97
「私もしたいです」
涙で濡れた顔を拭い、ティアラが顔を上げる。
(キス……あれからずっとできなかった。私もしたい。でも久し振りだし、ドキドキする……)
同じ気持ちである事にほっとする。
緊張しているのか、しきりに髪を触っている。
ティアラ、照れていて可愛い……
「……その前に抱きしめてもいい?」
俺の言葉にティアラがまた笑顔になった。
(はい! お願いします! 仲直りできて本当に良かった……)
お願いしますって……
ティアラの心の声に思わず笑ってしまう。
……さっきまでの暗い気持ちが嘘のようだ。
(あ……バート様、笑ってる! 嬉しい……)
ティアラは少しはにかんでから俺にくっついてきた。淡い桃色の髪を撫で、自分へ引き寄せる。
ティアラの心臓の音が聞こえ、言葉にできない幸せを感じた。背中に手が回ってきて、愛しい気持ちが強くなる。
一方通行じゃない……
確かめるように、その細い体を抱きしめた。
「ティアラ、温かいね」
髪を撫でると、ティアラが目を細めた。
「子ども体温って言ってますか?」
「ち、違うよ。幸せだなと思って」
こんなやり取りも久し振り。
「私も幸せ……」
お互い、目が合って笑う。
(こんな風に話せて、いつもみたいに戻れて、良かった。ずっと怖くて話せなかったけど、バート様も不安だったんだと言ってた。悲しい思いをさせてごめんなさい。私、もっと頑張りますから)
ティアラは頑張らなくていいよ……
そのままの君が好きだから……
(早くキスしたいな……抱きしめられてるのも、幸せなんだけど。私からしたら、はしたないかしら)
そわそわしている表情が可愛くて、困ってしまう。
飛び込んできた思考にも動揺。
して欲しい……
ティアラからキス。……されてみたい。
魅力的な提案だけれど、今回は俺から──
頬に手を置くと、色白の肌が赤く染まった。
急に早くなった心音を聞いて、嬉しくなる。
赤くなるのは、俺が好きだから……?
恥ずかしそうな表情も堪らない。
(バート様の瞳、本当に綺麗なサファイア……)
うっとりと見られて、頬をくすぐる。
「目、閉じて……」
そう伝えると、頬は更に赤くなった。
(でもバート様のキスの顔、見たい……格好良くて色気もあって。凄く好きな顔なんです。だから見せて? 目を閉じる瞬間も見たい……長いまつ毛が揺れる、あの瞬間が好き)
流れる声を聞いて、目が点になる。
も、もー。本当に困った子だな。
恥ずかしくなりながら、目を閉じた。
そっと唇を重ねると、甘い香りがする。
(大好きです。バート様!)
ありがとう。いつも伝えてくれて──
潤んだ目元をじっと見つめる。
「好きだよ、ティアラ……」
ニ度三度繰り返した。
「私も……んっ……」
久し振りのキスに酔う。
キュンとして、どうにかなりそう……
泣きそうな程の幸せに身を委ねる。
「誰か残っているの?」
抱きしめていると、ノック音と女の人の声が聞こえ、驚く。
そういえば、下校の放送からだいぶ経っていた。
「はい!」
返事をしてから、バッとティアラの方を向く。
『ティアラ! ボタンしめて!』
前が開いたままだった事を思い出し、焦って口パクで伝える。
ティアラはハッとしてから、大急ぎでボタンを閉めた。
確認してから、慌ててドアを開けに行く。
「バーバラ先生……」
ティアラが呟く。見回りの先生はティアラの担当の先生だった。
「すみません。つい話し込んでいて……」
頭を下げ、鍵を取り出す。
「なんだ、レヴァイン君とルアーナさんだったのね」
密室に二人きり。しかも鍵をかけたまま。何かしら注意を受けるかもしれないと身構えるが、現実は違った。
「暗いから、気を付けて帰ってね」
和やかな笑顔で言われた。
(あらあら、ルアーナさんったら、涙の痕が……目も真っ赤だし。でも暗さが全然ない。仲直りできたのね? ずっと元気がないから心配してたのよ! 良かったわ〜)
先生にまで心配をかけていたようで申し訳なくなる。
「ご機嫌よう」
先生と別れた後、こっそり手を繋いで馬車まで戻った。
✳✳
侍従のレイモンドは馬車の外で待っていた。
「遅くなって悪かった」
「ギルバート様!」
(あまりに遅いので、何かあったのかと思いました!)
「今日は何もご予定がないと言われていたから、心配しました」
「ごめん」
レイモンドに困ったように言われ、再度、謝る。
「ご無沙汰しております。遅くなってしまい、申し訳ございません」
ティアラが頭を下げると、レイモンドが目を見開いた。
(ティアラ様とご一緒だったのか! え? 今までお二人で? ご一緒されるのは、何日ぶりだ? 仲直りはできたのだろうか。あ! でも二人の表情も明るいし、もしかして?)
「ティアラ様もこちらに乗りますか?」
すました顔でレイモンドが聞いてくる。
……うちの侍従達はどうして揃いも揃って、心配症なんだ。
少し気まずくなりながら、口を開く。
「うん。こっちに乗るから、向こうに声をかけてくる」
そう伝えると、レイモンドの顔がパッと明るくなった。
(ギルバート様、仲直り、おめでとうございます! 良かったですね! 皆、心配してたんですよ。帰ったら、旦那様や奥様、家令、メイド長、皆に報告しなくては!)
レイモンドの浮かれた声が聞こえてくる。
皆が心配してくれていたのは、分かっているけど……
「そうですか! では、中でお待ちください。僕がルアーナ邸の馬車に伝えてきます。少し冷えてきたので、中でお待ちください」
「私が──」
ティアラが言い出すが、レイモンドは答えを待たず、行ってしまった。




