40
「もしかして体調悪いですか?」
(珍しく眠そう……)
次の日、馬車の中で目を擦っていると、ティアラが心配そうに声をかけてきた。
「ただの寝不足。昨夜、殿下に呼び出されて王宮に行って来たんだけど、延々と惚気話を聞かされて帰してくれなくて」
「惚気話! 意外です」
(王太子殿下が惚気話? いつも隙もなく惚気そうにないのに……)
一般的にはそういう見解だろう。実際、アイリーン様の惚気話をするのは、俺だけみたいだし。
「殿下には俺がバラしたって秘密ね」
「ふふ、分かりました」
(男性も惚気話なんてするんだ。王太子殿下がアイリーン様の事を褒めたり、好きなところを話したり? いいないいな。羨ましい!)
……女の子は惚気話をされたいのか。
「俺は殿下にティアラの話はしないよ。だって……」
口にしてしまってから、一気に恥ずかしくなる。
(え? 何? バート様、真っ赤なんだけど……)
「……ティアラの可愛いところなんて誰にも教えたくないし。知ってるのは俺だけでいい」
そう伝えると、ティアラの頬がボッと赤くなる。
(な、何それ……独占欲……? こんなに格好良い人が……?)
言ってしまった……
でも後悔はない。
これからデビュタントだし、自分は可愛いいんだって自覚してもらわないと困る。
「そ、そんな……私なんて……」
戸惑うティアラの手を取る。
「可愛いよ。誰より」
手の甲にキスをしてから目を見つめる。
(手にキスされちゃった……! 騎士様がやると、『敬愛』のイメージが強いけど。手の甲へのキスは普通『愛情表現』……)
ティアラは躊躇いがちに手を握り返してきた。
「バート様」
「……うん」
「大好きです……」
「俺も……」
じわりと幸せが広がる。
(バート様も私が好き……本当に片思いじゃないんだ……)
ティアラの目に涙が溜まった。
「ティアラ?」
「違うんです。これは嬉しくて……」
(涙は悲しい時に流れるものだと思ってた。幸せだと思ったら、目頭が熱くなって……)
……幸せで泣いちゃうなんて。
少し考えてから手を伸ばす。肩を抱くと、ティアラの頬と耳に赤みが差す。潤んだ瞳を見ていたら、堪らなくなって、抱きしめた。
「涙目、可愛い」
つい浮かれて口にしてしまう。
殿下の気持ちが分かってしまった。
……涙目ってどうして、こんなに。
赤くなった耳をそっと撫でる。
「んんっ……」
聞いた事のない声にドキッとする。
(何、今の! 妙な声出ちゃった! バート様のせい! 変な触り方するから! びっくりしただけなんです!)
「ご、ごめんなさい! く……くすぐったくて」
ドキドキし過ぎて、黙ったまま撫で続けていたら、ティアラがパッと手首を掴んだ。
「バ、バート様⁉ きょ、今日はどうされたんですか? 寝不足でおかしく──あ、いえ。その……嬉しくないわけはないのですが……ちょ、ちょっと近過ぎです……」
(私から抱きついた事はあるけど……こんな風に甘いの、初めてかも? 妄想では甘い時もあるけど、現実のこの破壊力……耐えられないっ)
妄想って……
真っ赤になりながら慌てるティアラをこっそり笑う。
俺の事を意識して欲しい……
──最近、感じた事のない感情に振り回されている。




