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第二十二話  昼行燈

 第二十二話    ひる行燈あんどん



 「潤さん、おはようございます」 梅乃は早起きをして、見世の前をホウキで掃いていた。



 「おはよう、梅乃~」 片山も朝早くから掃除をしている。


 初夏になると朝陽が昇るのが早い。

 早い時刻に外が明るくなる為、自然と『後朝の別れ』も早くなっていく。



  “ゴーン ゴーン ” と、掃除をしている途中に、浅草寺の鐘が鳴る事もまれである。



 そこに赤岩が現れた。

 「おはようございます」 そう言って、赤岩は身体を伸ばしている。


 「赤岩さん、いつも早いですな~」 片山が声を掛けると


 「夜、寝るのも早いですから~」 赤岩はニコッと答えると



 (あれ? 赤岩さんの部屋、夜でも灯りが付いているけどな~) 梅乃は不思議に思っていた。



 「今日も診察ですか?」 片山が聞くと、

 「はい。 昼前から妓楼を回ってきます」 赤岩は答える。



 赤岩は三原屋に住んでいるが、色々な妓楼を回っては診察をしている。

 その診察料は三原屋の収入となっているため、花魁ほどではないが そこそこの妓女くらいは稼いでいるらしい。



 「では、いってきます」 昼前になると、赤岩は診察に出掛けていった。



 「赤岩先生、夜になると部屋から出てこないのよね~ そんなに早く眠れるもの?」 妓女の中でも、チラホラと噂になっていく。




 そして、赤岩は鳳仙楼に来ていた。

 「どうも……」 赤岩は頭を下げて、妓楼の中に入っていくと



 「いつも、ありがとう……」 そう、言ったのは 花魁の鳳仙である。


 「いえ、こちらこそ……」 



 赤岩は鳳仙の診察に来ていた。 主に梅毒の検査をしていたが、鳳仙の話しを聞いているうちに


 「一度、しっかりと診察をした方が……」 赤岩が鳳仙に話す。



 「……」 しかし、鳳仙は悩んでいた。


 「完璧かんぺきに判断出来るか……かもですが、てみましょうか?」 赤岩は説得をしていく。



 「もし、これがそうなら……私はどうなります?」 鳳仙の語気が弱くなると


 「どうなるって……それは……」 赤岩は返事に困っていた。



 「……」 鳳仙が下を向くと


 「私は、貴女を救いたいです。 いつでも声を掛けてください」

 そう言って、赤岩が鳳仙楼を後にする。




 そして、午後になり梅乃と小夜、古峰の三人は外で瓦版を見ながら勉強をしていた。



 「梅乃ちゃん、小夜ちゃん……」 声を掛けてきた少女がいる。

 絢である。 絢は鳳仙楼の禿であり、勉強の仲間である。



 「鳳仙花魁が落ち込んでいる?」 梅乃が驚いている。


 いつも元気で、玉芳と仲の町で踊ったりしていた鳳仙が……と、梅乃はピンとこなかった。



 「うん……この前にお医者様が来てから、ずっと下を向いていたの……」

 絢は心配そうに話していた。



 「そうなんだ……何を言われたんだろう……?」 


 「わからないんだよね~」



 そんな会話をしてから、梅乃は気になっていた。


 「赤岩先生……失礼しんす」 梅乃が赤岩の部屋の戸を開けたが、赤岩は居なかった。


 「どこかで診察かな……?」 梅乃は静かに戸を閉める。



 「お婆、赤岩先生知らない?」 梅乃が采に聞くと


 「知らないよ。 どこか悪いのかい?」 

 「どこも悪くない……ただ、何をしているかな~って」



 「なんだい、遊んでくれる人を探していたのかい? そんな事をしてないで勉強や稽古ごとをしな!」 采が目を細めると


 (うげっ……怒り出す前兆ぜんちょうだ……) 梅乃は足早に、采から逃げていった。



 夕方になり、夜見世の支度をしていた頃に赤岩が戻ってきた。

 赤岩は、戻るとすぐに部屋の中に入っていく。 それを梅乃は見ていた。



 「梅乃~ ちょっと……」 二階の階段から菖蒲が呼ぶと

 「はーい、姐さん」 そう言って、梅乃は二階へ向かう。




 「失礼します……古峰です」 梅乃が二階へ向かったと同時に、古峰が赤岩の部屋を訪れていた。



 「古峰ちゃん、どうしたの?」 赤岩が優しく古峰に話しかけると

 「あの……鳳仙花魁、大丈夫ですか?」 古峰が唐突に言いだす。


 「えっ?」 赤岩は驚いていた。 誰にも話していないことを古峰が言い出したからだ。



 「梅乃ちゃんには話していません。 だから気になって……」 古峰の顔が、切なそうな表情になっている。



 「そう……でも、何もないから安心して。 僕は暗くなったら寝ないといけないから……」 赤岩は、そう言って古峰を部屋から追い出した。



 (どうすれば……)

 赤岩は暗くした部屋で考えごとをしていた。



 三原屋では、赤岩の話しが度々出てくる。


 『夜は早く寝ていて、昼だけ診察……』 まさに、 “昼間だけの人 ”としての話になっていた。


 そして、いつしか『昼行燈』 と、呼ばれるようになっている。



 この吉原は夜の花街である。

 “夜に輝く世界に、昼間だけの人は役に立たない ” なんて言われる事もある。



 昼見世の客は安く済ませる客であり、盛大に金を使うのは夜であることから 「用なし」 そう揶揄やゆされることから来ていた。



 赤岩は、昼に使い道のない「行燈」 にたとえられていたのだ。



 しかし、赤岩は医者である。 そんな事を言われても関係なく、自分の仕事を遂行していく。



 「あの……今日は玉芳さんの検診に行きますが、何かお伝えすることがあれば……」 赤岩が采に話すと


 「いや、何もないよ。 元気であれば、それでいい……」 采は軽く返事をするだけだった。



 大門の前、梅乃が赤岩を見つける。


 「いってらっしゃい。 玉芳花魁、どうだったか教えてくださいね~」

 梅乃の言葉に、赤岩も表情が和らいだ。



 夕方になり、赤岩が三原屋に戻って来ると

 「おかえりなさい♪ 花魁はどうでしたか?」 梅乃が声を掛ける。


 「まずまずでしたよ」 ニコッとした赤岩が、一言だけ返事をする。



 そして赤岩は、自室にこもっていく。


 「失礼しんす…… 赤岩さん、いつも夜遅くまで何をしているんですか?」

 梅乃の唐突な質問に、赤岩が驚く。



 「な、なんで? 寝ているんだよ」 赤岩は答えたが、梅乃の目は疑っていた。


 「いつも、遅くまで灯りが点いていますし……」


 「そうか……見ていたのか……実はコレを」 赤岩は、書物を梅乃に見せると



 「なんか難しそうです……」

 「そりゃ医学書だからね……」 赤岩はニコニコしている。



 「僕が病院を持たずにいるのは、治療費が高くて通院出来ない人が多くいるからなんだ…… 安くても、しっかりした腕で治してあげたいから勉強をしているんだよ」


 赤岩の言葉に、梅乃の心はかれていく。


 「じゃ、私も勉強していいですか?」 梅乃の目はキラキラして赤岩を見つめている。


 そんな梅乃の姿に思わず

 「いいよ……好きな本を読んでみて」 赤岩は、つい言ってしまった。



 それから梅乃は、毎日のように赤岩の部屋にやってきては医学の本を読みあさるようになっていた。



 「へ~っ 梅乃がね~」 采が驚いている。


 「毎日、しっかり読んで勉強しているんです」 赤岩が采に話している姿は楽しそうだった。




 梅乃が赤岩の部屋に通って一週間が経った頃、

 「これを、こうして……こう!  ほい、出来た」


 梅乃は包帯の巻き方をマスターしていた。 小夜や古峰を練習台にして、包帯を巻く練習をしていたのだ。



 それを見た采は、

 「これなら、私が病気になっても安心だね~」 梅乃の成果を誉めている。



 「はい♪ これならお婆が死にかけても大丈夫です!」 梅乃が元気よく答えると


 「ほう……そりゃ安心……だわね……」 采は顔をヒクつかせて奥に行ってしまった。 



 新しい趣味が見つかった梅乃は、次に赤岩の往診に興味を持っていた。


 「梅乃ちゃん、ここを包帯で巻いておいて」 赤岩のサポートまで出来るようになり、


 火傷や、擦り傷など、表面の手当ての助手として吉原を出歩くようになっていく。



 「あの子は、医者になりたいのかね~?」 采は、梅乃の将来を考え直すようになった。


 「まだ、子供だからノビノビと……ねっ」 文衛門は、特に気にしていなかったが、器量の良さなどで梅乃は特別と考えているようでもあった。



 そして、三原屋の梅毒の検査の日。


 「一列に並んでくださーい」 梅乃は妓女を一列に並ばせていた。

 もはや看護師のようであった。



 梅毒の検査は、身体チェックから始まる。

 「梅乃ちゃん、お願いね」 赤岩の言葉で、梅乃は妓女の着物の中を見まわす。



 「なし、なし、これは……虫刺されかな?」 梅乃がブツブツと言いながら妓女の身体を見ている。



 「赤岩先生、虫刺されっぽいのですが、塗る薬はありますか?」

 梅乃は軟膏を貰い、妓女に塗っていた。



 「あ、ありがと……」 梅乃の手際に良さに、妓女たちも唖然としていた。



 「これで終わりです」 梅乃はチェックが終わった事を、赤岩に伝えると

 「ご苦労様でした」 赤岩が微笑む。



 そして梅乃は、長屋に出向いていた。

 「安子姐さん……体調はどうですか?」 毎日のように顔を出している梅乃の挨拶は決まっていた。


 体調の話しを聞いてから雑談に入る。 これを続けて元気を与えているのだ。



 「変わらないわ……」 元気のない声をしていた安子の異変に梅乃が気づき


 「姐さん、失礼しんす」 梅乃は、慌てて安子の浴衣を剥いだ。



 「これは……」 梅乃が見たものは、梅毒の進行により壊死えしした肌である。


 腿の裏側から腰にかけて紫色になった肌は、再生が出来ない程になっていた。



 「姐さん、痛かったんじゃ……」 梅乃の目に涙が溢れる。


 そんなとき、長屋に入ってきて

 「ここに居たんだ……」 赤岩が言うと、梅乃が驚く。



 「どうしてここに?」


 「小夜ちゃんが教えてくれた。 どれどれ……」 赤岩が安子の状態を確認すると


 「う~ん……使ってみるか……」 赤岩は、小さな小瓶こびんから液体を注射器に入れた。


 「コレ、何?」 梅乃はドキドキして聞いている。



 「もしかすると善くなるかもしれない……作ってみたんだ」

 「作ったって、薬を?」 梅乃が目を丸くする。



 「少し、チクッとしますよ~」 赤岩は、安子の腕に注射をして休ませていく。



 そして注射を続けること一か月、安子の肌は元通りまではいかなくても元気な姿で妓楼に戻ってきた。



 (神様みたいだ……)


 妓女が『昼行燈』と言った赤岩は、妓女の命を救った男となったのだ。



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