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「聞いてくれて落ち着いたわ」
少しバツが悪そうな顔で、アイリーン様が呟く。
「会える時間が急に減って、ちょっと不安だったの」
(起きたら、いつもいないから寂しくて……特に夜はすぐ帰ってしまう事が多いから……)
アイリーン様は目元を拭った。
殿下は主に夜、別邸と結婚式、プレゼントの準備をしている。日中、公務等忙しい殿下は、夜位しかプライベートな時間がないからだ。
ピアノの練習だけでも相当な寝不足に違いない。
家具の配置や壁紙、シャンデリアや絵画、一通り済んだが、今度はドレスや帽子、鞄に靴、クローゼットルームをいっぱいにするんだと、張り切って夜な夜な行商を呼び出し、特注で色々作らせ準備している。
王家の予算に頼っているだけでは男らしくないと、冒険ギルドに勝手に登録。何度も王宮を抜け出し、冒険者に混じって魔物を討伐したりして臣下は毎回大騒ぎ。自ら稼ぎ、アクセサリーや髪飾り、香水、香油を山程買っていると話していた。
『少し話したい』と言ってみたら、いかがでしょう」
「でも……ライルは忙しそうだから」
(そんな我儘言えない)
「男って単純なので、甘えられると嬉しいものですよ」
俺もティアラに甘えられると嬉しいし。
「本当に?」
「ええ。何か賭けますか?」
「まぁ! 生徒会役員が賭け事? 良くないわね」
そう言ってアイリーン様が笑い、ほっとする。
「昼休みを台無しにして、ごめんなさい」
アイリーン様はまだ涙目で、ハンカチで擦り過ぎたせいか、目が赤くなっている。
「謝らないでください。言葉足らずな殿下が悪いんです。でも、そろそろ行きましょうか。昼休みが終わります。目元を冷した方がいいですね。医務室に寄って、氷を貰いに行きましょう」
扉を開けると、アイリーン様はくすっと笑った。
「ティアラが羨ましいわ。こんなに優しくて気の利く婚約者なら不安になる事もないでしょう」
「いえいえ、買いぶり過ぎですよ」
相談に乗りながら、俺も思うところがあった。
心の声が聞こえるから安心して、恥ずかしいからと肝心な事は伝えられていない。
よく泣かしちゃうんだよな。泣き顔も可愛いけど……
考え込んでいたら、アイリーン様が不意にふらついた。
焦って肩を掴む。
「も、申し訳ないです。許可なく触れてしまって。大丈夫ですか?」
顔を見ると、血の気が引いている。
「急に目眩がして……多分、寝不足だったから」
(ライルの事ばかり考えて昨夜も眠れなかったからだわ)
その時、ドサッと何かが落ちる音がした。
──しまった!
同じ生徒会役員とはいえ、王太子殿下の婚約者と二人きり、立ち眩みを支えただけだが、見るようによっては肩を抱いているようにも見えたかもしれない。
貴族は皆、噂好き。
なんて広められるか分からないぞ。
慌てて振り向くと、そこには固まっているティアラがいた。




