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氷室_壱



氷室(ひむろ)が裏手にあります」


 カルミアを先導にして、案内された場所はそれほど遠くない場所だった。用意された家から徒歩二十分といったところだろうか。

 リンドウは家で暮らす上で必要な物品を準備するとのことだったので別行動だ。

 木材と藁、それに粘土と思わしき材質出来た簡素な小屋だ。

 年季が入った扉を開ければ室内は涼しい。というより冷たい。真冬に放り出されたような寒さだ。

どう見ても電気設備はなさそうだ。外は春の陽気のように温かいのに、どうしてこんなに冷えているのだろうか。


「カルミアさん、ひとつ伺ってもよろしいですか」

「どうぞ、カルミアとお呼びくださいませ。なんなりとお尋ねを」


 深々と頭を下げるカルミアに対して、結衣は慌てて制止する。


「えっと、人前では体裁を整えた方がいいのかもしれないけど、周りに私しかいない時はカルミアさんも楽にしてください」

「いえ、そういう訳にはまいりません」


 そう言ってカルミアは頑なに頭を上げようとしない。その様子に結衣も思わず頭を下げてから謝罪する。


「無理を言って、困らせてごめんなさい」

「滅相もございません。……訊きたいことを伺ってもよろしいですか」

「そんな大したことではなくて、此処はどうして冷えているのかなって思っただけ」


 ああ、と声を溢してからカルミアはようやく頭を上げた。それから部屋をぐるりと見渡してから返答する。


「そういった場所なのでございます」


 結衣は首を傾げてから考え込む。電気ではなく、ましてや氷やドライアイスも置いてなさそうだ。


「もしかして、魔法とか?」


非現実的ではあるが、可能性の一つを述べてみる。突飛ではあるが、知らない世界に迷い込んだ結衣からしたら選択肢に出てきても不思議ではないだろう。

 一方でカルミアは首を傾げる。魔法と言う単語に耳馴染がないようだ。


「まほう、とはなんですか」


 逆に質問を返された結衣は目を瞬かせる


「童話とかに出てくる、空を飛んだりとか、何もないところから水や火を出したりとかする力、とか」


 躊躇いがちにそう言えばカルミアはきょとんとした表情を浮かべる。どうやら上手く伝っていないようだ。


「まほう、ではないと思いますが、此処に掛けられているのは呪いです」


 のろい、と口の中だけで結衣は呟く。


「え、心霊スポットってこと、ですか?」

「しんれい、すぽ……?」

「なんでもないです! 呪いって、どうしてこの場所は呪われているんですか?」


 見当違いなことを口にしたのだと察した結衣は質問を変えた。カルミアは静かに語り出す。


「遠い昔にムラジという男が街に住んでおりました。彼には好いた女性がいましたが、彼女の心は凍っておりました。氷姫と呼ばれている彼女の歓心を得ようとムラジはあの手この手で誘いかけますが、どれも失敗してしまいます。やがてこの国の王子が彼女を見初めて結婚してしまいます。激怒したムラジは彼女をさらおうと宮城に忍びこみますが……」


 カルミアは不自然に言葉を区切ってから宙に視線を移す。


「ちょうど此処で殺されます。命が尽きる瞬間までムラジは王子と女性を恨み抜きました。その日からこの場所は草木が這えずに決して温まることがなく、氷の場所となったのです」


 相槌をうちながら聞いていた結衣は一通り話を聞いてから、思ったことをそのまま口にする。


「そんな物騒な場所で食べ物保存していいんですか?」

「便利ですから」


 間髪入れずに言葉を返してきたカルミアの声に憐れみすら感じなかった。機械的とも言える態度に結衣は苦笑いする。――これは死んでも浮かばれない。


「この国には元々呪いがありました。多くの人が住む上で降り積もる些細なものばかりですが、(わたくし)達は花と呪いとともに歩んでまいりました」


 黙って話を聞いていた結衣は、やがて沈痛な面持ちになる。人が住む上で降り積もる呪いに思うところがあったのか、それとも本当に知らない世界に来てしまったのだと実感したからなのか。表情だけでは図りかねたが、彼女は言葉にしなかった。


「この国にあるのは花と呪いです。誰も彼もが花に祝福されて、呪いを受けるのです」


 念押しされるように言われた言葉に結衣は天井を仰ぎ見る。ややあってからふんわりと微笑んでみせる。


「教えてくださってありがとうございます。まだまだ分からない事ばかりなので、カルミアさんさえ良ければまた教えてください」

「ええ、私で分かる事でございました遠慮なくお尋ねください」


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