22
自分でも思った以上に緊張していたみたいだ。
一気に肩の力が抜ける。
……拒否されなくて、良かった。
「これからルアーナ伯爵の所へ行ってくる」
気を取り直してルアーナ嬢に向き合う。
「今からですか……?」
(お父様に婚約の話をしに⁉ ……お父様、腰抜かしちゃうかも。レヴァイン様に親切にしてもらった話や、憧れていてファンクラブに入った話はしたけど)
憧れていた……
その言葉を聞いて気恥ずかしくなり、頭をかく。
「そ、そうですね。驚くかもしれませんが」
ルアーナ嬢は照れ笑いをした。
笑った顔、可愛いな……
(レヴァイン様、また照れてる……やっぱり年上だけど可愛い人……)
何回『可愛い』って言えば気が済むんだ。そんな要素ないから!
「君の方が可愛いよ」
「え⁉」
つい、うっかり言い返してしまった。
(また『可愛い』って言われちゃった……社交辞令だと思うけど嬉しい。……あれ? 『方が』? 今、そんな話してたかしら)
「ルアーナ嬢は少し待っていてくれるか。俺は伯爵に結婚申し込みの挨拶へ」
慌てて上着を正す。
失敗した……!
心の声に反応しないよう、いつも気を付けているのに。
ルアーナ嬢と一緒だと気が緩む。
(挨拶……レヴァイン様のご両親はなんて思うだろう。反対される気しかない……反対といえば、ファンクラブの皆にはなんて言おう! こんなに優しくて格好良い人と婚約……)
良かった。上手く気を逸らせたみたいだ。
「ルアーナ嬢……婚約するんだから、呼び方も変えないとね。……君の事をなんて呼べばいい?」
ルアーナ伯爵は温和だと有名だけれど……
いきなりポッと出の男が婚約を申し出るより、ある程度仲良くて親密な方が許可が下りやすいかもしれない。
俺の言葉にルアーナ嬢の頬が赤くなる。
(ファーストネームで呼ぶのは、余程仲の良い人だけ。レヴァイン様ったら積極的なのね)
そ、そういう風に取られるのか……
打算で言ってしまった言葉に首を絞められる。
「呼び方ですか……」
(家族や友達は『ティー』や、『ティア』と呼ぶけど、レヴァイン様には皆と違う呼び方をして欲しい。だって婚約者になるんだし! 思い切って、そのまま?)
弾んだ可愛い声にむず痒くなる。
「ティアラと呼んでください。レヴァイン様の事はなんとお呼びすれば……」
家族以外に名前で呼ばれるのは緊張する。
「君の好きな風に呼んでくれ。愛称だと、『ギル』と言われる事が多いな」
「では、『バート様』と呼んでもいいですか?」
「いいけど……」
(婚約者になるんだし、私だけの特別な呼び名……)
──そうか、俺達、特別な関係になるんだ。
「私もレヴァイン公爵にご挨拶したいです……」
(普通は求婚をする時、申込む側が相手の父親に挨拶に行くのが暗黙のルールだけれど。ここまで身分が違うんだもの……ご両親に疎まれる可能性だってある。ちゃんと、そのままの話を聞きたい)
一人で行こうとしたら、ルアーナ嬢に付いていきたいと言われた。少し迷ったが、ルアーナ嬢を連れて、父上とルアーナ伯爵がいる執務室を訪れた。
そこで婚約したい意を伝えると、父上は大喜びし、ルアーナ伯爵は戸惑いつつ、受け入れてくれた。
✳✳
……最初は同情から始まったおままごとのような関係だったかもしれない。
今でも覚えてるよ。
「これから、よろしくね」
報告した帰り道、そう声をかけたら、とびきりの笑顔になってくれた事。
──あれから、八年の月日が経った。
一部終了です。
次からは8年後になります。




