5
「ティアはキスした事ある?」
「や、やめて……!」
雲行きが怪しくなってきたな。
「一回位いいだろ。騒ぐな」
「だっ、誰か!」
行為はどんどんエスカレート。同意ではないらしい。
あまりに悲痛な声が聞こえてきて、仕方なく、その場へ乗り込んだ。
「紳士らしくない振る舞いはやめたら、どうだ」
声をかけ間に入ると、男が俺を睨んできた。
(良い所で邪魔しやがって! この格好……どうせ平民の貧乏人だろう。声をかけた事を後悔するなよ。俺はコードウェル侯爵家の跡取りだぞ!)
シアン=コードウェル。話した事はないが、俺も知っている。同じ学院で一つ下。傲慢で無作法と有名な男である。
ちらりと横を見ると、青い顔をした女の子が震えていた。
淡い桃色の髪は緩いウェーブを描いていて、ダークブルーの瞳は涙ぐんでいる。
思わずドキッとした。
……こんな可愛い子、初めて見る。
(ビックリして涙が止まったわ。……サラサラのコバルトブルーの髪、透き通るサファイアの瞳。背も高い……何、この人! 格好良過ぎ! え……王子様?)
王子様……?
王族は金髪碧眼なのに……?
彼女の心の声に思わず、吹き出す。
「なんだ、お前は。名を名乗れ!」
俺が笑ったのを、自分への侮辱と受け取ったのか、男が声を荒げてきた。
「これは失礼。ギルバート=レヴァインだ。今日はお忍びだから、こんな格好だし侍従もいないが」
ひけらかすように、あえて家紋の入った白バラのクリスタルを見せる。
俺の返答にコードウェルは唖然となった。
「レヴァイン令息だって……」
「王太子殿下のご友人の?」
それだけではない。周りにいた野次馬も騒ついている。
(まずい、まずいぞ! なんでこんな場所に王太子の腰巾着がいるんだよ! レヴァイン家だなんて……)
「た……大変失礼致しました」
多少納得のいかない様子で、コードウェルは頭を下げ、逃げて行った。
レヴァイン家は王家とも繋がりの強い公爵家。コードウェル侯爵家よりも格上で、歯向かうような相手ではない。
当然といえば、当然だろう。
「助けてくださって、ありがとうございます。お騒がせ致しまして、申し訳ございません」
悪くもないのに、謝る令嬢を見つめる。
(シアン様が謝るの、初めて見たわ。レヴァイン家の噂は聞いた事がある。将来は王太子殿下の側近なんて言われているから、もっと厳しくて高圧的な人かと思ってた……公爵家のご令息って偉そうなイメージしかなかったけど、紳士なのね。クラスの男の子もいつも嫌な事ばかりして絡んでくるし、男の先生は怖いから、苦手で嫌いだったけど、親切な人もいるんだ……)
二人は知り合いだったのか。
そういえば名前を呼んでいたっけ。
「申し遅れました。ティアラ=ルアーナと申します」
まだ少し目が潤んでいる。
なんとなく目線が逸らせなかった。