第三十八話 逆襲
第三十八話 逆襲
「こんにちは~」 梅乃が挨拶をする。
この日は赤岩と往診に出ていた。
「あ~ 梅乃ちゃん、いらっしゃい。 先生もありがとうございます」
そう言って、妓楼の中に入れてくれたのは小松崎である。
以前、大量の足抜により頭を抱えていた『小松屋』の店主である。
梅乃の活躍によって足抜は無くなり、見世を維持できていた。
そんな小松屋が三原屋に往診を依頼してきていたのである。
赤岩と梅乃が大部屋に入ると
「一列に並んでくださーい」 梅乃は早速、妓女並ばせる。
(すっかり手慣れたもんだな……) 赤岩がクスッと笑う。
「では、始めます」 赤岩が言うと、梅乃が妓女の服の下を確認していく。
「異常なし……こちらも異常なし」 梅乃のチェックは回を重ねる毎に早く、そして正確になっていた。
その時、
「ん? これは……」 梅乃が悩み出す。
「梅乃、どうかしたの?」 赤岩が声を掛ける。
「先生、コレなんですが見たことないのがあります……」
「どれどれ?」 赤岩が見ると、妓女な身体にはアザとは違う青緑がかった模様が出ていた。
「これ、何だったかな……?」 赤岩が考えていると、
「もしかして、緑膿菌ですか?」 梅乃が言う。
赤岩は絶句する。
何年も医者をやってきている赤岩より、梅乃の方が早くに言葉にしたからだ。
「梅乃ちゃん、どうしてこれを……?」
「へへっ 先生の本を読んでました」 梅乃が鼻の下をこすって笑う。
(なんて子だよ……)
「それで、どう対処するんだっけ?」 赤岩が聞くと、
「とりあえず栄養のあるものを食べて、免疫を高めるとか……」
「そうか……」 これでは梅乃の方が先生になっているようだ。
緑膿菌は傷口などから発生する感染症である。
現代と比べて衛生的に悪かった時代、感染する者は多かった。
しかし、明確な治療が無かった為、『栄養を摂る』しかなかった。
こうして小松屋の診察が終わった。
「先生……ありがとうございます。 それと、梅乃ちゃん……前もそうだが、本当に世話になっているね。 ありがとう」 小松崎は梅乃の手を握って感謝していた。
小松崎は、お茶や茶菓子を赤岩と梅乃に出す。
「すみません。 わざわざ……」 赤岩が頭を下げる。
「いただきます」 梅乃はパクパクと食べ出した。
「梅乃ちゃん、本当に世話になったね~ こうして見世の主を続けられるのは梅乃ちゃんのおかげだよ」 小松崎が梅乃を笑顔で見ると、
「以前に、梅乃と関わりがあったんですか?」 赤岩が聞く。
「はい。 足抜が連続であったのです……その主導者がウチの若い衆だったのですが、梅乃ちゃんが見破って教えてくれたんですよ~」
小松崎は嬉しそうに話す。
(この子は、どんな力を秘めているんだ……いくら何でも、他の見世にも影響がありすぎる……)
赤岩が梅乃を横目で見る。
見た感じでは普通の女の子だ。 普通の禿と比べて行動は突飛であるが、決して害を与えない。 むしろ関わる全ての人を幸せにしていると感じていた。
そこで小松崎が梅乃に話す。
「おじさん、もっと吉原で活躍したいのだが……いい案はあるかい?」
「う~ん……わかりません……」 この返答は普通の子であった。
「そっか……吉原で活躍すれば、世話になった会所の人や梅乃ちゃんに恩返しが出来ると思ってね……」
そう言った小松崎は、下を向いてしまった。
すると梅乃が立ち上がり、妓女を見る。
「もう大丈夫ですよ。 おじさんなら大丈夫」
梅乃が微笑む。
その笑顔を見た小松崎は、心が洗われたかのような顔をしていた。
(梅乃って凄いな……) 赤岩は梅乃を『奇跡の子』と思えていた。
その後、小松崎の快進撃が始まる。
順調に売り上げを出し、小見世に落ちる危機だった小松屋が中見世のトップクラスまでの規模を持つようになっていく。
ある日、梅乃が千堂屋で買い物をしていると
「梅乃ちゃん……」と声を掛けてくる。 小松崎だ。
「こんにちは」 梅乃が頭を下げる。
「よかったら一緒にお茶を飲まないかい?」 小松崎が梅乃を誘う。
「ありがとうございます」 梅乃はご馳走になった。
「梅乃ちゃんが居てくれたから……」 小松崎が梅乃に言うと、
「……」 梅乃は黙ってしまう。
「どうしたんだい?」
「……」 梅乃は言葉を探している。
好意にされるのが嫌な訳じゃない。 たた、一介の禿が贔屓にされていいものだろうか…… そんな事が頭を駆け巡らせていた。
「すみません。 私がこんな風にされて嬉しいのですが、三原屋には小夜や古峰がいます。 私だけ……って訳にもいかないので、失礼しんす……」
そう言って、梅乃は千堂屋を後にした。
小松崎は黙って見るしかなかった。
数日後、梅乃たち禿が仲の町で手をつないで “ニギニギ ”をしている。
それを偶然、小松崎が見かける。
「みんな、よくな~れ」 梅乃が声を上げて三人がニギニギをする。
(これは……) 小松崎は、茶屋で梅乃が贔屓にされる事を拒んだ意味を知った。
(あの子、自分だけじゃなく周りも幸せにしたいと思っていたんだ……なのに、俺は救ってくれた梅乃ちゃんだけを贔屓にしていた。 これは自分だけが幸せになればいいと思っていることと同じだ……)
小松崎は、自身を見つめなおす。
小松屋は妓女に優しく、自身には厳しくなっていった。
すると、小松屋の成長がとまらなくなっていく。
成長を遂げ、今や大見世になろうかという勢いになっていった。
そして、その中で一人の妓女が頭角を現す。
葉蝉である。
葉蝉は二十歳。 八歳から中見世で禿をしていたが、働いていた見世が小見世に降格した矢先に小松屋に売られた妓女である。
「葉蝉、ここ最近は指名が凄いな。 何かやっているのかい?」 小松崎が聞くと、
「特に何もしていませんよ。 運が良いだけでしょう……」 葉蝉が言うと、すぐに大部屋に向かっていく。
葉蝉は無口でツンとした態度の妓女である。
容姿は良く、世間を下に見るような態度が一部の客に人気がある。
実際に、花魁が初見の客には同じような態度で
客は同じような雰囲気を安く味わえるようなものだろう。
あるとき、梅乃は千堂屋で葉蝉と出くわす。
梅乃は小松屋の妓女と知っている為、頭を下げる。
すると、葉蝉は鋭い眼差しを梅乃に向けた。
(えっ? 怒ってる? 私、何かしたかな?) 梅乃は思い返すも出てこない。
そうしているうちに葉蝉は居なくなっていた。
数日、梅乃は悩んでいた。
「梅乃~ どうしたの?」 小夜が聞いてくると、
「わかんないんだよね~」 梅乃が答える。
「それの方が分かんないよ~ ちゃんと話してよ」
そして梅乃が葉蝉の事を話すと
「梅乃……あまり気にしない方がいいし、余所の見世の事ばかり考えちゃダメだよ」
小夜に諭されると、黙って頷いた。
その後、梅乃は三原屋の仕事をこなしていく。
往診以外は外に出るのも控えていく。 真面目な禿をしていたが……
「あ~ 気になる~」 そう言って大部屋でモジモジしていた。
「う 梅乃ちゃん…… お散歩に行こうよ」 古峰が梅乃を誘う。
これは小夜と古峰が相談していたことである。
少し前
「いい、古峰…… 最近、梅乃が妓楼から出てなくてストレスが溜まってきたから一緒に出てあげて。 一緒なら変な事に首を突っ込まないし、仮に首を突っ込んだら古峰が止めるのよ」
小夜は、梅乃と暮らして十二年になる。 熟知していた。
「よし、古峰……行こう」 梅乃は瞬間技のように支度を済ませる。
「早っ―」 古峰は驚いていた。
手を繋ぎ、仲の町を歩く。
昼見世が終わったばかりで客は少なくなっていた。
他の見世の妓女や禿なども散歩で気分転換している。
少ない時間を有効活用しているのだ。
そこに、また葉蝉と出くわした。
梅乃と古峰が頭を下げると、葉蝉は梅乃を睨んでいる。
「あの~ 私、何かしましたでしょうか?」 梅乃が切り出すと
(え~っ? 見張りを言われていたのに、いきなりはナシだよ~) 古峰が焦りだす。
「何もしていないよ。 ただ、貴女が羨ましいだけ……」
葉蝉は表情を変えずに言った。
「羨ましい?」 梅乃が不思議そうな顔をすると、
「私、禿の頃から玉芳花魁に憧れていたの。 余所の禿であっても、玉芳花魁は綺麗だった……」 葉蝉は、うっとりしたように話す。
それに梅乃が、「そうでしょ~♪ 吉原で一番……いや、日の本で一番素敵な花魁ですから~」 と、自分が褒められているような感じになっていた。
「子供ながらも玉芳花魁に憧れて、遠目で見ては仕草などを真似るようにしていたのよ。 でも、貴女たちは一番近くで見れて羨ましかった。 悔しくて貴女を恨むような目で見てしまったの……」
葉蝉の言葉で梅乃たちは黙ってしまった。
下を向く梅乃に、
「一番近くで見れた貴女は、花魁の勉強もせずに医者の真似事みたいな事をやって……」 怒りさえ混じった葉蝉の言葉に……
古峰は激しく同意し、何度も頷いていた。
(お前までも……) ちょっと梅乃がイラッとする。
「私は、私の知る限りでの玉芳花魁を目指すの! だから、私の邪魔をしないでね」 葉蝉がそう言ってから梅乃に背を向け、去ろうとすると
「もっと知りたいですか? 玉芳花魁のこと……」 梅乃がニヤッとすると
「よろしくお願いいたします♪」 葉蝉は梅乃に頭を下げた。
(この関係はどうなってるの? 首を突っ込むとかじゃないよね……?)
古峰は注意するとかの問題ではないと、ゴチャゴチャになった関係を整理していた。
そして梅乃が軽く玉芳の事を話すと、葉蝉はご機嫌になって帰っていった。
(これはセーフかな?) 複雑な人間模様に悩んだ十一歳の古峰である。
それからも小松屋の快進撃が続き、葉蝉も花魁の一歩手前まで来ていた。
ただ、花魁は大見世である。 まだ小松屋は中見世であり、花魁の称号が手に入らなかった。
そんな葉蝉が悩みだす。
(花魁になりたい。 このままでは、憧れの玉芳花魁になれない……)
そんな悩みを抱えた葉蝉がいる小松屋に、赤岩と梅乃がやってくる。
往診である。
「こんにちは~」 元気よく梅乃が挨拶をする。
「よく来てくれたね、梅乃ちゃん……」 小松崎が梅乃の頭を撫でる。
「では、始めます」 赤岩が言うと、診察が始まる。
梅乃は妓女を一列に並べて、衣服の下を確認していく。
すると、赤岩が俯いた。
「先生?」 慌てて赤岩に駆け寄る。
「すみません。 三原屋に伝言をお願いします」 梅乃が叫ぶと
「わかった」 小松崎が三原屋に走っていった。
梅乃は、小松屋の大部屋で赤岩を仰向けにする。
「先生、ゆっくり呼吸してください」 梅乃が言うが、赤岩は返事をしない。
「先生?」 梅乃は赤岩の衣服を脱がせ、胸の上に耳を当てる。
そして手首を持ち、脈を測る。
(このままじゃ……)
そのとき、以前に岡田が言っていた言葉を思い出す。
「すみません。枕を二つ貸していただけますか?」 梅乃が言うと
「これ、どうぞ」 持ってきたのが葉蝉である。
「ありがとうございます」 そう言って、赤岩の足首の下に枕をいれた。
しばらくして、横になっていた赤岩が目を覚ます。
「先生?」 赤岩の視界に梅乃の顔が映る。
「―っ」 慌てて起き上がる赤岩を梅乃が制止する。
「先生、ゆっくりです」
「そうだね。 またか……梅乃、すまない」 赤岩は自身の意識の確認をする。
そこに知らせを受けた片山が小松屋に入ってくる。
「先生、大丈夫ですか?」 そう言って、片山が肩を貸して三原屋に戻っていく。
「今日は、すみませんでした……」 梅乃は頭を下げ、三原屋に帰っていった。
赤岩は、部屋で横になり休んでいる。
梅乃は禿の仕事に戻っていた。
小夜は、赤岩が倒れて心配しているだろうと梅乃を見るが
(あれ? 普通の顔……)
梅乃は淡々と仕事をしていた。
これは、心配して暴走しないかと周りを見ての梅乃なりの配慮であった。
そして赤岩の体調が戻った頃、小松屋が大見世の空き物件を探している噂を耳にした。
葉蝉は玉芳に近づけるとワクワクしている。
一時は足抜ばかりだった小松屋の逆襲が始まる。




