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「聞いてくれ」
両肩を掴むと、ティアラは怯えた表情になった。
「ひ……昼休みも終わるし、教室にも、ど……戻らないと」
普段はあまり、されない拒絶。かなり動揺しているようだ。
(怖い……何を言われるの? 聞きたくない。『本当はアイリーン様が好きだったんだ』とか……無理っ‼)
半ばパニックを起こしたような心の声が聞こえる。
「今、聞いて」
緊張が移るが、先延ばしにはできない。
(聞いてしまったら、なかった事にはできない。きっと、しこりが残る。嫌だ。この場から逃げ出したい!)
それを聞いて言葉は大事なんだと、改めて思った。
孤独だった幼少期。本音を聞くのも話すのも怖くて、ずっと避けてきた。
心の声なんて知りたくない。祝福なんてなければ良かったのに。何度願っても消える事はなく、苦しいだけだった。
ティアラがこんな俺を好きだと言ってくれて、初めて自分に自信が持てたんだ。
恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。誤解を解いて、ちゃんと言わないと。
『君が好きだ』って──
「…………俺には、ティアラだけだよ」
耳元で囁いて、そっと抱きしめた。
「バート様……」
ティアラの髪からはバラの香りがする。
俺が前にプレゼントした香油だ……
甘えるみたいに背中に手を回され、こんな状況なのに、キュンとしてしまう。
腕の中にティアラがいる……
感じる幸福感に、目眩がしそうだった。
お互い、しばらく黙ったまま、抱き合っていた。
始業のチャイムが鳴り、ハッとする。
「バ……バート様、人に見られ──」
我に返り、ティアラが言ってきた。
「この時間は誰も来ないよ」
ティアラの心臓の音が物凄く早い。それだけで嬉しくて、口元が緩む。
いかんいかん。何を浮かれているんだ。
説明もしないと……
「そ、それに授業の時間です!」
「あと少しだけ……」
「でも……」
「さっきの説明をさせて」
そう伝えると、ティアラの体が強張った。
目が見えないと、心の声が聞こえず不安になる。でもそのまま、話し始めた。
「少し殿下の事で相談に乗ってたんだ。アイリーン様が貧血を起こして介抱していただけ。誓って何もない」
「そうだったんですね……」
「心配する必要なんてない。俺が好きなのは──」
言いかけると、ティアラが俺の胸に手を置き、少し体を離し顔を見てきた。
目を見ながら告白なんて……
急に恥ずかしくなってくる。
(『好き』……?)
それはどこか不安げな複雑な表情だった。深呼吸してダークブルーの瞳を見つめる。
「俺が好きなのはティアラだよ」
初めて声に出して伝えた。
その瞬間、ティアラの頬が赤く染まり、同時に心の声も聞こえてくる。
(嘘みたい。『好き』って言ってくれた……バート様も私が好き……)
気恥ずかしい思いでいると、ティアラがとびきりの笑顔を見せた。
「私もバート様が大好きです」
(嬉しい。嬉しい……! 『好きなのはティアラだよ』だって)
弾むような想いと、幸せそうに緩んだ表情。
自然と顔が綻ぶ。
『大好き』
ティアラのくれた言葉を反芻する。
いつも心の声では聞いていたけれど、言葉では初めて聞いたかも……




