18
花束も手土産も用意済み。そわそわしながら待っていると、彼女が戻ってきた。
声をかけようとして、ハッとする。
遠目で見ても落ち込んでいる様子で、青ざめているのが分かった。
「中座して申し訳ございませんでした。レヴァイン様」
下を向いていて、目が合わない。
「来て早々、重ね重ねすみませんが、急用ができまして、すぐに戻らなければなりません」
「……そうか。それは残念だ」
俺が声をかけると、彼女はさらに顔を俯かせた。
「せっかく誘ってくださったのに、ごめんなさい……」
消え入るような細い声。ずっと下を向いたまま。
一体、何があったのだろう。
さっきまでの笑顔が嘘みたいだ。
肩が震えていて、益々心配になる。
「ルアーナ嬢……」
見ていられなくて声をかける。
しばらく経ってから、彼女はそっと顔を上げた。
思わずギョッとする。
目に涙を溜め、彼女は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
(どうしよう……)
暗い声が響く。
「……何かあったの?」
マナー違反だとは分かっている。だが気になってしまい、聞いてしまった。
「いえ、その……」
(まさかシアン様が求婚してくるなんて……! どうして? ……絶対に嫌!)
ルアーナ嬢の心の声に驚く。
シアン……コードウェル侯爵の息子か。
「い、家の事でちょっと……」
(植物園の件以来、絡まれなくなったけど……今まで、何度も嫌がらせされたり、意地悪を言われたり……いつも『お前が悪い』『お前のせいだ』と言われて、いつからか側にいるだけで萎縮してしまうようになった。彼と一緒にいると息苦しいし、自分がとても駄目な人間に思えて仕方なくなる。結婚したら、それが一生続くの? 毎日、同じ家で暮らす……? 夫婦として……? 無理に決まってる‼ でもうちはコードウェル家より格下。断る選択肢はない。どうしよう、どうしたらいいの……家に帰りたくない……‼)
彼女の悲痛な声が聞こえてくる。
「短い時間でしたが、とても楽しかったです。パティシエや丁寧なおもてなしをしてくださった皆様にもお礼をお伝えください」
涙ぐみながらお礼を言う姿は痛々しい。
(シアン様は嫌いだけど、ルアーナ家にとっては、侯爵家と婚姻は有益。きっと優しいお父様とお母様に嫌だと言えば、家が傾いたとしても断ってくれるとは思うけど……断れば、お父様の仕事にも影響するかもしれない。どんな酷い待遇をされるか分からない。この縁談、受けるしかないんだわ……)
絶望の色を浮かべ、彼女はお辞儀をした。
その悲しい独白に、胸が傷んだ。
「今日はありがとうございました」
(レヴァイン様、私……今日の事、忘れません。男の人と話していて、初めて楽しいと思いました。レヴァイン家の皆様も温かくて素敵な人達ばかり。婚約が決まれば、もう、こうやって家を訪ねたりする事もございません。たった一度きりでしたが、良い思い出となりました。これからは一ファンとして、あなたを応援しています)
彼女はそっと腰を落とし、美しい淑女礼を見せた。
「ルアーナ嬢!」
俺が大きな声を出すと、彼女は驚いたように顔を上げた。




