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「ギル」
名前を呼ばれて振り向かないわけにはいかない。
「はい、殿下。我が婚約者への多大なるお心遣いに感謝致します」
仕方なく目を合わせると、殿下は口角を上げた。
(何、気取ってんだよ。目、逸らすなよ。何があったのか、探りたくなるだろ?)
「いいんだ。あれ位」
(当ててやる。ルアーナ嬢と進展あったんだろ)
「……心よりお礼申し上げます」
最上級の礼を見せる。
殿下は観察するように俺を見ている。
(全く照れないのが逆に怪しいぞ。もしかして本当に手、出したのか?)
本当に困った人だ。
「せっかくですので、何か召し上がってください。今、カイラード卿を呼んで参ります」
一切顔に出さず、微笑んでみせる。
「そうだな。頼んでいいか?」
これ以上は無理だと思ったのか、笑顔を向けられる。
「御意」
その場を逃げるようにして、厨房へ向かった。
殿下はこの国の王太子。いくら友人の誕生日パーティーといえど、そのまま口にはする事はできない。
飲食する際には、いわゆる毒味係が必要となる。俺と同じように神から祝福を受けた者の担当だ。うちと同じく代々能力を引継ぎ、その身分を隠し、王族の為に仕えてきた。
カイラード侯爵家は食べた毒をその場で分解、無効化し、成分を細部まで分析できる。飲み物や食べ物の匂いだけでも毒の有無を調べる事ができ、王族の命を守る大切な役割をしている。
普段は息子が殿下の毒味係を担当しているが、数日前から公休を取っていて、今日は侯爵がその役目をするらしい。
王族を守るもの達はお互いにそれぞれの身分や能力を隠しているが、俺は心を読んでしまい、知ってしまった。
「カイラード卿。ご無沙汰しておりました。殿下がご所望です。ご同行をお願い致します」
「やぁ、ギルバート君。久し振りだね。すぐに行くよ」
(今回は問題なさそうだな。食べ物どころか、邸の中、使用人や招待客……どこにも毒の匂いはない)
カイラード卿は手に付いた毒の匂いや所持しているだけで分かるらしい。
彼が厨房を出ると、後ろの護衛達も揃って付いてきた。
公にはしていないが、殿下の命を守り、毒を盛った者を炙り出す能力は貴重で、彼自身にも護衛が付けられている。




