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「ごめんね、ティアラ」
自分の不甲斐なさを謝る。
(『ごめん』……? もしかしたら言われちゃう……? 『もう終りにしよう』って。そんなの、嫌!)
ティアラは目元を擦りながら、俺を見てきた。
「バート様は! 何も悪く……ないんです! あの……時は……っ。おど……ろいた、だけで……」
(バート様が好き。大好きなんです……お願いですから、『別れよう』なんて言わないで……)
泣きながら必死に言われ、胸が痛くなった。
こんなに追い詰めていたなんて……
「……バー、ト……様っ……ぅ。わ、私……」
(ごめんなさい。拒否したりして。もう二度と嫌がったりしないから、言わないで……)
思い詰めた表情を見ているだけで、罪悪感に苛まれる。
──俺の態度のせいで、ティアラはずっと不安だったのかもしれない。
「泣かないで……」
ハンカチでティアラの涙を拭くと、余計に涙が溢れてきた。
(子どもみたいに泣いたりして、きっと困らせてる。……でも、バート様はこんな時も優しい。やっぱり私、諦めたくない!)
ティアラが俺の腕を掴んできた。
「バート……様が……好き……なんです……」
瞬きをする度にダークブルーの瞳から涙が零れ落ちる。
思えば、俺はずっとティアラに甘えていたのかもしれない。
惜しみなく聞こえてくる素直な心の声や、一生懸命伝えてくれる思いや言葉を、たくさん貰い満たされていた。
──俺もちゃんと伝えたい。
「ティアラ、俺──」
「待っ、てください! もう少し……このままで……」
遮られて、口を噤む。
(バート様、私、キスや抱きしめられているだけで幸せだったんです。バート様がその先を望んでるなんて、思いもしなくて……気持ちが追いつかなくて……怖くなって拒絶してしまった。最初は気まずくて……なんて伝えたらいいのか分からなくて。でも前みたいに戻りたい……二人でお喋りして、一緒に帰って、キスも……その先も……まだ少し怖いけど、バート様の側にいたい!)
ティアラの気持ちが痛い程、流れてくる。
「泣かせてごめん」
そっと手を繋ぐと、今度は振り払われなかった。
俺はずっと心の声に頼り過ぎていたんだ。
目が合わなくて、心の声が聞こえなくなれば、途端に好かれている自信がなくなる。
ティアラは何度も伝えてくれていたのに。
「……抱きしめてもいい?」
覚悟して聞くと、ティアラは黙ったまま、俺の胸に頭を寄せてきた。
久し振りの温かい体温。そっと背中に手を回すと、なんだか俺まで目頭が熱くなってきた。
「俺もティアラが大好きだよ」
そう伝えると、ティアラは俺の腕の中でワッと泣きだしてしまった。
心を読むのは、簡単だ。
目を見るだけで、自分への悪意も好意も分かるから、今まで相手の気持ちを本当の意味で知ろうとしていなかった。
「ティアラが好きで堪らなくて……触れたかった。でも怖がらせてごめん。俺、ティアラに嫌われたかもしれないと思ったら、怖くて上手く話せなかったんだ。ティアラの気持ちが追いつくまで、ちゃんと待つよ。……だから……一緒にいよう」
──拙くても、きちんと自分の本音で。
目が見えなくて、心の声が聞こえなくても、言葉で伝えたい。
「……ごめ……ごめん、なさい……嫌いなんて! そんな……そんなわ……け、ない、で……す! わ、私もっ……大好き……」
その言葉を聞いて、安堵して抱きしめていた手に力を込めた。
──いつから、こんなに心を預けていたのだろう。
昔は誰も好きになれないと本気で思っていたのに。
ティアラがいないと、駄目になるのは俺の方かもしれない。
「仲直りできて……嬉しい……です……」
ティアラが泣きながら伝えてくれた。
「俺も……」
もう多分、愛を知らなかった頃には戻れない。
幸せでずっと抱きしめていた。
✳✳
『下校の時間です。校内に残っている生徒は速やかに下校しましょう』
外はすっかり暗くなっている。
校内放送が入り、ハッとした。
「……そろそろ帰ろうか」
「そうですね!」
(嬉しくて時間を忘れていたわ)
「俺の方の馬車に乗らない?」
ドキドキしながら聞いてみる。
(バート様、緊張してるみたい。可愛い……)
ティアラは嬉しそうに笑ってから、「はい」と言ってくれた。
久し振りの笑顔……
それを見たら、もう駄目だった。
「……キスしてもいい? でも怖かったら無理しないで。また今度でも」
緊張しながら言葉にしてみる。
つい口にしてしまった……
あの日からできなかったキス。でも今回、断られても落ち込んだりしない。
だってティアラの気持ちはちゃんと伝わったから……




