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「レヴァイン様、お一人ですか? ご一緒しても?」
(チャンス! 今日は婚約者いないじゃない)
昼食時、侯爵家の令嬢に話しかけられた。
「悪いが、先約がある」
「婚約者様ですか?」
(別にいいわよ。あの子がいても。小心者っぽいし、目の前で仲良くしてたら、きっと逃げ出すわ……)
「あぁ、二人で食べたいから遠慮してくれ」
きっぱり断ると、令嬢は残念そうに帰って行った。
昼時の学食。一人で座っていたら、次から次に誘われて面倒くさい。
ティアラは護身術の学科で遅れるらしい。先に食事するよう言われたが、待っているつもりで窓の外を眺めいた。
『大好きです……』
朝の事を思い出すと、口元が緩んでしまいそうになる。
「レヴァイン様程の高貴な方が学食ですか」
嫌味たっぷりに言われ、顔を上げる。
(……男のくせに綺麗な面しやがって。何、昼間っからキラキラしてんだ。どうせティアと約束してんだろ。腹立つ)
燃えるような赤い髪にこの国では珍しい黒い瞳。
俺が座っている席の前に立ち、激情をぶつけてくるのは、シアン=コードウェルだ。
「学食も美味しいよ」
コードウェルはいつも学食は利用せず、お抱えの料理人を連れて、姿を見せない。
間違いなく、ティアラに用があるのだろう。
──あの日、俺達が急に婚約をした事で、コードウェル家との求婚はなかった事になった。
コードウェルは、ティアラに淡い恋心を抱いていたのだろう。幼馴染への求婚。それを横から出てきた俺に滅茶苦茶にされ、大層恨まれているらしい。
ティアラに対しても、威圧的な態度よりも友人として振る舞った方が距離が近付くと踏んだのか、前よりも馴れ馴れしくなった。俺という婚約者がいるにもかかわらず、しょっちゅうティアラを食事やデートに誘い、本当に面白くない。しかも二人きりではなく、友人の集まりや委員の親睦を深めるとか、断りにくい会を準備し、あの手この手で誘ってくる。
「レヴァイン様はもうすぐ卒業ですね。王太子殿下の宰相補佐だなんて、流石です」
ちっとも褒めるような顔ではない。
(卒業式が楽しみだな。こいつさえいなくなれば、ティアは俺を見てくれるかもしれない)
邪魔者の俺がもうすぐ卒業、コードウェルは嬉しくて仕方ないらしい。
「どうも」
適当に返しておいた。
「ティアの事なら心配いりませんよ。幼馴染の俺が付いてますから」
……お前が一番、厄介なんだよ。
相変わらず俺様の性格だが、ティアラに対して好意を隠さず、現状、最も面倒な敵である。
(悔しそうな顔をしてらぁ! ざまぁ見ろ。結婚はティアの卒業後だから、二年は猶予がある。その間に絶対、落としてやる)
こいつの声はうるさい。
卒業したら、ティアラとの時間は激減。寂しさと焦りを、コードウェルは容赦なく煽ってくる。
「ティアも食事に来ます?」
「……あぁ」
「卒業パーティーの進行の話を少ししたくて。相席いいですか?」
コードウェルは卒業パーティー実行委員の長、ティアラは副委員長。ただの業務連絡だと思うが。
──ふざけんな。どっか行け。
そう言ってやりたい。でも──
心の声で悪態をついているけれど、耳に聞こえる声ではおかしな事は言っていない。
大人げない態度を取れば、俺の負けだ。
「どうぞ」
お前なんて別に露程も気にしていない。
紳士らしくない言葉をグッと我慢し、作り笑いをした。




