『経頼、頼通の叱責により速記死すること』速記談2010
関白左大臣藤原頼通公が、清涼殿殿上の間の小板敷において、左大弁源経頼公を強くおしかりになった。頼経公が、上役である権大納言源師房卿の速記文字は長さがあいまいだと悪口を言ったからだという。経頼は、冷や汗をかいて退出するとき、紫宸殿の北庇で、源経長とすれ違った。経頼が、生気のない様子であったので、心配して声をかけると、関白殿下のおしかりを受けてしまった。もう生きてはいられない、との答えであった。その後経頼は、病にかかり、ほどなくして本当に死んでしまったという。
教訓:源師房は、道長の娘婿で、頼通の正室の弟、後に頼通の養子。そんな人の悪口を言っちゃだめ、絶対。