」 絢が客引きを始めると、

 「いえ、それなら三原屋でも……」 小夜も負けじと勧誘を始める。



 「いや、その……」 青年は困ってしまう。


 その後、青年は市場調査に来ていた事を説明する。 青年の父親が吉原で見世を出そうかと下見に来ていたのである。



 小夜は、昼見世が終わると外に駆け出していく。 青年を探していたのである。

 (いるかな~?)


 キョロキョロとして仲の町を歩く。 そのまま奥に進んでいくと水道尻まで来てしまった。


 「う~ん……今日はダメかな」 落ち込んだ様子で九朗助稲荷にお願いを始める。


 「あの人に会えますように……」 小夜は小さい声で手を合わせると

 「小夜……」 そこに絢がやってきて声を掛けた。



 「何のお願いしていたの? 結構な時間だったよね?」

 絢はニヤニヤしている。


 「み、みんな良くなるようにだよ……」


 「そう? なんか、そう見えなかったから~」 絢は感づいていながらも、小夜を揶揄っている。



 「今日はここに居たんだね」 小夜が会いたいと思っていた青年が現れる。

 青年がニコッとすると、小夜は九朗助稲荷に手を合わせる。



 (またやるの……?) 絢は目が点になっていた。


 少し話していると、青年が自己紹介をする。

 「僕の名前は、本多ほんだ 喜八郎きはちろうと言うんだ。 よろしくね」 爽やかな笑顔をする喜八郎に、小夜は見惚れてしまう。


 「私、絢……よろしくね♪」 絢はニコニコして自己紹介をする。


 「わ、私、小夜……」 小夜は気恥ずかしさから下を向いて、聞こえるか分からないくらいの声で自己紹介をした。


 その姿を見た絢が、『ニッ……』 少し悪い顔になっていた。



 「あっ―、私、用事あったんだ~」 絢は、そう言って走って行ってしまう。


 「絢―っ」 小夜が驚き、声を出したが絢は行ってしまった。

 (二人きりで、何を話したらいいのよ……)


 会いたいと九朗助稲荷に手を合わせた割に、消極的な小夜である。


 それから小夜と喜八郎は話しをする。 喜八郎は父親の市場調査が終わるまで時間があって、その時間を小夜と会話を楽しんでいた。



 そして小夜が三原屋に戻っても、『ポ~ッ』としていた。


 「さ 小夜ちゃん、何かあったの?」 古峰が心配していると、

 小夜は無言で彷徨う様に三原屋をウロウロしていく。



 「小夜……?」 これには梅乃も首を傾げていた。



 「う 梅乃ちゃん……小夜ちゃん、大丈夫かな?」 たまらず古峰が話しかけると


 「あれは……恋だな」 梅乃の直感が冴える。

 「恋……」 まだ、経験のない古峰は小夜を見つめていた。



 「小夜、買い物に行ってきておくれ」 采が紙をヒラヒラさせると、


 「はぁ……」 小夜は遠くを見つめてボーッとしている。

 「小夜―ッ」 采が怒鳴る。


 「は、はいーっ」 小夜の背筋が伸び、慌てて買い物に向かった。



 「なんだい? どうなっているんだい?」 采が首を傾げると、

 「恋です……いい男がいたんでしょうね~」 梅乃がニヤリとして説明をする。


 「恋? 小夜がかい?」

 「小夜、意外にもマセているんですよ」 梅乃が説明すると、


 「そうかい……まだ、馬の来ていないお前には分からないもんな~」

 采が馬鹿にしたように話す。



 「ぐっ……」 押し黙る梅乃であった。



 「ただ、恋をするというのは妓女としては問題なんだよ……」 采が小さく話し出す。


 「問題……?」 梅乃は、采を見つめると、


 「そりゃそうさ……恋をすると、その男だけを想ってしまう……その中で、他の男から指名を貰っても雑になってしまうものさ。 そんな妓女が稼げるようにはならないからな……」 采が説明していると、一人の妓女が頭に浮かんでしまう。



 それは蘭である。

 蘭は田野丞という歌舞伎役者に恋をした。 田野丞は他の妓女とも遊ぶことが多く、その度に蘭が癇癪かんしゃくを起こしていた。


 最後は割り切れたものの、その時期には多くの客を失っていった。 客を失ったと同時に、妓女の価値がなくなったのと同じになってしまう。

 後に、蘭は中見世に売り飛ばされていった。



 中には足抜をしたり、叶わぬ恋と知り心中をしたりする。 そんな色恋を売る仕事で妓女はスレスレの駆け引きをしなくてはならないのだ。



 『惚れるな! 惚れさせろ!』の哲学である。



 梅乃には恋の経験はない。 純粋に育っている分、趣味や興味が沸くことが多いが、まだ安心といえるものであった。


 むしろ、恋というなれば、医学になっているだろう。 まだ子供ではあるが、いずれは妓女となる身……覚悟は持っていなくてはならない。



 「ふう……」 采は悩んでいる。 顔に似合わず、小夜の心の成長スピードが速かったことに。



 小夜は午後になると一人で出掛けてしまう。 喜八郎を探していた。


 そこに梅乃がやってくる。

 「小夜……何しているの?」

 「―っ」 小夜は驚きと、少し梅乃と距離を開けていく。



 「……?」 梅乃が違和感を抱く。


 「梅乃こそ、何をしているのよ?」 小夜は悟られまいと誤魔化すように言うと、


 「いや……なんか小夜が一人で行動なんて珍しいからさ……普段だったら話してくれるのに~」


 梅乃は少し膨れたような顔をする。


 「たまにはいいじゃない……それに、梅乃がいると……ハッ―」

 小夜は言いかけた言葉を飲み込む。 これには梅乃も困った様子を見せ、



 「わかった……邪魔なら言ってね。 先に戻るよ」 梅乃が三原屋に戻ると小夜は悲しい気持ちになっていく。 これは梅乃も同じだった。



 少し時間が経ち、小夜は三原屋に戻ってきた。

 喜八郎とは会えなかったようだ。



 「おかえり~」 古峰が出迎えると、小夜はキョロキョロする。


 「ど どうしたの? 小夜ちゃん……」 

 「梅乃は?」 「か 勝来姐さんの手伝いをしてるよ」 古峰は二階を指さす。


 (ホッ……) 小夜が息を漏らすと、古峰が


 「さ 小夜ちゃん……梅乃ちゃんと何かあったの?」 いきなり言われた小夜がドキッとする。


 「な、なんにもないよ」 アタフタする小夜に、

 「なんか最近、梅乃ちゃんを避けているように見えるんだ……気のせいならって思ったけど……」


 古峰は両親の機嫌を損ねないように生きてきたせいか、よく観察をしていた。 これは小夜もよく知っていて、観念したように話し出す。



 「あのね……最近、いいな~って想う人が出来たの。 たまに話すんだけどさ、そんな気持ちになったから言い出せなくて……」 


 「うん……」 聞き入る古峰。


 「それでね、特に姉妹のようにしてきた梅乃には気恥ずかしくてさ……」

 小夜は恥ずかしそうに話していたが、古峰の観察眼は鋭かった。


 「と 取られたくないんだよね?」 古峰が小さな声で言うと、小夜の動揺が大きくなる。


 「なんで?」 つい、そこから問いの言葉が出たか小夜自身も分からなかったが、


 「なんか、小夜ちゃん……梅乃ちゃんにだけ会わせたくなさそう……」

 「……」 小夜は否定できなかった。



 しばらく悩んだ末、小夜は観念したように口を開く。


 「梅乃は……誰からも人気で、誰とでも仲良くできるじゃない。 でも、私には出来なくて、いつも梅乃の後ろを歩いている女の子と思われているの」


 「……」 古峰は黙って聞いている。


 「好きな人が出来て、やっと自分から話しに行けたのに梅乃と一緒にいて…… もし、その人が梅乃を好きになったら……って思うと怖くて」


 「それで梅乃ちゃんを避けたんだね」 古峰は納得いった。 古峰も梅乃は特別と思っている。 この事には小夜の気持ちが理解できていた。



 「やっぱり、私はダメな女だ……」 小夜は涙を浮かべる。


 そこに梅乃が下に降りてきた。


 小夜の涙が梅乃の心を刺激すると、梅乃は言葉も掛けずに張り部屋の掃除に向かってしまった。


 何故、小夜から避けられたのか理由も知らない。 ただ避けられているという感覚から話しかけられずにいたのだ。



 その日、梅乃と小夜は話をしなかった。

 この時、お互いに意識をしすぎて余計に心がギクシャクしていく。

 それを見ていた采は、 「……」 何も言葉を掛けることもしなかった。


 采は分かってはいるが、姉妹として暮らしてきた分、時間が解決すると思ったからだ。



 翌日、赤岩の往診に梅乃が同行する。 小夜は古峰と掃除を頑張っていた。


 「梅乃……小夜と何かあったの?」 赤岩が聞いてくる。 梅乃は、困った顔をして、


 「分からないんです…… なんでか小夜が私を避けるので、私も遠慮しちゃって……」 

 梅乃は暗い表情を見せると、赤岩がクスッと笑う。


 「なんで笑ったのです?」 梅乃が聞くと、

 「思春期だな~って」 赤岩がニコニコしている。


 「思春期? なにそれ?」 梅乃がキョトンとすると、

 「梅乃はまだみたいだね……見た目は梅乃の方が思春期が早そうだったが、小夜の方が早いなんてね~」



 梅乃には赤岩の言葉が理解できていなかった。



 往診を終え、三原屋の戻ろうとする時、梅乃が小夜を見かける。

 小夜は喜八郎と一緒だった。



 「小夜……」 梅乃は、小夜の初恋を見てしまった。


 しばらく見ていると、小夜が梅乃に気づく。 その様子は気まずそうにしている姿で、梅乃も気まずくなって視線を逸らした。



 「梅乃……これが思春期なんだよ」 赤岩が微笑むと、

 「そっか……」 梅乃はニカッと微笑む。 そして梅乃は赤岩の腕にそっと手を回した。



 夜、酒席から出た梅乃と小夜は無言で布団に入った。

 しばらくして眠れない二人は布団の中でソワソワしている。


 すると、小夜が梅乃に話しかけ 

 「ねぇ、梅乃……今日、そっちで寝ていい?」


 「うん? 小夜、コッチで寝たいの?」 梅乃が驚くと

 「うん、ダメ?」 小夜が梅乃を見つめる。


 「いいよ。 じゃ、交換ね」 梅乃が立ち上がろうとすると、小夜がクスッと笑う。


 「??」 梅乃が首を傾げると、

 「そっちって、交換の事じゃないよ! 久しぶりに一緒に寝ようよ」 


 「あ~ うん♪」 梅乃は本気で勘違いをしていた。

 小夜は梅乃の布団に入り、「今までゴメン……」 そう言って、梅乃の手を握った。


 「じゃ、そっちが空いてるから私も……」 空いた小夜の布団に、古峰が入っていく。


 「小夜、うまくいくといいね……」 梅乃は、そう言ってから深い眠りに落ちていった。



 数日後、三原屋では噂になっていた。


 「ね~江戸町二丁目が騒がしいのよね……」 一人の妓女が口にすると、


 「そうなの! 聞いた話だと、大見世が出来るみたいよ」 そんな話に花が咲く。



 これは小松屋が大見世に昇格したことだった。 そして、以前に小松屋が使用していた見世は、喜八郎の父親が新しく見世をオープンさせることになったのである。



 梅乃と小夜、古峰の三人は工事中の小松屋を見にきていた。

 「今度、小松屋さんが大見世なんだね~」


 そんな話をしていると、小松崎がやってきた。


 「こんにちは。 嬢ちゃんたち……梅乃ちゃんも元気そうだね」 小松崎はニコニコしている。



 「おじさん、おめでとうございます」 梅乃もニコニコして小松崎に話す。


 「これも、みんなのおかげだよ。 これからも仲良くしてな。 それとさ……おじさんも仲間に入れてくれないか?」 小松崎が言うと、梅乃が不思議そうな顔をする。


 「ほら、手を繋いで……三人でやってたやつ」 小松崎は、以前に仲の町で見たニギニギをやりたかったようだ。


 禿の三人はクスクスと笑い、小松崎を入れた四人で手を繋ぐ。



 「みんな、よくな~れ」 梅乃の言葉で、ニギニギをする。

 「よかった~ 仲間に入れて欲しかったんだよ~」 小松崎はご機嫌だった。



 梅乃たちはご機嫌で三原屋に戻ってくると、中が騒々しかった。

 「どうしたんですか?」 梅乃が駆け寄ると、赤岩が部屋の前で倒れていた。


 「梅乃、どこ行っていたんだい。 さっさと赤岩を寝かせてやりな」 采が言うと、全員で赤岩を部屋に運び、布団に寝かせると



 「先生……」 梅乃の顔が蒼白になっていった。


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