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「ありがとう、ギル。これで全員だ。疲れただろう」
「いいえ。晩餐会だったので、一か所に集まっていて読みやすかったです。皆さん、殿下が急に現れて、目が点になってましたね」
お忍びで街の宿へ泊まる予定だったが、警備を心配したレイシア公爵閣下にゲストハウスへ泊まるよう勧められ、俺や護衛までお世話になっている。
「雨だな……」
殿下が独り言のように呟いた。
今夜はやけに風が強い。ポツポツと降り始めた雨を窓から見る。
明日の朝発の船に乗る予定だから、荒れないと良いのだが……
「お前のお陰で敵と味方を把握できた。流石、宰相補佐候補」
称えるように言われ、笑ってしまう。
「からかわないでください。殿下が会話を誘導してくれたから、成り立ったんです」
「会話中、メモも取れないだろ。お前はまだ働いていないし、王宮に毎日いるわけではない。全員の役職、派閥、フルネームを言える奴はそういないと思うぞ。おまけに口頭で話した内容だけではなく、心の声もしっかり記憶している。素晴らしい記憶力だ」
「……褒め過ぎです」
あの後、家臣の重鎮、幹部や親族、騎士に護衛、ありとあらゆる人物に会って、心を読みまくった。
いくら心が読めると言っても、特定の思考は探れない。政治や情勢、市政の話から、アイリーン様の味方になってくれる人物を見極めるのは難しい。そこは会話術に長けている殿下がさりげなく会話を誘導し、片端から探るというものだった。
「不正を見つけたのは思わぬ収穫でしたね。しかもカジノに注ぎ込んでいたなんて……」
「まさか教会修繕の予算に手を出しているとは。あいつ等は帰国後きっちり調べ上げてから辞めさせてやる」
王宮には勤めている者も多い。父上一人だけでは読み切れないのが現状である。
長年、予算を流用していた者達も一斉に目星が付き、一通りの報告を終えて一安心だ。
「じゃあ、仕事の話はこれで終わりだな」
殿下は背を向け、カーテンを閉めた。
「はい。早いけど休みますか? それなら俺は部屋へ……」
「ギル、相談がある」
「……今度はなんですか? 惚気なら聞きませんよ」
「ずっと悩んでいた事があって、聞いてくれるか?」
惚気話じゃないのか。
「なんですか?」
(俺、嫌がられるとキュンとするんだ)
真面目な顔して、何を言い出す……
「殿下、不敬を承知で申し上げてもよろしいでしょうか」
「許可する。言ってみろ」
「人として『問題あり』です」
「ハッ……知ってる」
俺の返しがツボに入ったらしく、爆笑している。
「俺は好きな子には優しくしたいです」
仕方なく突っ込んでおいた。
「俺もだよ。でも、それとこれは違うんだ」
「理解しかねます」
(お前もそのうち分かるって! 涙目で『嫌』とか言われたら堪らなくなる)
「ティアラで変な想像しないでください。怒りますよ!」
ジロリと睨むと、殿下は益々面白そうに肩を揺らした。
(最近、ギルは独占欲が隠せてないな)
「別に……口で話してください」
(やだよ。恥ずかしいから)
「俺の独り言も結構恥ずかしいですよ」
俺の言葉に殿下が楽しそうに笑う。
とりあえず今回の目的は達成した。
後は天気が良い事を祈るのみ……




