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薔薇_壱

 氷室を出て、案内されたのは先程の一軒家だった。再び家の中に入ればリンドウが叩頭して出迎えてくれる。結衣は慌てて彼女を起こそうとしたが、リンドウは止める気配がなかった。

 そんな彼女に構わずにカルミアは奥の方へ視線を向けた。


「此方が苞厨(ほうちゅう)でございます」


 垂幕があったため気付かなかったが、部屋の一角に台所と思わしき場所があった。包丁と思われる刃物、木のまな板。昔話に出てきそうな竈まである。すぐ近くには大きな甕が二つあり、薪が積んであった。


「ワンルームみたいな感じになっているのね」


 置かれた鍋や調理器具は手入れされており、埃一つ被っていない。リンドウが持って来てばかりなのだろうか。

 銅製のフライパンみたいなものまである。さすがにオーブンやレンジはなさそうだ。

 火はどうやって起こすのだろうか。水はどこにあるのだろうか。


「カルミアさん、リンドウさん」


 そう呼びかけながら振り向いた時に知らない青年がすぐ近くにいた。結衣は思わず悲鳴をあげて、距離を取る。


「そこまで驚く?」


 青年は呆れた様子で近づいてきた。

 カルミアとリンドウは彼を制止する様子はなく、その場で叩頭をしている。どちらかが小さな声で「殿下」と呟くのが聞こえた気がした。――この人、もしや身分が高い人ですか。

結衣は目の前の青年から逃げることを止めて、その場でお辞儀してからゆっくりと膝を曲げ始めた。この国の礼儀を知らないから合っているか分からないが、お辞儀と土下座は全国共通だと思いたい。


「頭を上げよ。今回はお忍びみたいなものだ」


 そう言われた結衣はおそるおそる頭を上げた。

 目の前にいた青年はアラブ系のような外見だった。浅黒い肌に彫りが深い顔立ち、深い蒼を湛えた瞳。白いターバンには銀装飾が施されている。手のような形をしており、中央は丸く抜かれている。まるで目玉のようだ。鳥よけの目とよく似ている。

 赤い毛皮のようなベスト、ゆったりとした赤色のロングワンピースのような衣装には金の刺繍が施されている。目に鮮やかな衣装だが、それを着こなせている不思議な魅力があった。


「オレはギュル。薔薇(ばら)という意味だ」


 深紅の薔薇が誇らしげに咲いているような佇まいだ。周りに傅かれるのも、それを当たり前のように受け取るのも彼の当然の権利なのだと思わせるほどに。


「キミは……ユイだっけ。たしか」

「はい、そうです」

「じゃあ、ユイ。オレたちは今から友人だ。よろしくな。オレのことは呼び捨てで呼んでくれ」


 ギュルはそう言いながら意味ありげに微笑んでみせる。結衣もつられたように笑い返す。


「今からご飯を作るのでお構いできませんがよろしいですか」

「大丈夫だ! むしろ、ご相伴に預かりたいところだ」


 結衣の笑顔が固まる。いかにこの国の常識や作法に疎くても分かる事はあった。――素人の料理をわざわざ食べなくても彼ならばきっと高級な物を食べられる筈だ。

 階級が高い人くらいしか分からないが、洋服の布地や刺繍は一級品に見える。何より気さくに話す彼の所作には品があって優雅だ。


「わざわざ此処で食べなくてもよろしいかと……」

「友人に対して、その態度はいかがなものか」


 まるで脅すような言い方はどう見ても友人同士のやり取りではない。結衣は溜息をつきながら、思わず素で言い返してしまう。


「友人はご飯をたかるような真似は――ああ、いえ、何でもありません!」


 途中で失礼な態度に気付いて訂正を入れる。

 結衣は腕まくりしながら調理器具を一つ一つ確認していく。材質こそ違うが、見慣れた調理器具に似た物も幾つかある。


「普通の鍋と同じ使い方でいいのかしら」


 銅製や鉄製の鍋を見ながら結衣はブツブツと呟く。それからエコバックに詰めた食材を見た。中には幾つか野菜と調味料が入っている。

 次いで結衣は室内にいる人数も改めて確認する。――カレーにしようかな。元々冷凍保存用で作ろうと思っていたバターチキンカレーにしよう。そのために鶏もも肉、カレールーも生クリームも買ってあるし。トマトだけはトマト缶が家にあるから買ってきていないが、現地調達に期待したいところ。なければ普通のカレーになるだけだ。


「うん、カレーを作ります」


 ネットに入ったたまねぎを出して、カレールーも出しておく。追加で必要な食材も後で取りに行かなくては。


「何か必要なものはございますか」


 気が付けば隣にはカルミアとリンドウが控えている。ギュルは部屋の真ん中で堂々と座り込んで、此方の様子をつぶさに観察していた。


「えっと、お米と、トマトなんて、ないよね」


 リンドウは考え込むように顔を伏せて、カルミアは小首を傾げてしまう。おそらくトマトが引っかかっているのかもしれない。

 結衣はポケットからスマホを取り出して弄り出す。電波は使えないけど落としきりのアプリなら使える筈だ。


「なんだ、それは」


 見慣れない物が気になったのか、ギュルが近づいてきた。


「ググって画像を見せようと、いえ、調べ物をしようと思って」

「ぐぐ……?」


 慣れた手付きでアプリを起動させようと試みたが、エラーで返ってきてしまう。


「そう上手くはいかないか」


 結衣は嘆息しながらスマホをしまう。


「えっと、カレーはやめて、別なのを――」

「言葉を覆すというか」

「はい?」

「オレの前で最初に作ると宣言した料理を作れ」


 結衣は笑顔のまま固まってしまう。完全な無茶ぶりである。カルミアとリンドウの方を向き直った。彼女たちもやや強張った表情で此方を見ている。


「えっと、トマトっていうのは丸っこくて赤くて、青臭い食べ物で」

「……蕃茄(ばんか)のことですか」

「ばんか? トマトのこと?」


 結衣が復唱した名前を聞いたカルミアとギュルの表情は一瞬強張った。


「あれならば罪人の食材用に飼育している畑がございます。取り寄せてまいりましょう」

「ざいにん?」


 リンドウはスカートを翻して、その場を去ってしまう。残されたカルミアも「では私は穀物を取ってまいりましょう」と言って、後を追うように出て行ってしまった。

 ギュルと二人で取り残された結衣も居たたまれない気持ちになる。ギュルに一度頭を下げてから「じゃあ、私も食材取りに行きます」と歩き出した時だった。


「待て」


 ギュルは威圧的な声で制止する。険しい表情をしており、今にも人を殺しそうな目をしていた。


「は、はい」

「キミはドマテスがどういう物か知っているのか」

「どまてす……、ああ、トマトのことですね! 美味しいですよね、私オリーブオイルと塩をかけて食べるのが好きなんです」


 作業工程も少なく、お酒のおつまみにもなってお手軽な料理だ。

 ギュルは訝しむように結衣の全身を眺めまわした後に、口の中だけで呟いた。


「……異邦は呪いへの耐性が強いのか」


 ギュルは眉を一瞬だけ寄せたが、すぐに笑顔を作る。


「変な質問をして悪かったな。食材を取りに行くのだろう? このオレが直々に供をしようじゃないか」


 結衣は口を開きかけたが、すぐに閉じてしまう。それから深々と頭を下げて「よろしくお願いします」とだけ伝えるのだった。


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