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「王国の若き太陽にご挨拶申し上げます」
(……で、殿下がなぜここに?)
隣国であるリディアム王国に着き、真っ先にアイリーン様のご両親であるレイシア公爵閣下と夫人に会いに行った。
滞在中のゲストハウスを突然訪れ、お二人は何がなんだか分からず驚いている。
それもそのはず。公務の全工程の中に殿下の来訪予定はない。
「先触れもなく悪い。……話があるんだ」
殿下が切り出すと、応接間に通された。
「人払いを頼めるか?」
真剣でいて、どこか不安げな横顔。
長年の付き合いだが、こんな表情は初めて見るかもしれない。明らかに殿下も緊張している。
俺まで緊張が移り、息苦しい。
「かしこまりました」
(いつも笑顔の殿下の真顔……人払い? 一体、どんな話を……)
夫人から憂慮に堪えない様子が伝わる。
執事とメイドはお茶の準備をした後、部屋から出ていった。
「……話とは?」
待ち切れずレイシア公爵閣下が話し始めた。それと同時に執事達と一緒に部屋を出ず同席した俺を見て戸惑っている。
(どうしてレヴァイン令息まで連れてきているんだ? 殿下は暗い表情をされているし……まさか、アイリの身に何か?)
混乱が伝わってくる。
「アイリーンが俺の子を身籠った」
殿下がそう伝えると、夫人はカップのお茶を零した。まるで時が止まったように固まっている。
「ふ……夫人零れています。よろしければこれを」
ハンカチを差し出し、さり気なく目を合わせる。
「粗相を……お気遣いなく」
言いながら断られたが──
(嘘みたい! 信じられない! 私にも孫ができるのね! 仲が良いから、もしかしたらと思っていたけど……殿下も美形でいらっしゃるから、きっと世界一美しい子が生まれるわ!)
涙ぐむ夫人の心を読み、ほっとする。
では、閣下の方は……
チラリと彼を盗み見る。
(……アイリーンが懐妊?)
閣下は呆然としている。
その時、殿下が立ち上がった。
「俺が望んだ事で、アイリーンは何も悪くないんだ。どうか彼女を責めないで欲しい。結婚前に本当に申し訳ない」
言い訳する事もなく、殿下は深々と頭を下げた。
「で、殿下! 私共に頭を下げる必要はありません! どうか顔を上げてください」
ギョッとしたように、慌ててレイシア公爵閣下が言ってくる。
普通、威厳が保たれなくなるから、王族は簡単に謝ったりしない。でも殿下は自分が悪いと思ったら、きちんと謝罪をする人だ。王族として、侮られるような行為は避けるべきかもしれない。けれど殿下らしい……そう思ってしまった。
「最大限、王家でアイリーンを守るつもりではいる。しかし俺のせいで、アイリーンの名誉を傷つけてしまう事には変わりない。浅はかだった自分の行いを悔いても遅いが……」
目を伏せた殿下を夫妻が見つめる。
「……でも、これだけは言わせて欲しい。アイリーンを愛しているんだ」
その言葉で、閣下は笑顔を見せた。
(結婚前だし、色々あるかもしれない。でも殿下が守ってくれるなら、きっと大丈夫。早く公務を終わらせて、帰らなければ。アイリーンに『おめでとう』と伝えたい)
閣下の心の声を聞き、ようやく荷を下ろせる気分になった。




