12.現実世界へ
私は底しれぬ暗闇に放り出された。音も光も一切の感覚がなく、上も下もない。
パニックになりかけたが、頭を覆うインターフェースのヘッドギアから伸びたコードの束をたぐり寄せた。
聞こえるのは心臓の鼓動。
そして感じるのは、熱い血流だ。
私は怒りに任せて何度もアイソレーション・タンクの天井を殴った。
すぐに銀色の蓋が開き、救いの手が差し伸べられた。
人工羊水を突き破って空中に頭を出すと、美輪管理官の丸顔と鉢合わせになった。
「お帰り!
あなたを置いて逃げようか、相談してたとこよ」
笑顔だが、緊張しているのだろう。珍しく顔がこわばって、目を見開いている。
彼女の後ろに、汗に光る光山部長のハゲ頭も見えた。
「どうした?」
私はアイソレーション・タンクの外に這い出した。
ふらついて滑り落ちそうになったが、美輪管理官に支えられた。
「ブラッドワームが東京駅の地下、あたしたちの真下に集まってきてるのよ。
一万匹くらいが不規則に泳ぎ回って、てんでバラバラ。群体としての行動予測ができない!
なのに、あの子たちは誰も起きてこない」
ファンタジアと東京が、同時にブラッドワームから襲撃を受けようとしている。
時間がない。
「よく聞いてくれ」
私は彼女の両肩を掴んだ。
「ファンタジアに侵入したハッカーがいる。
名前は“ゴルディアス”。
もちろんハンドルネームだろうが、仲間もいる。少なくとも十人。
公然情報か通信傍受の記録を探ってくれ。
そいつは俺たちと同じ原理のインターフェースを使ってる。消費電力がハンパないはずだ。
それから、セブンスのこと、潔子のことを知ってて、多分だが、アイソレーション・タンクの技術を盗用してる。
つまり、
…俺たちガーディアンの関係者か周辺者だ。退職者の可能性もある」
「分かった。出向者チームを集めてすぐ手配する。警察庁をヘッドにするわ。
あなたは?」
「潔子と話がしたい」
「分かった」
美輪管理官は笑って私の尻をピシャリと叩いた。
「その前に、服を着なさい。いい体してるのはもう分かったから」
潔子は東京ガーディアン別棟に併設した医療センターの病室にいた。
「潔子さん」
私が話しかけると、薄く目を開いた。
彼女は一日でげっそり消耗して、死期が迫った老女のようだった。
「純吾」
「はい」
「あたしはきれいだったのよ」
「今もですよ」
「うるさくて死にそうなの」
「大丈夫です。ファンタジアを取り戻します」
「七菜子を守って」
「はい」
「あたしを忘れないで」
「はい」
潔子のアバターを壊してしまったことを謝ろうと思っていた。
だが、何も言えず、病室を出た。




