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婚約者の心の声が可愛過ぎて困っています  作者: りょう
第三部

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『とりあえず離れて』

 なけなしの理性を振り絞って伝えたのに、返ってきた言葉は意外なものだった。

「嫌です」

 ティアラは小さい声でそう言って、俺の膝の上に乗ってきた。

 嫌? 今、嫌って言った。

 離れるのが嫌って事はつまり……?

 それより、この状態は一体どういう事なんだ!?

 目の前には白のレースのシュミーズ。目が行ってしまい、バッと顔を背ける。 

「……重いですか?」

「い、いや。軽いけど。でも下りようか。うん。下りた方が良いと思う。落ちついて話もできないし」

 今度は俺が、ティアラの方を向けなくなってしまった。

 支離滅裂過ぎる。自分が何を言っているのかも、よく分からない。

 ……できれば察してくれ。

 大事にしたいと言う気持ちも本物だ。それでも好きな子とくっつくなんて、今の俺には無理だ。


 次は止められないかもしれない。 

 仄暗い感情を必死で抑える。

 ──こんなのを知られたら、絶対に引かれる。


 ただでさえ密着しているのに、今度はティアラが首に手を回してきた。

 待って! そんな格好でそんな事をしたら、駄目だから!

 肩を押して距離を取ろうとしたら、次は耳にキスされてしまった。

「……っ!」

 こんなの、無理だ……!

 カァッと体が熱くなる。


 耳に息がかかり、体が震える。耐えきれず、目を固く閉じた。

 クソ……無心になれ!

 せっかくティアラが話をしてくれる気になったんだ。全部台無しになる。

 もうティアラの嫌がる事は絶対にしない。そう心に決めただろ。

 これ以上の接触は危険だ。避けた方が良い。

 

 おまけにゴソゴソやっていると思ったら、今度は俺の制服のボタンを外されてしまい、慌てる。

「ちょ、ちょっと待って! とりあえずボ……ボタンをして!」

 もう格好悪いとか、スマートにとか、そんな事は言っていられない。

 無理矢理膝から下ろし、引き離した。


 ティアラがなんの為にそんな事をしてきたのか、全く理解できない。

 もしかして仲直りをしようと思って……?

 でも手なんか出したら、やっぱり怖がらせて、この前と同じになる。

 甘い香りにクラクラしながら、必死に考える。


「……バート様」

 ティアラに声をかけられたが、何も返せなかった。

 勢いよくソファを立ち、身なりを整える。

「バート様……」

 心臓が狂ったようになっていて、苦しくて胸を押さえる。


「ティアラ、お茶飲む? 俺が淹れるよ」 

 恐る恐るティアラを盗み見ると、ボタンは開けたままだった。

 俯いたまま足元を見ている。

 大きく息を吸い込んで、吐き出した。

「……その間にボタン止めておいてくれる? その、目のやり場に困るから」

 それだけ伝えて、その場を離れようとしたが──

 ポタ……

 床に水が落ちた。

 

 驚いて、ティアラの顔を見ると、頬が濡れている。

「…………ご、ごめ……な……さい……」

 涙声にドキッとする。

 そこで初めて、ティアラが泣いている事に気付いた。

「ティ、ティアラ……?」

 慌てて駆け寄り、膝を突く。


 何日ぶりかに目が合い、ティアラの心の声が流れてきた。

(呆れられた……バート様、困ってる……やっぱり上手くいかなかった。ナディア姉様の嘘つき! 私から誘ったら、絶対に仲直りできるって言ってたのに! 『ボタンを開ける』『膝に乗る』『耳にキス』全部、意味がなかった! あの日、拒否してしまったのは、初めての事で動揺しただけだったって伝えたいのに……)

 ナディアさんの入知恵だったのか。

 あんなに怖がっていたのに、俺の為に……

 胸が熱くなってくる。


「バー……ト、様……」

「……うん」

(ごめんなさい。嫌な思いばかりさせて)

 ティアラのせいじゃないよ。

「……っ。ち、違う……ん……です!」

(あの日、自分からくっついて触ったくせに、いざバート様に触れられると怖くなったなんて……! きっと子ども過ぎてガッカリさせた。『バート様が好き』なのに、思うようにいかなくて。手も繋げなかった。また同じ事になったら……次は嫌気が差すかもしれない。嫌な思いをさせた、分かっているのに謝れなくて、段々と話しにくくなってしまって……)

 嗚咽を堪え、話せなくなってしまったティアラを見つめる。


「わ、私の事……嫌いに……っ……な、ならない……で……」

 ボロボロと涙を流しながら、訴えられる。

 嫌いになるわけない……

 健気な言葉に、キュンとしてしまう。


(どうしようどうしよう。婚約をやめたいって言われたら──)

 学校での噂話を思い出す。距離ができてから広がった『婚約解消』の話。

 ……やっと繋がった。

 だから、ここまでして……

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