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──俺はティアラの望む優しい王子様になれなかった。
結婚前なのにと軽蔑されたのかもしれない。
でも分かって欲しいんだ。不誠実だったかもしれないけれど──
ティアラが好きだから触れた。これは嘘じゃない。
『二人きりで話したい』と言われ、ケーキ屋に行くのはやめて、生徒会室へティアラを連れてきた。
なるべく不安にさせないように……
そう思っていたのに、現実は違った。
なぜかドアも鍵も閉められ、窓も閉めるように頼まれて……
正直、状況が理解できない。
──ちょっと待ってくれ。全然意味が分からないんだが。
俺、なんの話をしに来たんだっけ……?
あまりに混乱して、頭が真っ白になる。
「わがままを言ってすみません」
ティアラの声で我に返った。
「いや、大丈夫だよ。今日は生徒会室、空いてたし」
言いながら、心を落ち着かせる。
二人きりでも、密室でも話す内容は変わらない。
『あの日は怖がらせてごめん。二度と自分勝手に触れないから心配しないで。ティアラの気持ちが追いつくまで待つと約束する。でもただの欲じゃないよ。ティアラが好きだから触れたかったんだ。ティアラが嫌なら絶対にしないと誓う。だから俺の事、避けないで……』
そう話そうと思っていたんだ。
思っていたんだが──
ボタンが外され、前がはだけている。
咄嗟に顔を逸したものの、何がなんだか分からず、ただ戸惑う。
しかも、なんで手を握られているんだ……?
静かな部屋に時計の秒針だけが響く。
まさか試されている……?
俺が次に手を出した瞬間に、見切られる……?
いやいや、ティアラはそんな事はしない。それに何か不満があれば、口で言ってくれるはず。
ここのところ、会話らしい会話はしていないが……
思わず自嘲的になる。
そう言い切れなくて、辛い。
ティアラは俺から離れていかないよな……?
段々と不安になり、心許なくて、目線を足元へ移す。
思い出すのは、泣きながら謝るティアラだった。
……違う。あれは初めての事で驚いて。
俺の事を怖がっていた……
あんな風に目も合わせないなんて……
いつもは絶え間なく聞こえていたティアラの想い。全く聞こえなくなり、俺は自信を失っていた。
「……バート様」
「ぅ、ん」
緊張して声がひっくり返った。
まるで死刑宣告を受ける罪人のように、重圧に耐えきれず、かろうじて返事だけする。
何か言わないと──
でも何も言葉が出てこない。
「こっちを見てください……」
今にも消えそうな声。ティアラに言われ、心臓が止まりそうになった。
言葉がなくても、ティアラの目を見れば、全部分かる。
深呼吸をして、向き合おうとした瞬間──
「我慢しないでください」
ティアラの言葉は意外なものだった。
驚いて振り向くと、ティアラが抱きついてきた。
予想外の展開に開いた口が塞がらない。
ティアラ……?
相変わらず目は伏せているから、ティアラの心の声は読めなかった。
『ティアラの気持ちが追いつくまで待つと約束する』
今日はそう伝えたかったんだ。
「ティ、ティア……ラ……?」
「私、覚悟ができました……」
覚悟ってなんの!?
聞けば聞く程、分からなくなる。
ティアラの甘い香油が香り、ドキッとする。
こんなにくっつくのは、あの時以来……
ティアラが好きだ。
俺、ずっと寂しかったんだ……
離したくない……
久し振りの抱擁に堪らなくなる。気分が高揚し、何かを考えるのが難しい。
ティアラが俺の腕の中にいる。
なんとも言えない幸福感に翻弄されてしまう。
何を考えているんだ、反省したばかりだろ……
あの時の二の舞いになる。
──思い出せ、この辛かった数日を。
ティアラを大事にするって、俺は決めたんだ。
「……とりあえず離れて」
なんとか口にする。
思いきり抱きしめ返してしまうか、突き飛ばしてしまいそうな衝動を抑え、説得を試みた。




