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羽織っていた上着を脱ぎ、襟を正す。
その夜、食事を済ませてから、王宮を訪れた。
シャンデリアやアンティークが眩しい。何回来ても豪華絢爛で目がチカチカする。
「お待ちしておりました、ギルバート様。カーライル様から、伺っております。上着をお預かり致しましょう」
家令のリードさんが迎えてくれ、頭を下げる。侍従が側に来て、上着を手渡した。
リードさんはこの王宮を仕切る家令だが、殿下を幼い頃から見守ってきた家族に近い存在でもある。殿下の名前を呼ぶ事を許された数少ない人物だ。
「今日、アイリーン様の具合が悪く、ご邸宅に送り、しばらく付き添われたそうで、カーライル様も先程帰られたばかりなのです」
「そうだったんですか」
(食事も取らず書類確認ばかりで、困ったお人だ)
リードさんの言葉に戸惑う。
もしかして湯浴みもまだだったりして……
「あの、俺、出直しましょうか」
恐る恐る言い出してみる。
「いえいえ。何か話があるようですよ。ギルバート様のお越しをそれはそれは楽しみにしていらっしゃったので、是非ともお茶をしていってください」
(ギルバート様がちょうどいらして良かった。仕事を始めてしまうと飲まず食わずになるから、良い休憩になるだろう)
まぁ、そういう事なら……
「お入りください」
扉を開けられ、執務室に通された。
『楽しみ』なんだか怖いが……
「カーライル様。ギルバート様をお連れしました」
「失礼致します」
リードさんに続き、返答を待つ。
「今、ちょっときりが悪いんだ。掛けて待っていろ。リード、紅茶の準備を頼む。終わったら人払いを。ギル、先に食べていていいから」
中から声だけ返ってきた。
「かしこまりました。ギルバート様、奥へどうぞ」
リードさんに言われ、中に入ると、テーブルには焼き菓子やケーキが準備されている。
「美味しい茶葉があるんですよ。少々お待ちくださいね」
リードさんはお茶の準備を始めてしまった。
そう言われても、主が仕事中なのに自分だけ飲食はできない。
「カーライル様がパティシエに頼まれて、ギルバート様のお好きなパルミエとマドレーヌを焼いたんです。では、私は外で待っておりますね。何かありましたら、お呼びください」
リードさんはお辞儀して、メイドを連れ部屋から出て行った。
「悪い。待たせたな。なんだ、全然食べてないじゃないか」
少し待っていると、殿下がソファに腰を下ろした。
アイリーン様の事を説明しようとしたら──
「ギル。アイリーンから聞いたよ」
殿下の方から切り出してきた。
(泣きながら『寂しかった』『もう少し話したい』って言われてさ。はー。可愛いかったな……)
アイリーン様、言えたんだ……
その言葉にほっとする。
「サプライズも全部話した。驚かせたかったけど、泣かせたかったわけじゃないし。話したら余計泣いてしまったが……」
「そうでしたか」
それはちょっと残念な気もするけれど……
何ヶ月も前から頑張っていたし。
(もー可愛いのなんのって。病人だし、押し倒すのはグッと我慢したけど)
……押し倒さなくて良かったです。
浮かれた声が聞こえて、肩をすくめる。
「『結婚の準備とかで忙しくしていて、気付いてやれなくて悪かった』と謝ったんだ。そしたら『我儘言ってごめんなさい』と言われた」
(アイリーンはしっかり者だし、そんな風に言われて驚いたけど、嬉しかったな……俺と会いたくて泣いちゃうとか、寂しくて不安になるとか……)
幸せそうに思い出しながら照れる殿下。
その夜は惚気を聞かされ、なかなか帰らせてもらえなかった。




