7.少女たちは目覚めない
トレーラーを東京駅に隣接する“東京ガーディアン別棟”の建屋に乗り付けると、鳥居の形に似た巨体なガントリークレーンが頭上に展開した。
七菜子が入ったアイソレーション・タンクをコンテナごとトレーラーから引き揚げ、居住区に搬送する。
私は、妙な胸さわぎを抱えて七菜子を見送った。
潔子の一件、特に彼女がファンタジアにネガティブな反応を見せたことが気になっていた。
七菜子はすでにあの世界にダイブしている。この場の喧騒をよそに、平穏な眠りについた頃だろう。
「お疲れっ!」
誰かが腕を叩いた。
振り返ると、目が大きく化粧が濃い丸顔がニヤニヤしている。
美輪管理官。
財務省の女性キャリアだ。
管理官の筆頭格は財務省からの出向者で、最も有能なセブンスを管理する。
それには理由がある。
アイソレーション・タンクは国有財産であり、その製造技術も国有秘密特許になっている。
セブンスはアイソレーション・タンクなしでは生き長らえない。
よって財務省は、彼女たちの活動を民間に任せつつ、間接的にではあるが、日本政府の管理下に置くことができる。
現体制では美輪管理官が七菜子担当だ。
「歩きながら話そう」と彼女は並んで歩いた。
「聞いたよ。猪本管理官をシバイたんだって?
あははっ!
ダメじゃん!」
「いや。
あいつは不注意で潔子を外に出して、危険にさらした。
その挙げ句に、八つ当たりで俺に手を出してきやがった。
映像を確認してほしい。
あいつは不適格だから、親元の防衛省にお引き取り願いたい」
「その場面ならもう見たよ。
“転び”ってやつだろ?
さすが元公安刑事!」
美輪管理官はクツクツ笑った。
「とりあえずさー、
猪本管理官は潔子ちゃんの担当を外して、当たり障りのない情報統括をやらせる。
それで我慢しな?」
美輪管理官はなだめるように、私の肩に手を回した。
彼女も最初は私の言動が気に入らず、よくぶつかったものだ。怒鳴り合いもした。
だが、彼女の明るい性格と、その理詰めでドライな損得勘定のお陰で、お互い折り合うようになった。
私は渋々うなずいた。
エレベーターホールに着いたが、彼女は私を離さなかった。
「さっ、ここから本題。
本部会議室に行くよ!
幹部が集まってる」と言う。
「潔子が逃げた件で?」
「もっと深刻。あの子たち全員に関わる問題」
「アイソレーション・タンクとファンタジアだな?
システムの不具合?」
三輪管理官は、「ちょっと違う」とだけ答えると、セキュリティを解除して会議室のドアを開けた。
会長の姿はなかったが、蔭宮社長以下、十人の役員全員が揃っていた。
IT担当部長を兼ねる光山がブリーファーだった。
「もはや緊急事態と言えるでしょう。発生したのは、我々が確認しうる限り二時間前です。
…セブンスたちが眠りから醒めない!」
光山は汗を拭きながら状況説明する。
「接続を拒否した潔子を除いて全員です。
現時点でシステムに問題は認められません。
インターフェースも異常なしです。
そもそも全員同じ状態なので、個々の機材や回線の問題とは考えにくいのです。
インターネットも正常に稼働しています。
このままでは…」
「お嬢ちゃんたちは“お花畑”から帰って来ないっ…てか?
やれやれ、
お手々繋いで遊んでるんじゃないの?」
役員の一人が吐き捨てるように言った。
地下トンネルを含む不動産管理会社からの派遣役員だと聞いている。
ファンタジアは、少女たちだけの聖域であり、外からの干渉を許さず、覗き見ることすらできない。
だが、権力の側に立つ大人は、思いどおりにならない聖域の存在に苛立つ。
ファンタジアを蔑視したり、猜疑心を露わにする者も少なくない。
美輪管理課が机を叩いた。
「不適切な発言です。
ファンタジアは、血税で創り上げたセブンス支援とブラッドワーム討伐システムの一体不可分な領域です。
断じて、“お花畑”ではありません。
まして、“遊んでる”などと不見識極まる」
蔭宮社長が両手を挙げて制した。
「撤回する。
そして、役員は光山君以外、一旦外してくれ。二人に話がある」
私は元不動産屋の襟首を掴んだ手を離した。
「つまり、今必要なのは情報だ。
誰かがファンタジアで何が起きているのか、見てくる必要がある」
社長は続けた。
「そいつは無理だ。
セブンスの一員だと認識されなければブロックされる。
美輪管理官の言うとおり、ファンタジアの入口は、アイソレーション・タンクと不可分なんだ。
ご存知でしょ?」と私は指摘した。
「潔子のインターフェースが空いてます。あれを使えば可能です」と光山が早口で言った。
「潔子になりすますのか?
システム上は可能だろうが、すぐにばれるだろ?
あの子たちは騙せない。聖域は絶対だ」
「潔子ちゃんのことを熟知していて、協力を頼める間柄なら?」と美輪管理官が言った。
「例えば、五年くらい潔子と一緒に働いた人間であれば、潔子になりすますのに、うってつけだ」と社長。
三人が私を見つめた。
私は、潔子の貴族的な顔立ち。銀色の長い髪。薄紫のワンピース姿を思い浮かべた。
七菜子と違って言葉遣いも上品だ。
「俺に?冗談だろ!」