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第二十五話  大門を打つ

 第二十五話    大門を打つ



 一八七二年 (明治五年) 江戸の街と呼ばれていた場所は、東京へと名前が変わっていた。


 ただ、どうしても『江戸』と呼ぶ人もまだ多い。


 そして、今までの『将軍』と呼ばれる人はおらず、総理大臣と呼ばれる者になっていた。



 それは、初代 内閣総理大臣 「伊藤博文」である。


 これは時代が進んだ証であり、髷や刀などといった物が世間から消えていったことである。



 しかし、江戸の名残なごりもあり、変わらぬ文化も存在する。


 ここ、吉原である。


 吉原は幕府公認の妓楼ぎろうがいであり、存在は江戸から明治になっても存在していた。


 ここに昔から変わらぬ妓楼も数多く存在している。

 そのひとつ、三原屋である。


 多くの見世は、○○屋から ○○楼と、洋風を取り入れた名前に変わっていたりする。


 その中には、衣装も着物から洋服を取り入れている見世も出てきていた。



 「こら梅乃―っ!」


 「ひゃーっ」 梅乃が走って逃げている。



 「さ 小夜ちゃん……梅乃ちゃん、今度は何をしたの?」

 古峰は、梅乃が逃げている理由わけを聞くと



 「すぐ、わかるよ……」 小夜が冷めた口調で話す。



 「あんたたちも知っているんでしょ?」 一人の妓女が小夜に問い詰めてくる。

 小夜が無表情で首を横に振ると、


 「ほら、お前じゃないかー」 そう言って、妓女は梅乃を追いかけまわしていた。



 「ったく……逃げ足の早いヤツ……」 妓女は梅乃を追いかけるのを諦めたようだ。


 「あ あの……梅乃ちゃんは何を……」 恐る恐る古峰が妓女に聞くと、



 「これ! アイツ、バッタを私の服の下に隠してやがったんだよ」

 妓女が怒りながら説明をしている。


 (そりゃ、怒るわ……) 古峰も納得していた。



 「ふぅ……なんとか逃げれた」 梅乃は汗をぬぐう。

 逃げ切った梅乃は大門の前に来ていた。


 すると、大門の前には大勢の人だかりが出来ているのが目に入る。


 (なんだ? 凄い人数だな……)

 梅乃は人数が多いイベントは経験しているが、このような団体の客を始めて見た。


 顔を見ても、ただの年寄客である。

 しかし、衣服は洋服を着ていることからタダ者ではないと気付く。



 「どんな人なんだろう……?」 遠目で見ていた梅乃は不思議に思っている。



 そして夕刻、吉原に異変が起きた。



 団体客の数名が、各見世に入って主人と話していく。

 その後、その団体客の二人が三原屋に来ると



 「すまぬ……この度は吉原を貸切ることになった」


 「えっ?」 文衛門が驚く。


 話しは後に聞かされることになるが、一ヶ月後に吉原の全部の見世を貸切る事となったのだ。



 これは “大門おおもんつ ” と、言うことになる。



 過去に一人だけおこなった者がいる。

 紀伊国屋きのくにや 文左衛門ぶんざえもんである。


 江戸の中期、深川の豪商である紀伊国屋 文左衛門は火災の多い江戸で富を成した人物。


 吉原の街を一人で貸し切ったと言われ、大門を締め切ったことから『大門を打つ』ということになったそう。


 その額、三千両。 現在の三億円以上になると言われている。



 そして、この明治の時代に大門を打つ人物が現れるのかと、噂になっていたのである。



 その一ヵ月後、吉原の大門前に十人程の男性が現れる。

 そして、その団体が入るやいなや



  “バンッ ” と、音がして大門が閉まった。

 吉原で見物をしていた主人たちが驚いている。



 この時代で、大門が閉まるのは初めてのことだからである。

 文衛門も、その一人だ。



 「さ、やるよ」 采が大声を出すと


 三原屋の前で踊り出した妓女たちは、仲の町へ繰り出していく。

 まさに、 “夢の時間の始まり ” である。



 各妓楼も負けまいと派手な衣装で仲の町に出ていく。

 そして、数分後の仲の町は最高の花街に変わっていった。



 琴や三味線、紙吹雪まで出して団体客を受け入れる。

 見事なまでの、おもてなしである。



 笑顔で団体客を迎える妓女たちは華やかさをまとっていて、これに応える団体客が手を振っていたが……



 「えっ? なにそれ……?」 梅乃が唖然とする。



 それは、政府の視察団しさつだんであった。

 「この度、視察を受け入れてくれて 大変に感謝である。 早速だが、妓楼の視察を行う」


 団体の一人が大声で言った。 この団体は、政府の役人であったのだ。



 「はぁぁぁ?」 采の開いた口が塞がらなかった。



 そして政府の視察団が妓楼の中に入っていく。

 この事態に見世の主人たちも困惑していた。


 「これは、どういう事で……?」 文衛門が政府の役人に聞くと、

 「今回は視察ですよ。 聞いていなかったのですか?」


 こういう返事が返ってきた。



 「誰だ? 高貴な人が吉原を貸切るって言ったのは……」

 文衛門の落胆ぶりは相当なものである。



 しらけた吉原の者たちは、ため息をつきながら妓楼の中に入っていく。



 そうなると見世は暇になり、妓女が暇になる。

 梅乃は『チャンス』とばかりに外に出て行った。



 梅乃が仲の町を歩いていると、役人が話しかける。

 「お嬢ちゃんは、どこの禿なんだい?」


 「三原屋……」 梅乃は、周りの冷めた雰囲気に流されて同じように冷めた口調で話す。



 「ねぇ、おじさんたちは吉原の何を見に来たの?」 梅乃は素朴そぼくな疑問を役人に投げかけると


 「これは健全に営業が出来ているかと、吉原を知らない役人の勉強をしに来ているんだよ」


 役人の一人が言ったが、梅乃は子供である。 簡単に頷ける話しではなかった。



 「だったら、どんなものかを知ったら良いと思うな~」 



 梅乃の言葉は、子供の意見を口にしただけだが、これが役人には響いたようだ。



 「それなら、お嬢ちゃんの見世に出向こうか」 役人は、ニコッとして三原屋に出向いていった。




 そして、数分後

 「お婆~ 来てくれたよ~」 梅乃は役人の二人を連れて、三原屋に戻ってきた。



 「おかえり。 おやっ? この方たちは?」 采が目を丸くすると


 「すみません。 このお嬢ちゃんが知ったらいいと言っていたので、来てみました」 役人はニコニコしている。


 「そ、そうですか……中へどうぞ」 采はきょをつかれ、口調が いつもと違っていた。



 「……このように、健全な営業をしていまして……」 主人である文衛門が、役人に説明をしていたとき、

 “ポカンッ ” 采は、見えない所で梅乃の頭にゲンコツを落としていた。




 「お前、何やっているだい? わざわざ役人を連れてきやがって。 文句でも言われたらどうする気だよ」 



 「そうでした……すみません、お婆」 梅乃がショボンとしていると、



 「お嬢ちゃん、行こうか?」 役人の一人が声を掛ける。


 「はい? どちらにですか?」 梅乃が聞くと

 「引手茶屋だよ。 そういうシステムなんだろ?」 と、役人が言う。



 「はい?」 梅乃は、ポカンとする。



 それから梅乃は、流されるように引手茶屋に向かった。


 引手茶屋の千堂屋に着き、役人が説明をしていると

 なんと、役人は 三原屋の梅乃を所望していた。



 「……はい?」 梅乃の額に汗が流れる。



 「とりあえず、同じ形式でお願いするよ」


 役人の言葉で、普段の同じ客と同じように指名をして三原屋まで戻ってきたのであった。



 「この度は、ありがとうございます……」 文衛門は、笑顔で迎える。


 「はい。 頼んだ酒席の用意をお願いします」 役人が言うと、文衛門が片山に指示をする。



 「梅乃、ちょっと……」 勝来が梅乃を呼ぶ。



 そして二十分後

 「お待たせしました……」 そこに現われたのは、化粧をして着飾った梅乃の姿である。


 「随分と変わるものだね~」 役人は驚いていた。

 「えへへ」 梅乃の笑った顔は、まだ子供のままである。


 そして宴席が梅乃を中心に進んでいくと、



 「すみません……梅乃は、まだ子供でして……姉代わりの私たちも同席、よろしいでしょうか?」

 勝来と菖蒲が酒席に入って来た。


 「そりゃ、もちろん」 



 勝来と菖蒲が入ってきたおかげで、梅乃はホッとしながら酒宴が盛り上がっていく。



 三味線や琴、舞踏まで披露して夜が更けていくころ……



 「眠い……」 梅乃が空気を読めない発言をしてしまった。


 (馬鹿か……これからの時間が大事じゃないか……)

 勝来と菖蒲は苦笑いをしている。



 すると、役人は

 「そうだよね。 梅乃ちゃんは、まだ子供だった」 と、苦笑いをしていた。


 ここで梅乃は酒宴を退出。 勝来と菖蒲でカバーをしていた。



 翌朝、役人が采と話しをしている。

 「ここのお嬢ちゃん、夜は早く寝ているみたいですね……」

 役人が言うと


 「はい。 空気が読めなく、すみません……」 采が平謝りをする。



 すると、役人から思いがけない言葉が出てきた。


 「この商売でも、しっかり子供は早く寝かせていて感心しました。 さぞ、教育が良いんでしょうな……」



 そんな言葉を貰い、采は腰が抜けそうになっていく。



 その後、三原屋は環境が良いと政府の『お墨付き』を頂くことになる。

『お墨付き』がつくと妓楼に泊が付き


 そして、料金も色を付けて支払われていたのである。



 「うひゃー♪」 采は、おおいに喜んでいた。



 政府のおかげで盛り上がった三原屋。

 またしても梅乃の活躍で活気づいたのである。



 「梅乃、よくやったよ~」 采は頭を撫でていた。


 「でも、お前は妓女になってないから借金の返済じゃないからね~♪」

 しっかりと オチをつけた采であった。



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