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「バート様!」
ティアラの声がして、顔を上げる。
手を振り答えると、トレイには焼き立てパンとクラムチャウダーが乗っている。
「すみません。冷めちゃうし、食べてくださっていて、良かったのに。バート様は白身魚のグリルにしたんですね、美味しそう!」
ティアラはまだコードウェルに気付いていないようで、俺の向かい、コードウェルの隣に座った。
「よぉ」
「シアン様……! いらっしゃったんですね」
コードウェルが声をかけると、ティアラは横を向いて驚いている。
「ちょっと卒業パーティーの進行の件で話したくて……」
「そうでしたか」
「ティア、なんか髪に付いてるぞ」
コードウェルがティアラの髪に触れた。
手を払ってやりたいのを我慢し、苛つきながらグラスに入った紅茶を飲み干す。
「え? なんですか?」
「虫?」
「虫⁉ ど……どんな虫ですか?」
ビクビクと怯えるティアラを見て、コードウェルがクッと笑う。
「ティアは昔から虫が苦手だな。もういない」
「良かった……」
ほっとしているティアラを見て、コードウェルは肩を揺らしている。
……本当に虫いたのかよ。そもそも学食に虫がいるわけないだろ。触りたかっただけじゃないのか。
モヤモヤしてると、コードウェルと目が合った。
(ハッ……これ位でヤキモチ妬いてんのか。小さい男め。お前はどうせ触れないだろ。良い子ちゃんで格好つけの優男だもんな。虫苦手なの、可愛い。ティアの髪、ふわふわだった……)
持っていたグラスをテーブルに置く。
これ以上聞いていられない。
「ティアラ、クラムチャウダー美味しそうだね。一口欲しいな」
少し前に出て口を開けると、ティアラの頬がポッと赤くなった。
(え? え? これって、食べさせてって事⁉ 二人きりの時にもやった事ないのに? こんな公衆の面前で? しかも、その後、私も同じスプーンで食べるの?)
ティアラは真っ赤になりながら、俺をじっと見た。
これは……恥ずかしい。でもコードウェルに負けたくない……
(男性に恥をかかせては駄目よ! バート様の顔、赤い……自分で言ったのに、照れてるの? やだ、可愛い! 口開けてても格好良い……)
ここまできたら、引っ込みもつかない。
ティアラは少し考えてから、スプーンに一口掬い、俺の方へ近付けた。
パク。躊躇わず、それを口に入れ、急いで咀嚼する。
周りはシーンと静まり返り、好奇の視線だけが刺さる。
あー。何やってんだ。皆、見ているし……
(た、食べちゃった! 恥ずかしい……)
ティアラまで恥ずかしい思いさせてごめん。
バン! 突然、コードウェルが席を立ち、顔を見る。
「急用を思い出しまして、俺は先に失礼します」
全く不機嫌を隠せていない。
(野郎……なんだ、今の? 相思相愛気取りか! お前はクールな男なんだろ、そういう事すんなよ! クソッ!)
「ティア、委員会の時に」
短く告げると、奴は怒った様子で行ってしまった。




