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第三十四話 わらべうた

 第三十四話    わらべうた



 深夜、梅乃が目を覚ます。


 それに小夜が反応して目を開けると

 「どこに行くの? 梅乃……」


 「小用……」 そう言って、梅乃が布団から出ていく。



 しばらくして梅乃が戻ってくると

 「私も行ってこよう……」 小夜も立ち上がり、小用を済ませにいく。



 妓楼の大座敷の奥がトイレになっており、トイレの壁の向こうは外になっている。


 小夜が小用を済ませると、壁の向こう側から声が聞こえてくる。


 (こんな時間に、誰だろう……?) 小夜は気になっていた。


 そこから声がハッキリと聞こえてくる



 『通りゃんせ 通りゃんせ……ここはどこの細道じゃ……天神様の細道じゃ……』


 (こんな時間に、誰……?) 小夜の背筋が震える。



 そして小用を済ませた小夜が梅乃に話しかける。

 「梅乃、梅乃……」 


 「んっ? どうしたの? 小夜」 梅乃が薄っすらと目を開けて言うと



 「なんか出たみたい……」


 小夜が言うと、梅乃が『ガバッ』と起き上がる。



 「えっ? マズいな~」 梅乃が呟くと

 「マズい?」 小夜が首を傾げる。


 「だから、オネショでしょ? お婆に叩かれるよ~」 梅乃が頭を抱える。



 「えっ? オネショしてないよ……」 小夜が目を丸くすると


 「だって、「出たみたい」って……」 梅乃はキョトンとする。



 「あっ、それか……って、そうじゃない! 便所の壁の向こうから歌が聴こえたのよ~」 小夜の口調が早くなる。


 「歌? どこかの酔っ払いじゃない?」 そう言って、梅乃が布団の中に潜ると


 「そうじゃないのに……」 小夜は気落ちしてしまった。



 翌朝、梅乃が目覚めると、小夜は布団に居なかった。

 (小夜、早起きだな……)


 梅乃も起きて、布団を畳む。


 「おはよう」 古峰が声を掛けると

 「おはよう♪ 小夜、見なかった?」 


 「さ、小夜ちゃんなら外に出ていったよ」 古峰が説明をすると、梅乃も妓楼の外に出て行く。


 「小夜~」 玄関を出て、声を出しても小夜の返事がない。



 そして妓楼の裏手に回ると、

 「いた。 小夜~」 梅乃が声を掛ける。



 「梅乃……」 小夜の表情は暗く、落ち着きもなかった。


 「小夜、どうしたの?」 


 「昨日の……歌が気になって」 小夜がキョロキョロと周囲を見回すと、

 梅乃もキョロキョロとする。


 「それで、どんな歌だったの?」 梅乃が聞くと、

 「通りゃんせ……」 小さく答える。


 「通りゃんせか……小さい頃、勝来姐さんが夜に歌ってくれたよね」

 梅乃が懐かしそうに話すと、

 「うん。 覚えてる。 だから気になってさ……」



 「そっか、誰が歌っていたか気になるんだね」 梅乃は納得した。



 深夜、それも外で “わらべうた ”が聞こえてくれば気になる。


 「幽霊だったら、どうしよう―」 小夜の声が急に大きくなると



 「わっ! 幽霊より小夜の声の方が怖いって……」 梅乃の腰が抜けていた。



 数日後、夜中に小夜が目を覚ます。


 そして便所に行くと、

 『通りゃんせ 通りゃんせ……ここはどこの細道じゃ……天神様の細道じゃ……』 


 また壁の奥から聞こえてくる。


 (ひえぇぇ…… 怖いよ~) 小夜は急いで便所を飛び出した。



 「グスッ……」 小夜は布団に潜り、泣いていた。



 そして朝。 ここ数日、眠れていない小夜はボーっとしていた。

 「ほら、小夜! 何してんだい」 昼見世の前、妓女の支度を手伝うがミスばかりしている。



 「使えないね!」 『ガンッ―』 妓女の一人が小夜を蹴った。


 後ろに吹っ飛んだ小夜を古峰がキャッチする。


 「古峰……ありがとう」 


 古峰が妓女を睨み

 「も、もう手伝いません……」 と、言うと



 「はぁ? お前、何を言っているんだい? それがお前たちの仕事じゃないか!」 妓女が古峰に怒鳴る。



 『パン パンッ』 手を叩き、梅乃が間に入る。


 「姐さん、すみません。 小夜は最近、調子が悪いのです。 私がやりますので勘弁してもらえますか?」 梅乃が頭を下げると、


 「ふんっ! もういいよ! お前たちは誰がやっても使えないから」

 妓女は鼻息荒くして大部屋で用意を始める。


 「ふぅ……小夜、大丈夫?」 梅乃が小夜に手を貸して立たせると、

 ヨロッとする。


 「小夜、休んでな」 梅乃は小夜を台所に連れていく。

 そして、手ぬぐいを濡らして小夜の足を冷やした。


 「梅乃……」 小夜の頬に涙がこぼれると



 ”ニギニギ “


 梅乃は笑顔で応えた。


 「やるよ、古峰……」 そう言うと、梅乃と古峰が小夜の分まで働いたのである。



 その晩、梅乃が小用で目が覚める。


 便所に行き、用を足していると


 『通りゃんせ 通りゃんせ……ここはどこの細道じゃ……天神様の細道じゃ……』 


 歌声が聞こえてきた。


 (小夜が言ってた、通りゃんせ……)

 梅乃が用を済ませると、玄関から走って妓楼の裏へ回るが



 「誰もいない……」 梅乃はポカンとしていた。



 朝、梅乃が小夜に この事を話すと


 「やっぱりそうでしょ! 梅乃も聞いたんだね」 小夜は自分だけじゃないとホッとしていた。



 事情が分からない古峰はポカンとしている。


 「やっぱり幽霊かな……」 小夜が震えだす。


 「まさか幽霊なんて……」 信じたくない梅乃は、そう言って幽霊説を否定していた。



 昼見世の時間、梅乃たちは勝来の部屋に来ていた。


 「私? 外で歌なんて歌わないわよ……」 梅乃が勝来に聞いたが、否定している。


 「菖蒲姐さんは?」 小夜が聞くと、菖蒲も首を振る。



 「ちょっとやめてよね……吉原じゃ怪談かいだんばなしは出るものだけどさ~」 菖蒲が言う。


 「そんな話、あるの?」 梅乃が興味を示すと


 「吉原だと休みも無く、気晴らしも出来ないでしょ? そうすると、怪談噺で花を咲かせることもあったのよ~。 ほら、妓女が自殺したとか お歯黒ドブで……とか、話題は沢山あるからね」


 菖蒲の言葉に禿の三人はビクビクしだす。



 「ま、まぁ、本当の話しじゃないよね……」 梅乃が小夜と古峰に言い聞かせるように話すと、


 「う、梅乃ちゃん……怖いんだね」 古峰が梅乃を抱きしめる。


 「こ、怖くないから―」 梅乃が強がって見せると、菖蒲と勝来は笑っていた。



 午後、梅乃が散歩をしていると


 『通りゃんせ 通りゃんせ』 と、聞こえてくる。


  “ビクッ ” として梅乃が振り返ると、それは余所の禿が遊んでいる声だった。


 (怖くない、怖くない……) 梅乃は自分に言い聞かせていた。



 しかし、梅乃の頭の中に『通りゃんせ』が残っている。



 夜になり、寝る時間になっても部屋に戻らない梅乃に勝来が


 「梅乃、寝る時間だよ。 酒席から出なさい」 そう言って部屋から出そうとしても梅乃は動かない。



 「何しているの? 早く部屋に戻りなさい」 言葉を強めに言う勝来に、客が


 「まぁまぁ、勝来さん……」 と、なだめていた。



 「すみません。 三原屋ここは禿には早く寝かせる方針なんです……」 勝来が客に頭を下げていると


 「確か、政府から『お墨付き』を貰っているんだもんね。 子供の教育が良い見世とかで……」


 「そうなんです。 だから余計に夜更かしをさせられなくて……」 勝来は困った顔をしていた。



 何度も勝来に言われて渋々と酒席を出た梅乃は、


 大きな ため息をついていた。

 「はぁぁぁぁ……」


 すると、廊下で並ぶように ため息をついているのがいる。

 小夜である。



 二人は仕方なく布団に入る。


 「そうだ! 夜中に起きなければいいんだ!」 梅乃が声を出すと、急いで便所に向かう。


 少し長く入っていると、『ドンドンッ』と、音がする。


 「ひっ―」 驚きのあまり、梅乃が声をあげると


 「早くしてよ~」 小夜が戸を叩いていた。



 どうやら梅乃は、出ないのに無理やり出そうとしていたらしい……



 なんとか済ませた二人は、安心して布団に入った。

 「でもさ……幽霊の割には優しい歌声だったよね~」 ボソッと梅乃が言い出すと、


 「そうかも……綺麗で優しい声だったかも」 小夜も歌声を思い出していた。



 その夜、梅乃と小夜は目が覚める事はなかったが、

 古峰が起きていた。



 (梅乃ちゃんも小夜ちゃんも寝てる……なんか一人は嫌だな……)

 この日は古峰が小用で起きてしまう。



 渋々と古峰が起きて、便所に向かうと


 (うわっ― 聞こえてきた) 古峰が震えだす。


 (でも、綺麗な歌声だ……)


 歌声に聞き入った古峰は、勇気を出して歌の方へ行ってみる。



  “ コソ~ ” 古峰が覗き込むと、幽霊より恐ろしいものを見てしまう。



 (う、うそ……) 古峰が覗き込んだ先では、赤ん坊を抱いている真似をした采が歌っていた。


 「今度、佳に歌ってやれるかね~」 そう言って楽しそうにしていた。



 (歌、上手いし優しい声…… 何かの間違いじゃ……) 古峰の顔が青ざめていく。



 そして、古峰は見なかったようにして部屋に戻っていくのである。


 翌朝、

 「いや~ 寝る前には便所に行くものだね~♪ 夜中に起きなかったから歌を聞かなくてよかった~」 梅乃は爽やかな朝を迎えていた。



 「私も~」 小夜も同じだった。


 しかし、その中で一人 浮かない顔をしている者がいる。



 古峰だ。


 「どうしたの? 古峰」 梅乃が聞くと、

 「ううん……なんか眠れなくて……」 古峰が返す。



 「もしかして、古峰も聞いたとか?」 小夜が聞くと、

 「うん。 聞いちゃった……」



 「怖かったでしょ~」 そう言って、小夜が古峰を抱きしめると


 「とっても怖かった……」 古峰が小夜に顔をうずめる。



 古峰は言えなかった。


 夜中の わらべうたを唄っていたのが采であることを……



 そして、優しい声で綺麗な歌を歌える采だと言う事は誰にも言わないと決めたのだった。



 (バレたら怒られそうだし……)



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