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第十四話  先制攻撃

第十四話   先制攻撃



「お前、何を言っているんだい?」 采が驚いていると


「いえ、なんとなく言っただけですが……すみません」 梅乃は、しきりに謝っていた。




 采は無言で、そろばん弾きを始める。


「んっ? これは……」

 (これは正解かもしれないね……あの子、なんていう事を言いだしたんだ……)




 その後、三原屋は薬屋を呼んでいた。



 「この人数をですね……かしこまりました」 薬屋は頭を下げて、見世を後にしていった。



 「ま、まさかお婆……」 梅乃は驚き、采の元へ歩み寄ると



 「お前が言ったんじゃないか……」 采はキセルに火をつけた。



 梅乃は、こんな事態になると思わなかったが、これは良い機会だと思った。


 (これ以上、姐さんたちと離れたくないから……) 梅乃に冷たくあたる妓女もいるが、大体の妓女は優しかった。 これは玉芳の功績でもある。



 そんな時、采は梅乃と小夜に役割を与えていく。



「……はい」 梅乃と小夜が頷いた。



それから梅乃と小夜は妓女に付き、お世話をしていく。


そしてメモをする。 字の練習にもなるし、作法や着付けの勉強にもなった。




「これです……」 梅乃と小夜が、采にメモを渡すと


「汚い字だね……もっと、しっかり書きな!」 そう注意されることも多いが、このメモは役にたっていく。




着替えを手伝うこと一週間、梅乃と小夜は妓女の身体を見ていた。


“梅毒の症状が、身体に出ているかのチェックである ”



普段は衣服を着ていて見えない部分を、着替えの手伝いをしている二人には無防備に見せてしまうからである。



そして

「お待たせしました。 お薬です」 薬屋に頼んでいたのは梅毒の薬であった。



采は、妓女の全員に梅毒の薬を飲ませた。



現代であれば、症状の無い者や感染していない者に飲ませるのは異常なことである。



副作用もあり、逆に体に異変があっても困るからだ。


ただ、吉原では大問題であり、三原屋でも存続の危機でもある。

妓女たちは黙って受け入れ、薬を飲んでいく。



薬を飲み続けて一か月、梅毒の痕跡こんせきがあった妓女からも跡が消えだしていた。



そして、薬による副作用も妓女たちからの訴えも無かった。



実質、医者に診せるより金が高くなってしまったが、命の問題や梅毒で妓女を失わずに済んだと思えば安く済んだと思うようにしていた。



「お前たちのおかげだよ」 文衛門と采は、頭を撫でている。



(よかった) 梅乃は単純に嬉しかった。


その様子を、文衛門と采は見ていた。




その後、三原屋では薬の処方を武器にしていく。


『梅毒の薬を妓女に処方しており、安心して遊べます』 と、良いアピールであった。



そして、この安心感から三原屋の人気は さらに増えていく。


たくさんの客が押し寄せる為、薬でどうにかなる……というレベルの話しではなくなっていたが、人気になって安心していた。



「姐さん、失礼しんす……」 梅乃が勝来の部屋に入ると、


「お前、たいしたものだよ」 勝来は、笑顔で梅乃を讃えていた。



「いえ……」 梅乃は照れている。


「この見世の数十人の命を救ったんだ。 私は嬉しいよ」

勝来の言葉に、横にいた菖蒲も頷いていた。



この先制攻撃に、三原屋は活気づいていった。



そして噂は広まり、各見世も導入していくことになるのだった。



結果、梅乃の奇策は三原屋の数十人の命だけでなく、他の見世の妓女や客の命まで救うことになっていく。



流石に、禿の提案とは噂にならなかったが、梅乃は陰のヒーローとなっていた。




数日後、鳳仙楼の主人と花魁の鳳仙が三原屋にやってきた。


「噂で聞きましてね~ 誰が提案したのです?」 鳳仙楼の主人が、文衛門に聞くと



「実は、そこの禿の梅乃が言い出しまして……」 文衛門が答える。



(梅乃が……?) 鳳仙が梅乃に目を向ける。



鳳仙楼の主人は、薬屋を紹介してもらい先に帰っていくと


「梅乃……」 鳳仙が梅乃を呼んだ。




「なんでしょう? 鳳仙花魁」 


「なぁに……今回は吉原を救ってくれて、本当にありがとう」 鳳仙は綺麗な姿勢で梅乃に頭を下げた。



それを見ていた三原屋の妓女が驚いている。



当然ながら梅乃も呆気に取られ


「あの……鳳仙花魁」 


「この世界に長居すると、商売しか見なくなるもんでね……こんな可能性すら見えていなかったよ。 本当に、お前には感謝しているよ」



そう言って、鳳仙も帰っていった。



あの気高き花魁が、他の見世の禿に頭をさげる姿勢に全員が驚いていた。




そこに采が大部屋にやってくると



「お前たち、あの鳳仙が梅乃に頭を下げる意味が分かるかい?」


采が話し出すと、妓女たちは静かになる。



「今では、鳳仙が吉原で一番の妓女さ。 なぜに一番になれるか分かるかい? それは人としての姿勢さ。 この姿勢こそが人を繋ぐのさ。 だから売れる妓女なんだよ」 采は周囲を見渡しながら言った。



これは、少しばかり売れて胡坐あぐらをかいているようじゃ、すぐに落ちていくと言ういましめでもあった。



幼いなりに梅乃も理解していた。


この話しは永遠に忘れまいと胸に仕舞い込むのであった。



翌日、梅乃と小夜は長屋に来ていた。

「安子姐さん、体調はどうです?」 小夜が安子の身体を拭きながら話している。



「うん。 まずまずかな……」 安子は発症したばかりで、寝込むほどではなかったが、身体の発疹ほっしんの範囲が大きくなっていた。



「しっかり休んでください……」 小夜は、安子が安心できるように最善の言葉を掛けていく。

 


そして、三原屋では新たな感染者の報告は出なくなった。

「梅乃、小夜、しっかり見てくれな」 采は気を緩めることなく、梅乃たちに監視のような役目を継続させていた。



(なんか、姐さんたちが罪人みたいだな……)

そんな気がしてきた梅乃である。



そして吉原でも、一旦は落ち着いていた梅毒の猛威が再び押し寄せてくる。



これは客だけのせいではなかった。


幕府が倒れ、明治に入ってから急速な国際交流により病気も様々な形でやってきていたのだ。



(ここ最近、異人いじんをよく見るな……) 梅乃や小夜も、吉原でチラホラと外国人を見かけるようになっていった。



これは貿易の商談として、吉原で接待をするようになっていたからである。


これこそが病気を加速させている原因のひとつだ。

しかし、客を選んでいる場合ではない。 見世や妓女は黙って受け入れるしかなかったのだ。



ある時、一人の医者が現れる。



小夜が買い物を言い渡されていた時のこと……


小夜は食材などを買いに来て、大量の品物を抱えていた。


「こんなに沢山の買い物で、全部持てるかい?」

小夜の心配をしていた店の主人に


「大丈夫です」 そう言って小夜は店を出て、仲の町を歩いている。



しかし、人通りの多い仲の町でヨロヨロと大荷物を担いでいた小夜は、人とぶつかり倒れてしまった。



「―うっ」 荷物は散乱し、小夜は頭を押さえたまま動けなくなっていた。



「大丈夫かい?」 そんな言葉は出るが、ここは吉原である。



女性を買いたがる男衆おとこしゅうは、先を急ぐ者ばかりだ。 倒れている小娘を心配する者はいなかった。



そこに、中年の男性が現れ

「お嬢さん、大丈夫かい?」 そう言って小夜を抱きかかえた。



「―すみません。 ありがとうございます……」 小夜はお礼を言った瞬間に、ガクッと気を失ってしまった。



男性は小夜を抱えたまま叫ぶ。

「すみません。 この子、どこの子か知らないですか?」  


男性は何度も叫んだ。



すると、ある男性が出てきて、

「この子……三原屋の禿じゃないか?」 男性が言うと


「それは、何処の見世でしょう?」 助けた男性が聞くと、場所を教えてもらった。




「あの~ すみません……」 小夜を抱えた男性は、三原屋の入口で声を出すと



「はい、なんでしょう?」 これに対応したのは片山である。


「はい、えっ? 小夜?」 片山は驚いていた。



「そこの大通りで倒れていまして、周りの人に聞いて連れてきました」 小夜を助けた男性が経緯を説明している。



「ありがとうございました。 こちらへ……」 片山が男性を応接間に案内し、文衛門を呼ぶと



「あの……親切にして頂き、ありがとうございました」 文衛門は感謝の言葉を言う。



「いえ……それに、特に外傷もなくて良かったです」 男性は言った。


「もしかして、お医者様で?」 


「はい。 医者なのですが、診療所も持たずに放浪ほうろうしていまして……」 男性が恥ずかしそうに言う。



「あの……お名前は?」 文衛門は、医者で診療所を持っていないことに不思議を感じていた。



赤岩あかいわ と言います」


「そうですか……よかったら、ウチで働きませんか?」 文衛門は、唐突とうとつに言い出した。



「えっ?」 赤岩が驚いている。


「この吉原は、病気と背中合わせの場所です。 もし、梅毒などにくわしいようでしたら診ていただきたいのです」 文衛門は、初対面の赤岩に頭を下げると



「……わかりました。 お部屋をお借りしても?」


「もちろんです。 こちらへ」 文衛門は、一階にある小さな部屋を赤岩に与えたのだった。



赤岩が小さな部屋に医術の器具を並べていると、



「まず、小夜を診てもらえますか?」 文衛門が赤岩の部屋に小夜を運んできた。



そして、赤岩の診たてで、小夜は脳震盪のうしんとうと判断する。

「しばらくは、そっとしておいてください」 そう言って、小夜を休ませる。



後日、長屋での診察が始まった。


妓女が安心して働けるよう、先に医療を導入した三原屋の噂は広まっていくのであった。


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