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離れがたいけれど、ティアラの顔色も悪いし……
寝かせてあげないと。
「こんな時間にごめん。俺はそろそろ──」
「帰っちゃうんですか?」
(もっと一緒にいたい……)
潤んだ瞳を見たら、それ以上言葉が続かない。あっという間に撤回しそうになる。
「ティアラの顔色が悪いから。俺も一緒にいたいけど、ちゃんと寝ないと」
なるべく優しく声をかける。
「あと少し……」
(お願い。断らないで……)
ティアラのお強請りに困ってしまう。
「そうだ。港からは馬車で?」
話を変えるように聞かれた。
「いや。馬で」
「でしたら、お疲れでしょう。お茶一杯だけ飲んでいきませんか?」
「……こんな時間には流石に」
『失礼だから』言いかけて、ピタッと止まる。
(帰らないで……)
一度、止まった涙がじわじわと滲む。
「今日はお父様が公務で家を空けているので大丈夫ですよ。お母様も一昨日からお姉様のお産の手伝いに行ってしまったので……」
必死に言われ、困惑を隠せない。
真夜中、両親がいない時、邸に上がり込むのは気が引ける。
(私の部屋はどうかしら? 誰にも見られないし、二人きり……)
そ、それは余計にまずいのでは……
「……バート様ともう少し一緒にいたいです」
零れた本音に戸惑ってしまう。
いつもは言わない本音。普段、我儘なんて言わないティアラが勇気を出したなら──
「……じゃあ、少しだけ」
俺には断る事ができなかった。
✳✳
手を繋いで、そっと廊下を歩く。
階段を上がり、いつもは入った事のない二階へ。
誰かに見つかったら、不届き者呼ばわりされるかもしれない。
覚悟を決めて邸に入ったが、誰にも会う事はなかった。
「どうぞ……」
ティアラの部屋に入るのは初めて。結婚していない貴族の男女は普通、個室で二人きりにならない。婚約者だったとしても、馬車に同乗もしない方が多い。
俺達は小さい頃から婚約していたし、お互いの両親が許可していたから、一緒に馬車も乗るけれど……
緊張しながら、足を踏み入れた。
女の子の部屋って感じだ……
「今、バート様の好きな紅茶を入れますね。ソファにかけて待っていてください」
(私の部屋にバート様がいる……!)
ウキウキした声が聞こえて、笑ってしまう。
「ティアラが淹れてくれるの?」
「はい。バート様に飲んで欲しくて、特訓しました!」
ティアラは茶器を取りに、奥へ行ってしまった。
言われた通り、ソファに腰を下ろした。
なんだか華やかな良い匂いがする。ティアラの髪の香油と同じ……
待っている間落ち着かず、目線が彷徨う。
部屋にはバラの模様が色々な場所にあった。
カーテンは淡いピンク。下の方には白バラの刺繍があしらわれている。
うちの家紋……
ルアーナ邸の家紋は白のスズランだ。色は同じだが……
自分の家紋をモチーフにする事が多いのに。
意味を考えて、一人悶えてしまう。




