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第三十七話 無宿

 第三十七話    宿しゅく



 明治五年、七月。 玉菊灯籠の時期がやってきた。


 「今年はどんな模様にしようかな~」 梅乃が言うと、古峰が横でソワソワしている。


 「どうしたの?」 

 「う、梅乃ちゃん……今年は私もやりたい」 古峰がソワソワしていたのは、灯籠の模様を描きたかったからだ。



 「一緒にやろう♪」 梅乃が古峰に筆を渡す。


 「おはよう。 朝から頑張ってるな~」 そう言ってきたのは片山である。


 「潤さん、おはようございます♪」 梅乃と古峰が挨拶をすると、

 「あれ? 小夜は?」 片山がキョロキョロする。


 「小夜は馬で休みながら、中で仕事してる~」 梅乃が説明すると

「そろそろ梅乃もじゃないか?」 片山が言うと、梅乃が睨む。



 「い、いや……そういう訳じゃ……」 片山は妓楼の中に逃げていった。



 「う 梅乃ちゃん……馬、まだなの?」 古峰が聞くと、梅乃は小さく頷く。


 「一緒だね♪」 そう言って古峰が抱きついた。




 古峰が灯籠の下絵を描いていく。

 「古峰、絵が上手だね~」 梅乃が横から覗き込み、古峰の才能を褒めると


 「ありがとう。 私、親からも相手にされなかったから地面に絵を描いていることばかりだったの……何か言うと叩かれたし……」


 古峰は、顔を下に向けて話している。



 「でも、これは凄い才能だよ」 灯籠の下絵を見て、梅乃は頷いていた。



 そして玉菊灯籠が始まる。


 「今日は忙しくなるからね!」 梅乃が言うと、

 「小夜ちゃん、出来るかな?」 古峰は心配している。



 「は~はっはっ。 私は大丈夫だよ」 笑顔で小夜がやってきた。


 「元気になったんだ」 古峰が笑顔になる。


 「でも、なんか機嫌が良くない?」 梅乃が不思議そうな顔をすると、


 「じゃじゃーん♪ お婆が新馬を作ってくれたんだ♪」

 小夜が、ご機嫌で着物の裾をまくると、サラシで作ってもらった新馬を見せる。


 「そんなもん、見せるなよ~」 梅乃が大声で叫ぶ。



 三原屋の前の飾り付けが済んだ三人は、大部屋で妓女の手伝いに入る。



 今回は、二階の部屋を与えられている四人も昼見世に参加することで、

 梅乃たちは中級妓女が居る二階に来ていた。



 そして、梅乃が花緒の部屋に入る。

 「花緒姐さん、失礼しんす」 花緒の部屋を開けると、

 花緒が泣いていた。



 「どうしたのですか?」 梅乃が驚き、花緒に声を掛けると


 「この玉菊灯籠の時期って、寂しくなるんだよ……」 花緒が話し出す。


 「私も二十六になるし……泣いている場合じゃないんだけどね~ 私って無宿だからさ……寂しくもなるんだよ」



 これには梅乃も共感する。


 無宿……江戸時代において、現代で言う『戸籍台帳』にあたる『しゅうもんにんべつあらためちょう』というのがある。


 そこから名前を外された者をいう。


 これは家を勘当されたり、間引き(子供が多く出来てしまい、生活が苦しくなり捨てられた子供)をされた人をさす。


 または罪人なども同じように無宿の扱いをされる場合もあるが、

 ただ、住所不定になっているだけでホームレス状態という訳ではない。



 梅乃も捨て子だった。 


 幸いなのが、梅乃と小夜は赤子の時である。

 悲しいとか、寂しいという感情もなく、気づいたら三原屋で育てられていたからだ。



 ある程度、大きくなってからの無宿は辛いものである。


 「梅乃は何歳に吉原に来たの?」 花緒が聞くと、

 「わかりません……気づいたら三原屋ここで生活をしていました。 働きだしたのは七歳だったかな……」 梅乃が話す。


 「そうなんだね……私は梅乃の年齢くらいよ。 十一歳で吉原に売られたの。 そこから親の顔も見ていないわ……」 



 (どっちがいいんだろう……? 私も親の顔を見てみたい気持ちはあるが、所詮しょせんは捨てた人……会えば、お互いに気まずいだろうな……)


 梅乃は親に会うというものに憧れはあるが、現在いまで満足している。

 泣くまで思ったことはなかった。


 「小夜も同じよね?」

 「はい。 同じ時期だそうで、誕生日も一緒にされてます」 梅乃が笑うと、


 「三原屋ここは優しいわ……」 花緒がクスッと笑う。


 十二年前、大門の前に梅乃は捨てられていた。

 四郎兵衛会所の者も困っていた時に、「よしよし……」と言って連れていったのが采だと言う。


 そのときの三原屋は中見世の頃であり、規模も小さい時だった。


 その中で梅乃や小夜を育てたのが、采と玉芳である。

 まだ花魁ではなかった玉芳は、集客と子育てを頑張ったと聞いていた。


 采と文衛門も二人を可愛がっていた。



 そんな梅乃と小夜も十二歳となったのである。


 「私、親の顔は知りませんが……玉芳花魁や、お婆だけが母親じゃないんで寂しくないんですよね~」


 「??」 これには花緒も首を傾げる。


 「お婆はアレですが、玉芳花魁も子供が居ませんでした。 そこで妊娠した妓女から乳を貰っていたとも聞いています。 だから私と小夜には沢山の母親がいるのです。 なので、寂しくなったりもしないんですよね~」


 梅乃はニカッと笑う。


 「梅乃……」 花緒は梅乃に抱きついた。



 こうして準備を済ませ、玉菊灯籠のイベントに向かう。



 昼見世の時間になり、妓女が張り部屋に入っていく。

 二階に居る妓女は、見世の前に椅子を置いてアピールをする。


 三原屋には花魁がいない。 その座をかけて競っていくのだ。


 今回、特に意識が高いのが菖蒲である。

 去年、客が取れずに泣いていたときに梅乃と小夜に助けられて初めての客が取れたからだ。


 それから菖蒲は意識を変え、確実に売り上げを上げていっている。


 そんな梅乃と小夜に感謝しつつ、今回に賭ける意気込みは凄かった。



 信濃も二十八歳。 ここで頑張らないと、小見世や河岸見世に売られてしまう。

 まさに生き残りを賭けたラストチャンスである。



 ここは吉原の大見世、采の目も厳しくなる。



 この日、朝から数多くの男性が吉原に来ていた。


 各妓楼も気合いが入っていく。


 小夜と古峰が妓女のサポートに入る。 これは外に出ている四人の妓女の負担を減らすためだ。


 四人の妓女が表に出ることで見世のアピールをする。

 そして、男性が集まれば張り部屋の妓女がアピールをしていくのだ。



 七月、暑い季節であり、禿と若い衆が大傘を持つ。 着物の妓女には厳しい暑さだ。 


 「姐さん、お水です」 禿が水を渡して飲ませる。

 こんなサポートをしながらやっていくのだ。



 吉原大門を入ると、すぐに江戸町がある。 ここは大見世が並ぶ激戦区だ。


 そこには鳳仙楼や長岡屋も入っている。

 鳳仙楼は鳳仙が引退して、花魁という者がいない。 三原屋と同じである。


 長岡屋には喜久乃という絶対的な花魁がいて、客引きにはもってこいである。


 この日、長岡屋には多くの男性が集まっていた。

 (やっぱり来たか……) 遠目で長岡屋を見ていた菖蒲が立ち上がる。



 「潤さん、花傘を……」 菖蒲が言うと、片山が妓楼の中から花傘を持ってきた。


 (姐さん?) 勝来が横目で見るが表情は変えない。


 菖蒲は手にした花傘を広げ、得意の舞踏を始める。

 そして、通る男性たちに色目を振りまいていく。 これにより男性たちから歓声が上がり、三原屋に男たちが流れていく。



 それを見ていた喜久乃が

 (菖蒲……立派になって……) 妹を見るような目をしていた。



 段々と客が増えていく三原屋は、多くの妓女が指名されて引手茶屋に向かっていく。


 夜は宴席の予約が入っている妓女も、昼間に新規の客を見つけなければならない。 みんな必死である。




 そこに乗り遅れた妓女がいた。 安子である。

 安子は菖蒲の代わりに酒宴に入り、梅毒を貰った妓女である。

 梅毒の症状は抜けたが、腿から尻にかけて痕が残ってしまった。


 いくら梅毒を克服した妓女と言えど、痕が残った妓女を買う者は少なかった。



 売り上げが低下しているものの、菖蒲の代打で入れた采には厳しいことも言えずにいた。


 これには安子自身も肩身が狭く、悩んでいる。

 (これじゃ年季も明けないよ……) そう悩んでいた時、梅乃が張り部屋に入ってきた。



 「梅乃……」 安子が驚く。


 「安子姐さん、私がさらわれた夜に探してくれたんですよね?」 梅乃が聞くと、


 「あの時、暇だったのが私だったから……しかし、寒かったのを思い出すわ~」

 安子は懐かしそうに話している。



 すると、梅乃が安子に抱きつく。


 「ありがとうございます。 安子姐さん……」

 抱きついた梅乃は、安子に囁いた。


 「私が梅毒に掛かった時だって、毎日 お前が声を掛けてくれたじゃないか…… 私こそありがとうだよ」 安子が微笑んでいると、



 「ねぇ君、子供にも優しいんだね。 今から良いかい?」

 男性が話しかけてくると、安子が呆然としている。



 「はい、ただいま~」 梅乃が声を出し、安子を肘でつつく。 去年の菖蒲と同じパターンとなった。



 「―はい。 引手茶屋までご案内します」 安子は慌てて張り部屋から出て行く。


 「いってらっしゃい。 姐さん」 梅乃が安子に声を掛けると、

 「ありがとう 梅乃……」 そう言って引手茶屋に向かっていった。



 これを、見世の表にいた四人の妓女も見ていた。


 特に信濃が食い入るように見ていて、玉芳に言われたことを思い出す。


 (私は禿を軽視して自分の部屋に入ったままだった。 姉代わりの菖蒲や勝来が成長していったのは禿のおかげだったのか……)


 この歳になって気づいた信濃は、もう遅かった。

 自力で頑張っているが、年齢やプライドが邪魔をして売り上げは伸びなかった。



 菖蒲や勝来は順調に売り上げを伸ばしていく。 そのオコボレを貰いながら花緒も頑張っている。



 三人とも共通しているのが、禿に優しく接していることだった。

 だが、これを『禿のおかげ』と言い切るには確証がない。


 こうして玉菊灯籠での明暗がハッキリ分かれていくのだった。



 夕方、夜見世の前。


 「梅乃~ よくやったじゃないか♪」 采が頭を撫でている。


 「えへへ~♪」 梅乃もご機嫌だった。



 梅乃は、ご褒美として夜見世の仕事が休みになった。


 (休みを貰っても、すること無いんだよな~) 梅乃は、赤岩の部屋で本を読んでいたが


 「梅乃~ 早く寝たいんだけど……」 赤岩に追い出される。



 暇になった梅乃は、外に出て吉原の人の流れを見ていた。


 「梅乃? 何してるの?」 声が聞こえ、顔を向けると

 「喜久乃花魁……?」


 「こんな時間に何をしているんだい? 酒宴には入らないのかい?」


 「お婆から夜は休んでいいと言われまして……暇になっちゃって」 梅乃が言うと、


 「私も暇になった……」 喜久乃が言う。



 「どうして? 喜久乃花魁と言えば、今じゃ吉原一番の花魁じゃないですか……」


 「そんな風に言ってくれるんだね~♪」 喜久乃が微笑む。



 「私ね、ここじゃ人気も出て華やかな世界で生きていけるけど、玉芳や鳳仙みたく外に出たら生きていけるのかな~って思うんだ。 ここじゃ、みんな親に捨てられたり、売られたりした無宿じゃないか。 そんな子供が女郎なんてやってさ……」


 「喜久乃花魁……」


 「長話をしちまったね。 邪魔したな」 喜久乃は妓楼に帰っていった。



 梅乃は黙って見送り、空の星を眺めていた。



 それから数ヶ月後のこと。


 「えっ!? 本当ですか?」 梅乃が驚いている。


 それは、安子が身請けされる知らせだった。

 昼見世で安子を指名した客は、それから何度も見世での逢瀬を重ねていた。



 梅毒の痕もあり、引け目を感じていた安子の人柄に惚れたらしい。

 最初は断っていた安子も前向きになったのである。



 「梅乃、本当にありがとう……」 安子の笑顔が眩しくみえた。

 あの時、梅乃が張り部屋に入らなかったら、この奇跡が起きなかったのではないかと思っていた。



 「おめでとうございます。 安子姐さん」 菖蒲が声を掛ける。


 勝来も花緒も笑顔で祝福をする。



 「おめでとう~」 梅乃たちも安子を囲み、笑顔になっていく。



 そして安子の旅立ちの日


 「お婆……いいえ、母様……父様…… 安子は幸せになりんす……」

 涙を流し、安子は吉原を出ていった。



 無宿と言われても、一生懸命に生きた者が報われた時であった。



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