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(八年前に突然『お嬢さんと婚約させてください』と言われた時は驚いたが、大事にしてくれる人で本当に良かった。格好良いだけではなくて、娘をいつも笑顔にしてくれる。きっと幸せになれるに違いない)
ほっとしつつ、伯爵の心の声にも照れてしまう。
「早い時間に来てしまい、すみません」
忙しいところ、わざわざ挨拶に来てくれ、申し訳なく思い、夫妻に頭を下げた。
「いいのよ。ティーが我儘言ったんでしょ? 直に来るわ」
(ティーのお強請りを聞いてあげるなんて、本当に優しい人ね)
夫人が嬉しそうに笑う。
ティアラに『皆より早く来て欲しいです』と言われ、一般の招待客より先に、ティアラに会いに行った。
夫人は事情をご存知だったらしい。
「いいえ。俺も早く会いたかったですし……」
うっかり本音を伝えてしまうと、夫人がポッと赤くなった。
(や、やだわ。本当に王子様気質ね。サラッとそういう事を言っちゃうなんて。ティーが『格好良い格好良い』というのが分かるわ)
夫人にしみじみ思われ、気恥ずかしくなる。
夫人にまで、俺の事を『格好良い』と言っているのか。
耳が熱くなり、下を向いた。
「私達は準備があるからお構いできないけど、ティーは支度が済んでいるから、パーティーまでゆっくり過ごしてね」
夫人が挨拶をしてくれ、二人は忙しそうにホールを去って行った。
しばらく待っていると、パタパタと足音が聞こえた。
ティアラかも……
ソファから立ち上がる。
淑女は普通走ったりしない。でもティアラは俺を待たせないよう、こういう時、走って来る。
「お待たせしました、バート様」
想像が当たり、口元が緩む。
──顔を上げて、息を呑んだ。
鮮やかなコバルトブルーのドレス。裾には白の刺繍ですずらんがあしらわれている。その模様はドレスの青を引き立て、少し光沢があり歩く度、キラキラしていた。緩く編み込まれた髪にはすずらんの花が飾られていて、いつもより大人っぽく見え、ドキッとしてしまう。
女性が相手の髪色のドレスを着る。それは特別を表すのと同時に『私はあなたのもの』と言う意味がある。
カァッと頬が熱くなった。
「バート様、今日も素敵です」
気の利いた一言が出ず、先を越されてしまう。
(え……嘘! あの留具とカフス、ダークブルー!? 私の瞳と同じ……)
少し驚いた顔を見て、襟を正し咳払いをする。
(光の加減でそう見えた? でも何度見てもダークブルーにしか見えない)
ティアラは明らかに留具とカフスを凝視していた。




