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第十七話  年の瀬の騒ぎ

第十七話   年の瀬の騒ぎ



「おはようございます」 梅乃と小夜は、早起きをして吉原を散歩していた。



妓女たちは、朝の六時に客を見送る『後朝の別れ』を済ませてから寝床に入り、十時くらいまで仮眠に入る。


梅乃と小夜は、子供なので夜の九時には寝ている。 朝の六時には起きて、妓女の見送りには息を潜めて邪魔をしないようにしているのだ。



『後朝の別れ』が済むと、梅乃と小夜が慌てて小用に向かう。


その後、時間潰しに吉原の中を散歩するのが日課だった。



「もう寒いね……」

「うん、早く帰ろう」 そう言って、急いで妓楼に戻る。



「おはようございます。 潤さん」 梅乃と小夜は、毎朝 見世の前を掃除する片山に挨拶をする。



そして、しばらくすると

「梅乃……私、お腹が痛い」 小夜が言い出した。



「お婆~ 小夜、お腹が痛いみたい」 梅乃が采に話すと


「赤岩先生にてもらいな」 采は親指で赤岩の部屋をさした。



赤岩は三原屋に住ませてもらう代わりに、全員の診察をしている。



「ふむ……ちょっと早い気がするが……」



「なんだい?」 采が聞くと、


「おそらく馬かと……」 馬とは、生理の言い方である。 

月のもの、血の道 などと呼んだりもする。



「へ~ じゃ、初馬はつうまかい!」 采は喜んでいた。



そして、采は腹帯はらおびを改良して小夜の下腹部に付けた。

この月経帯を新馬しんうまと呼んでいた。 馬の帯に似ているからとのことらしい。



「小夜……大丈夫?」 梅乃は、まだ生理を知らず、痛がっている小夜を心配していると



「大丈夫も何も、お前もじきに来るよ。 心配するな」 采は、そう言ったが梅乃は心配であった。



翌日、小夜に出血が見られた。


そして一階の大部屋では 「おめでとう~」 なんて言葉が飛び交い

大部屋には、勝来や菖蒲も来ていた。



(なぜ、おめでとう……なのか?) 首を傾げる梅乃と小夜であった。



翌日から小夜はお休みとなった。

采が『初めてだから』と言って休ませるとは、 じつに優しいお婆である。



そうなると、おはちは当然 梅乃に回ってくるのだ。


「梅乃~髪結い」 「梅乃~服を押さえて~」 と、仕事が増えてきた。



(クタクタだ~) 梅乃は疲れていた。


そこに小夜がやってきて、

「ごめんね 梅乃~」 小夜が申し訳ない顔をしている。



「大丈夫だよ」 梅乃は、そう言って手をニギニギしていた。

小夜もニギニギを返して、布団に入る。



夕刻、梅乃は菖蒲の付き添いで引手茶屋に向かっていた。


「お待たせしました」 礼をして、顔をあげると



「大江様?」 今日の客は大江であった。


大江は玉芳を身請けした大旦那おおだんなである。


「どうされたのですか? 玉芳花魁は元気でいらっしゃいますか?」

菖蒲も堪らず声にする。



「あはは、元気ですよ。 玉芳から見てきて欲しいと言われましてね」

大江がニコッと笑う。



「良かった~」 そんな中、菖蒲は大江を三原屋まで案内する。



「まだ、花魁は誕生していないのかな?」 大江はキョロキョロと二階を見回していた。



「はい。 ただ、玉芳花魁の部屋は信濃姐さんが使っております」


「そうか……」 大江は酒に口をつけた。



「梅乃ちゃん、元気だったかな? 小夜ちゃんはどうした?」 大江は禿の名前まで覚えていた。



「今日は……体調が戻るまで布団で休んでおります」 梅乃がニコッとして答える。 



そして、夜も遅くなる頃

「じゃ、帰るよ」 大江は帰り支度を始める。



そして、采に挨拶をしながら

「お婆、玉芳のことで ちょっと……」



そして采と大江は話し込んでいた。



翌日、 「赤岩、ちょっと大江様の家に出向いてもらえないかい?」 


「かしこまりました。 しかし、大江様とは?」 


赤岩の言葉で、采はハッとした。


赤岩が三原屋に来たのは、玉芳が出て行ってからだと思い出していた。



「梅乃と大門まで行っておくれ。 その先から梅乃は出られないから」 そう言って、采は赤岩に説明する。




そして大門に着き、大江を待っていた。


「お待たせしました。 大江です」 

「初めまして、赤岩です」 お互いに名乗り、大門を出ていく。




「お婆、玉芳花魁に何があったのですか?」

梅乃は、采に詰め寄った。



「少し、体調を崩しただけだよ」 采は言ったが、梅乃は考えこんでいる。



それから梅乃は考え込み、大部屋をウロウロしていた。


“ウロウロ…… ウロウロ……”

「……」 采は、いつまでもウロウロする梅乃が気になり、



「いい加減にしろ!」 怒鳴りつけていた。


「―?」 肩をすくめる梅乃に対し、

「お前がウロウロするから、気が散る! なんか芸事げいごとでもやりな」 


「はい……」 ショボンとして、梅乃は外に出ていった。



この日、赤岩が戻ることはなかった。



 翌日も、その翌日も赤岩が戻ってくることが無く、三日後であった。


 「ただいま戻りました」 赤岩が戻ってきた。


 「おかえりなさい。 玉芳花魁はどうでしたか?」 梅乃が赤岩に聞くと、



 「ちょっと……お婆に話しをするから」 赤岩は梅乃を退ける。



 「失礼します」 赤岩は、采と文衛門の部屋に入っていった。



 「おそらく、ご懐妊かいにんかと……」



 「そりゃ、めでたい!」 文衛門は、つい大きな声を出してしまった。


 「お前さん、聞こえる!」 采は、慌てて止めたが聞こえてしまったようだ。





 “バタンッ ”  采の部屋の襖が倒れた。


 多くの妓女が聞き耳を立てていたのだ。




 「やった~♪」 そして、妓女たちの歓喜の声があがった。



 その中で浮かない顔をしているのが梅乃と小夜であった。



 「どうした? 嬉しくないのかい?」 采が不思議そうに、二人を見ると



 「いえ、嬉しいのと……」 梅乃が言葉を詰まらす。


 「嬉しいのと?」


 「もう一人のお母さんになってしまうんだな~と……」

 梅乃は、玉芳が大門を出る時に叫んだ言葉を思い出していた。



 “ お母さん ” と、叫んだ言葉だった。



 「確かに言ってたな……」 采は、キセルに火をつけ


 「じゃ、育てた私は何だい?」 梅乃に訊いた。


 「それは、お祖母ばあちゃんです」 梅乃がキッパリと言い切ると



 “ ポカンッ ” 当然ながら、叩かれた梅乃であった。



 「まぁ、何にせよ 玉芳の無事を祈ってやりな! それも親孝行さ」

 采は煙を天井に向けて吹いていた。



 

 「梅乃~ 玉芳花魁の子供は男かな? 女かな~?」 小夜はワクワクしていた。



「どっちだろうね~ 元気だったら、どっちでもいいや」 

そんな会話で盛りあがった三原屋である。



 

 それから数日毎に、赤岩が玉芳の往診おうしんをしていた。

 

 三原屋から梅毒を減らした実績を買われての事である。



 吉原という世界は狭い。 そして噂が広まるのが早く、


「梅乃~」 声を掛けてきたのは喜久乃であった。



「喜久乃花魁、こんにちは……」 梅乃が頭を下げると



「なんだい、水臭いじゃないか! なんで話してくれなかったのよ」 

喜久乃はハイテンションである。



「何がですか?」 


「玉芳の懐妊だよ~。 なんか、コッチまで嬉しくなるよ~」


(さすが花魁……凄い情報網じょうほうもうだ……) 梅乃は驚いてると言うより、恐ろしさを感じていた。




年の瀬の騒ぎは予想以上だった。



「そういえば小夜、馬には慣れた?」 梅乃は、自分にも来るであろう馬の感じを聞くと


「なんか感じ悪いけど慣れた。 一週間らしいから我慢してる~」

意外にあっけらかんとした小夜の表情に、複雑な心境な梅乃であった。



三原屋での生理事情は

新馬の交換、洗濯は禿が行う。 もちろん自分のも、妓女の分のもだ。



入浴では、生理中は浴槽には入れない。 体を拭き、流すだけである。


そして、妓女には生理せいり休暇きゅうかなどない。 妓女に休みは無いのである。



一見、華やかに見える妓楼でも労働環境は最悪である。

無休、薄給、常に妊娠や病気と隣り合わせの世界だ。



そんな環境でも楽しく生活が出来るように、最善を尽くしているのが三原屋である。 これは玉芳の功績が大きかった。




そして、大晦日。


年内最後の営業は、昼見世の時間から賑わっている。



妓女たちも気合が入っていた。 商人たちも大晦日と正月は休みであり、明治に入った新政府の方針で世間はガラリと変わっていたのだ。



客層もまげを結っている人が居なくなっていた。


(なんか、みんな金持ちに見えるな~)

子供ながらの感想である。


そして、大晦日の夜になり三原屋は大忙しである。


「梅乃、コレを二階の花緒の席に持って行って!」

「梅乃、コレを菖蒲の席~」 「梅乃~」



「小夜、生理休暇してんじゃね~」 と、叫ぶ梅乃であった。







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