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第十九話  花の蜜

第十九話    花の蜜



 「ごめんください……」 昼見世が終わりの時間、一人の来客が現れた。



「はーい」 小夜が対応する。


そこには二十歳くらいの女性が立っていて

「私、引手茶屋の千堂屋せんどうやで働いています野菊のぎくといいます」


「はい……」 小夜は不自然な事に戸惑っていた。



「良かったら、此処ここで働けないでしょうか?」 野菊の言葉に、小夜は驚く。


「少々、お待ちください」 小夜は、采の元へ向かい説明をしていた。



そして、 「なんだい? いきなりどうしたんだい?」 采も驚き、野菊に聞くと



「あの……茶屋から、接客を勉強しろと言われまして、働きながら勉強できる所を探していまして……」 野菊は説明するが、采は困っている。




「まぁ、話した事は解るが……ここで働くのは女郎だよ? アンタ、出来るのかい?」



「やった事はありませんが、お願いします」 野菊が何度も頭を下げる。



そして、細かい説明をした采は悩んでいた。


「う~ん……」 



「どうしたんだい?」 采に話しかけてきたのは文衛門である。


「お前さん……」 そして、采が文衛門に野菊の事を説明すると



「なんだって? 千堂屋が? ちょっと行ってくる」 文衛門は、慌てて千堂屋に向かった。




そして、文衛門は千堂屋で店主と話していた。

「それって……本気かい?」 文衛門は驚いている。



どうやら野菊は、千堂屋の店主の娘だと言う。



千堂屋は引手茶屋である。

三原屋などの大見世は、千堂屋からの紹介で来る客も多い。 そんな得意先の茶屋ではあるが、


「本気かい? なんで娘を女郎にするんだい?」 文衛門は、興奮気味に話していた。



引手茶屋の店主は、本気のようだ。

話しを聞いた文衛門は、野菊を預かることになってしまった。



「お前さん、本気かい?」

 

当然ながら受け入れをした文衛門に、采は驚きと怒りさえ混じった声で叫んでいる。



「あぁ、仕方ない……あの親父も、「働かせるなら評判の良い所に……」 なんて言うものだから……」


文衛門が肩を落としながら話していると、



「まぁ、なっちまったもんは仕方ない。 野菊、菖蒲に付いて勉強だよ」

采が野菊に指示をし、一緒に菖蒲の部屋に向かった。



そして、菖蒲に説明をすると

「えっ? お婆……本気?」 当然ながら、菖蒲は唖然あぜんとしていた。



「よろしゅう、お頼み申しんす……」 野菊は三つ指を立てて頭を下げていた。



(なんで野菊さんなのよ……)

「……ちょっと、小用に行ってくる……」 早くも菖蒲は疲れてきていた。



それから野菊は菖蒲から教わり、数日が経った。



梅乃が日中に仲の町を歩いていると、千堂屋の主人が声を掛けてくる。


「お嬢ちゃん、三原屋の子だよね? 娘はどうだい?」 そう聞いてきた。




梅乃が返事に困っている。

「それは……姐さんたちに聞かないと、なんとも……」 こんな程度にしか返せなかった。



「そうか~」 千堂屋の主人も返事に困ってしまった。



「あの~ どうして野菊姐さんを妓女にしたがるのですか?」 これは、梅乃の素朴な疑問であった。



(普通、自分の娘を妓女になんて……それも大きな引手茶屋だ。 お金に困っているなんて思えないし……) どうしても梅乃には理解できなかった。



「そりゃ、器量が良くなって欲しいからさ! じゃないと、安心して嫁に出せないだろ?」 千堂屋の主人がニコニコして言うと、



「へっ?」

 「あの……妓女になったからと言って、器量が良くなる訳じゃ……」



 「それに、茶屋の娘より、妓女の方が金持ちに身請けされやすいだろ?」

 続けて千堂屋の主人が言う。



「へっ?」 梅乃は目が点になっていた。

(そんな理由で娘を妓女に?? さすがに子供でも分かる…… コイツは馬鹿だ……) 梅乃は十一歳。 人生で、人を馬鹿と思ったのは初めてであった。



「こんな子供が……不躾ぶしつけで申し訳ありませんが、妓女は辞めた方がいいと思います。 簡単に体を売ると言うのは良くないと思います」 梅乃はハッキリと言った。



さらに、「私は捨て子でした。 あと、借金があったりして仕方なく働く場所なんです。 私は、野菊姐さんには無理だと思います……」



そう言って、千堂屋の主人を説得していたが



「無理? ウチの娘は、そんなにダメかい?」


「妓女は借金を返す為に必死です。 命を賭けて頑張っています。 もし、野菊姐さんが客を取れなかったら、三原屋を追い出されます。 そして仕方なく安い妓楼に行って、病気とかになったら……」



梅乃が精一杯に説得をすると、


「確かに、病気は困るな……」


「はい。 今まで通り、茶屋の姐さんでいてほしいです」


「わかった。 これから引き取りに行こう」



そう言って、千堂屋の主人が三原屋に出向いたのは三十分後であった。



「本当に申し訳ありません。 私も軽はずみな事をしました」 千堂屋の主人は、頭をさげていた。



「いえいえ……考え直してもらえて良かったです」 文衛門はホッとしていた。


(客を取る前で良かった……傷物きずものにさせた後じゃ、面倒だった……)

 


そして野菊は茶屋に戻っていった。


「お前、よくやったよ~ どうなるかと思ったよ」 文衛門は、梅乃の頭を撫でて言った。



その後、野菊に変化が出てくる。

色気が増し、男が好むような女になっていったのである。


そして、それを見たさに、引手茶屋に集まる男たちが増えていった。



(意外にも男とは単純なんだな……) 子供ながらに梅乃は、思ってしまう。



この数日、菖蒲が悩み始めていた。



「どうしました? 菖蒲姐さん」 梅乃が聞くと、



「ほら、野菊姐さん……あんな無垢むくな子が変わって人気になったでしょ? 私も真似をしようかと……」 菖蒲は、まだまだ迷走中である。



「うっ……」 そんな菖蒲を見て、頭を抱えた梅乃だった。

(妓女にもなっていない女の人に流されるとは……)



厄介払いができた三原屋は、普通の日々を送れるようになっていった。




しかし、まだ覚めない妓女がいた。


菖蒲である。

「こっちの方がいいかな~」 などと言いながら、鏡の前でウインクをしたりしていた。



(意外に、めんどくさい性格なんですね。 姐さん……) こっそり見ていた梅乃は、そう心の中で呟く。




翌日、梅乃は千堂屋に来ていた。


夜見世の食事の注文などをする時は千堂屋に頼んでいた。

「こんにちは。 注文書です。 よろしくお願いします」 



梅乃は事務的に挨拶をして、注文書を渡していると


「あぁ、梅乃ちゃん。 この前は、ありがとう♪」 注文書を受け取ったのは野菊である。



「いえ、野菊姐さんは此処が似合っています♪ ほら、姐さんを見にくる男の人もいっぱい♪」 



「そんな……三原屋で勉強させてもらったおかげよ」 野菊は照れながら話した。



そして、野菊が店の奥から花束を持って来て、


「よかったら、これを飾って♪ お世話になったから……」 


「ありがとうございます。 誰に渡そうかな?」 梅乃は、誰に似合う花かを考えていると



「できれば……菖蒲さんに……」 野菊が照れたようにモジモジしている。



「わかりました。 菖蒲姐さんに渡しておきます」 梅乃は頭をさげ、千堂屋を後にした。



そして三原屋に戻った梅乃は


「菖蒲姐さん、野菊姐さんから渡して欲しいと……」

そう言って、菖蒲に花束を渡す。



菖蒲は花に顔を近づけ、

「いい匂い♪」 大層、喜んでいた。



この後、花の蜜とは恐ろしいものだと菖蒲が知るのは、もう少ししてからである。



数日後、とある男性が三原屋に来ていた。


「いらっしゃいませ」 梅乃と小夜が頭を下げ、采を待った。



この男性は、妓女を求めての客ではない。

采と文衛門に用事があって来た客人である。



「はいはい……じゃ、こちらへ」 采は少し慎重な言葉運びで、奥の部屋に客人を通した。




『コソ~ッ』 梅乃は文衛門の部屋の外から耳を当てた。



「こら、盗み聞きは良くありませんよ。 梅乃」 この行動に注意をしてきたのは赤岩である。


「すみません……」 梅乃は大部屋に行こうとしたが、



「梅乃、ちょっと待って」 赤岩が呼び止める。

「はい、なんでしょう?」



「コッチへ」 赤岩が、自分の部屋に梅乃を呼んだ。



すると、赤岩は梅乃の着物の裾をまくる。


「何するんですか?」 梅乃が、咄嗟に裾を押さえる。



「こんなにアザが……女将おかみさんに言ったらいいのに……」 赤岩は梅乃に同情していた。



「いえ、いいんです。 私がダメなので……」 そう言って、梅乃は去ろうとするが


「これ、塗りなさい」 赤岩は、軟膏を梅乃に渡す。


「赤岩さん……」 



「いいんですよ」 赤岩は微笑んだ。



それからも、妓女は梅乃や小夜を叩いたり、蹴ったりすることがあった。


(これは良くないな……) 赤岩は采に話そうか悩んでいる。



そして数日後、三原屋に異才いさいな女の子がやってきたのである。



「……」


「へっ?」 梅乃や小夜は驚いていた。











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