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「アイリーン様はこの後、いらっしゃいますか? 私、お会いして、お話したい事が……」
「あぁ、アイリーンは医務室で休んでいる」
(寝不足だと言っていたが……)
心配そうな顔で、殿下は俯いた。
アイリーン様からは口止めされているし、なんと言おうか。俺から説明するよりも、ご本人から『話したい』って甘えられた方が嬉しいと思うけれど。
「お見舞いには行けますか?」
ティアラが控えめに言うと、殿下は優しい笑顔を見せた。
「ありがとう、ルアーナ嬢。アイリーンも喜ぶよ。でも、まだ寝ているんだ。ルアーナ嬢が心配していた事は伝えておく」
(ギル、分かってんだろうな。夜、必ず来いよ)
にこにこしている殿下に頭を下げ、ティアラを連れ、そそくさと部屋を出た。
(ちょっとだけ甘えたい)
馬車に乗り込むと、ティアラが横に座り、腕に抱きついてきた。
やわらかい感触がして、固まる。
(幸せ……)
その声を聞いて、ハッとする。
俺は何を考えているんだ。ティアラは幸せを感じてくれているのに!
邪な想いに気付かれたくなくて、サッと目を逸らす。
どっ……どこを見ていればいいんだ。
慌てて馬車のカーテンを開けた。
「ティ、ティアラ。ゆ……夕焼けが綺麗だよ」
若干、挙動不審になってしまう。
「わぁ……」
ティアラは外を見て、感嘆の声を漏らした。
茜色の雲の隙間から漏れる光は幻想的で、美しい景色が流れる。
雰囲気が変わって良かった……
しばらく外を見入った後、ティアラが振り向いた。
「バート様、今日はありがとうございます」
(好きって言ってくれて、嬉しかったです。もっと大好きになりました! ……恥ずかしいから、言えないけど)
聞こえてる……
我慢できず、ニヤけてしまう。
(抱き合うのがあんなに幸せだなんて、知らなかったな。バート様は細身だけど、思ったより逞しいのね。しかも良い匂いだった。私があげた香水、毎日使ってくれて嬉しい……)
これ以上聞いていられない……
「ティアラ、週末……」
必死に話題を探す。
「ドレスを見に行かないか?」
婚約者の初めてのデビュタント。一緒に参加する予定だ。
ティアラの誕生日も近いし、ドレスとアクセサリーを贈る予定で、先に予約は入れておいた。
「はい!」
(もうすぐ誕生日とデビュタント……ドレスのプレゼントは初めて。バート様にエスコートしてもらって、二人でダンス! 楽しみだわ)
浮かれるティアラを他所に俺は少し憂鬱だった。
デビュタントは社交界へのデビュー。王家の宮殿で行われ、婚約者がいる場合は一緒に入場し、最初にダンスを踊る。
「私、ダンスの特訓中なんです。足踏みそうで怖いです」
「一緒に踊れるだけで嬉しいよ」
「……はい」
(私の婚約者様、優しい! 私、ダンス苦手だけど、頑張るわ!)
上目遣いで見られてドキドキしてしまう。
ティアラは可愛いから、夜会では目立つんだろうな。他の男にダンスを誘われたら、優しいから断れない気がする。
腰に手を置くとか密着するとか──
冷静になれる気がしない。
最近は婚約者を寝取る事を目的として、夜会に入り込む輩も多いし、俺の心配は尽きなかった。




